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国際水月塾武術協会 International Suigetsujuku Bujutsu Association

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本会が伝承している武術流派と古武道全般の技法・歴史・文化などを解説します。文章・記事・写真の転載は固く禁止します。

流祖 福井兵右衛門嘉平のこと

流祖 福井兵右衛門嘉平のこと

神伝不動流の歴史を解説したHPに次のようなデタラメな記述がある。

このような捏造された歴史は早急に訂正しておかないと、他流派にまで大きな迷惑になる。

以下、その要略 ( 『武芸流派大事典』 の記述に脚色を加えている)。

伯耆国大山、名和神社宮司の重村正秀は元禄十五年、十八才で文武の達人として有名であった。正秀の祖先は、延元三年、尊氏と戦い討死。名和一族の重村掃部允五郎兵衛尉が弟、五郎兵衛正種の十二代の末孫で、家伝の『鞴韜彪底之巻』一子相伝を得、有名であった。後、下野国宇都宮で農家に一泊。その家の息、十八才の善平と言う者の凡ならぬ眼光・態度に感じ、武道を教えるに、一を教え十を悟り、善平少年を連れてまた諸国を修行する。出羽朝日岳、鼠谷で吉平と言う少年が小石で小鳥を打ち落とすのを見て感じ、この吉平も門人に加えて伯耆国に帰り、三年後、両青年に極意を伝授する。善平は宇都宮で福井兵右衛門善平と名乗り、神道無念流と称し、剣槍体術の祖師となり、吉平は朝日奈五郎吉平と名乗り、神伝不動流の祖師となり、剣棒槍体術を世に広めた。

まず、神道無念流の祖、福井兵右衛門の諱は嘉平であり、善平ではない。しかも初名は川上善太夫という。

また神道無念流は以下の伝書に書かれているとおり、純粋な居合・剣術の流儀であり、槍術や体術は含まれていない。

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福井の師は一円流の野中権内 (戸賀崎家の伝承では牧野円泰をその師としている) であり、重村正秀なる人物は神道無念流にはまったく関係のない者である。

福井は一円流を極めた後、信州飯縄権現の夢想で老翁から居合の秘伝を授けられて開悟し、神道無念流を創始した。

よって神伝不動流なる武術ともまったく関係がない。
by japanbujutsu | 2013-07-27 19:10 | 神道無念流居合 Munen ryu

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