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国際水月塾武術協会 International Suigetsujuku Bujutsu Association

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本会が伝承している武術流派と古武道全般の技法・歴史・文化などを解説します。文章・記事・写真の転載は固く禁止します。

知られざる竹内流の分派

知られざる竹内流の分派

古武道がやや復活の兆しを見せた三十年ほど前、大著 『日本柔術の源流 竹内流』 が刊行され、竹内流の全貌がほぼ公開された。

しかし、その歴史に関する記述には誤りや問題点もあり、多くの課題を提示する形となった。

古武道に関する研究者が絶対的に乏しく、出版業界も低迷している昨今、少しずつでも正しい歴史を発表することは重要な作業である。

さて、今回は 「 知られざる竹内流の分派 」 と題して竹内流が陸奥の果てまで流れた話しをするが、これはすでに二十年以上前に発表したことがある。

今ここに 『 至心流之捕手目録 』 と題する伝書がある。

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その序文を見ると、竹内流伝書の序文をそのまま踏襲していることがわかる。

最後の相伝系図の筆頭も竹内藤市郎となっている。

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目録はかなり創意工夫、付加がなされていて、原形を留めていない。

しかし、その最初に記された 「 立合外 」 の五箇条、すなわち、

  腕流 違詰 小手乱 行違 後詰

は、明らかに仙台藩の強大流派、真極流とまったく共通しており、さらに津軽藩の本覚克己流とも同じである。

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詳しい考察は、古流柔術研究誌 『 和儀 』 および日本武芸新聞 『 水月 』 で論述しているため、そちらを参照していただくとして、ここではその流れだけを記しておく。

竹内流は最初美濃に流れて至心流となる。

それが越中へ流れて四心琢磨(多久間)流となり、信州に流れて止心流棒術となる。

東北庄内藩には至心流としてそのまま伝わり、この伝は昭和の戦後まで残ったが、今は絶えた。

庄内藩至心流は奥羽山脈を越えて仙台藩に流れ、これが真極流となり、もう一つの流れはさらに北上して津軽に入り、本覚克己流となるのである。

これらはすべて江戸初期のこと。

竹内流の全国的な広がりがよくわかる。
by japanbujutsu | 2013-08-24 11:14 | 武術論考の部屋 Study

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