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国際水月塾武術協会 International Suigetsujuku Bujutsu Association

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本会が伝承している武術流派と古武道全般の技法・歴史・文化などを解説します。文章・記事・写真の転載は固く禁止します。

関口流抜刀の歴史

関口流抜刀の歴史

関口流の祖は、江戸時代初期の人、関口柔心氏心。柔術と居合両建ての流儀。剣術や槍術、棒術なども後世に付加された。和歌山の関口本家では、関口新心流と称し、現在は県の無形文化財に指定されている。

流祖柔心は幼より武術に天稟を発揮し、諸国修行を修行して居合の始祖とされる林崎甚助から居合を学び、また三浦与次右衛門から組討を学んで自ら創意を加え、「柔術」を大成したと伝えられる。後世この徒手武術の呼称として普遍化する 「柔術(やわら)」の語は、関口流が嚆矢である。紀州藩主徳川頼宣に客分として召し出されて以降、和歌山藩に伝承し、後世その支流分流は全国諸藩に及んだ。

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                               流祖関口柔心氏心


柔心の長男関口氏業が二代目を相伝し、父柔心と同様、全国に広く門人を有し、江戸では松代藩主真田幸道、渋川流の祖渋川伴五郎義方などに教授した。文武に長じた識者であり、紀州藩に帰参後は寺社奉行などの要職に就いた。

当協会で伝承する関口流は抜刀(居合)専科の熊本藩に伝承された系統である。

熊本藩関口流抜刀の初代は肥後熊本藩士の井澤蟠龍子である。名は長秀、通称は十郎左衛門という。寛文八年(1668)の生まれで、江戸で山崎闇斎に垂加神道を学び、さらに国学・儒学を究め、博学として知られた。享保十五年(1731)死去、享年63歳。著作に『広益俗説弁』『武士訓』などがある。
幼より武術に励み、江戸在勤の折りに渋川伴五郎義方に入門して免許を受けた。自らは柔術も修めたが、熊本には抜刀の伝のみが残った。稽古には三尺三寸の刀を用いたと記録にあるから、関口流の古伝を踏襲したことは事実である。しかし、歴代相伝者のだれかが伝統の目録を全部変えてしまい、古伝の名称は残らなかった。
歴代相伝者の系譜は次のとおり。

初代 関口柔心氏心(名前に諸説あり)
二代 関口八郎左衛門氏業(肥後伝では実親)
三代 渋川伴五郎義方
四代 井澤十郎左衛門長秀
五代 井澤十郎左衛門長勝
六代 井澤政右衛門長明
七代 大里右金吾惟翰
八代 井澤十郎左衛門長保
九代 井澤勘兵衛長常
十代 谷久左衛門永勝
十一代 匂坂平左衛門正常
十二代 谷十三郎永質
十三代 野田甚内氏種
十四代 大石永勝
十五代 青木規矩男久勝
十六代 亀谷鎮成久
十七代 萱間静林
現在、萱間の門人にご子息の萱間勝秀、小佐野淳会長、大阪の西村悟その他がある。

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                        十五代青木規矩男 達人の域に達した

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         十六代亀谷鎮 青木の台湾在住時代からの門人で、もっとも長期間にわたって師事した



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                        萱間静林現師範 関口流抜刀術駿河館々長



なお、代数に関しては、肥後藩伝では二代目の関口氏業(実親)を初代として数えているため、伝書では青木を十四代としている。
また、現在流裔は熊本、大分、福岡、岐阜、愛知、静岡、東京に及び、また和歌山の関口本家、岡山の富田派などが現存している。
by japanbujutsu | 2014-05-12 13:46 | 関口流抜刀 Sekiguchi ryu

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