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国際水月塾武術協会 International Suigetsujuku Bujutsu Association

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本会が伝承している武術流派と古武道全般の技法・歴史・文化などを解説します。文章・記事・写真の転載は固く禁止します。

正木流万力鎖術

正木流万力鎖術

私は名和弓雄氏晩年の茶飲み友だちである。
弟子ではないし、稽古もしたことはなく、ただ名和氏の居宅に何度もお邪魔して武術談義に花を咲かせただけの存在なので、年齢差はあってもそう表現するしかない。
お宅を訪ねるとテーブルの上にいつも違った武器・武具をたくさん並べて迎えてくれた。
昼食には出前の寿司をいただくのが常であった。
ときどき、近くの喫茶店へも行った。
非常に博覧強記で、有識故実についてはおそらく日本一の知識があったと思う。
毎回、あっという間に一日が終わった。

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                          正木流で使用する鎖分銅(筆者蔵)


名和氏が教えていた武術は大垣藩に伝承した正木流万力鎖術と江戸町方十手捕縄扱い様。
私には正木流の剣術と居合も伝えていると言っていたが、何度お願いしてもこれだけは見せていただけなかった。

さて、この二つの武術。
戦後、突如として弓雄氏が宗家を名乗った。
大垣藩の下士が稽古したのは事実で、岐阜県の旧家からは今でも鎖分銅が発見されている。
この鎖術は正木家八代目の正木小六が明治中期まで大垣で指南をしていたが、彼の死をもって伝統は絶えたと思われる。

大垣藩士名和豊年は、嘉永五年(1852)二月十八日、藩の寺社方・町奉行所の吟味方与力を拝命されている。このとき仮に30歳と仮定する。そうすると名和弓雄氏が生まれる明治44年(1911)には90歳ほどになり、相伝はできない。そのため代数には数えないが、弓雄氏の父才吉郎を相伝に含める見解を示している。

それで弓雄氏は正木流の10代宗家を名乗ったが、私が訪れたある日、話は「宗家」に及んだ。
私は日本の伝統武術には宗家が存在しないことを弓雄氏に力説した。
宗家を名乗ると必ず後に門人同士に遺恨を残し、流儀は分裂して対立することも話した。
氏はそれを受け入れ、平成10年10月10日、正木流の宗家断絶を予告し、氏の死を以て、宗家は消滅することをその著書に明記し、当時在籍していた門下生にもその旨を伝えた。
したがって、現在、そして将来も正木流には宗家は存在しない。

そのかわり、十一代からの免許皆伝者には「師範家」を名乗らせ、現在、佐野森一氏・中野齋氏・中村清恭氏・瀬山昌弘氏の四師範が活躍しておられる。

弓雄氏が祖父なり、父なりから免許の伝書を授かっていれば別だが、それはない。
私は弓雄氏の武術は一世一代の力作だと思っている。
昭和の時代には形数が少なかったが、平成になって300以上に増えた。
あるいは古伝書があるならば、復元の可能性もある。
それはそれで構わない。
その時代にその武術が受け入れられる土壌が存在するのであれば、その武術は後世に生き残る。
しかし、相伝の事実に嘘があってはならない。
明確な事実が判明しない限り、復元、再興とした方がいいのではなかろうか。

継承されている師範家の皆様には、弓雄氏の魂とでもいうべき鎖術をしっかり伝承してほしいと思う。
また、弓雄氏の研究姿勢は武術を志す者のお手本でもある。
by japanbujutsu | 2015-09-03 17:50 | 武術論考の部屋 Study

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