卜伝流真実史
卜伝流は元来、剣術を主とした薙刀・槍術を含む流儀である。
居合は甲斐武田家に伝承され、他藩に流れて幕末に及んだ。
しかし、塚原卜伝が居合を指南したかというと、これは大きな疑問が残る。
当時は神道流にも居合がなかったのだから。
卜伝流は多く 「新当流」 と称して伝承された。
信州松代藩では墳原卜伝流という替え字で伝承されたが、これも明治維新期に失伝している。
現在まで正しく継承されている新当流・卜伝流は、弘前藩伝の卜伝流剣術のみであろう。
あとは三重県に卜伝流の鎖鎌が伝承されているが、卜伝流に鎖鎌はないので、独自の変化を遂げたものと思われる。
戦後、突如として東京に現れた 「卜伝流柔術」 は、関口流柔術の絵伝書から復元されたもので、もとより松代藩伝は関係しない。
そして、その卜伝流柔術は、関口流の柔術だけを卜伝流と称していただけで、居合は含まれていない。
もし仮に居合が含まれていたとしても、それは神道流と同じように、完全に平服による居合でなければならない。