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国際水月塾武術協会 International Suigetsujuku Bujutsu Association

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本会が伝承している武術流派と古武道全般の技法・歴史・文化などを解説します。文章・記事・写真の転載は固く禁止します。

白井流手裏剣術は成瀬関次の創作

白井流手裏剣術は成瀬関次の創作

当協会の埼玉支部長がご自身のブログにおいて、白井流手裏剣術は成瀬関次の創作であるという、かなり衝撃的な発表を行った。
実は筆者も白井亨が手裏剣など相伝、あるいは教授した形跡が皆無であることはわかっていたが、これまで深く調べる機会がなかった。
重要な内容なので、筆者もここで論述しようと思う。

埼玉支部長が白井流手裏剣術が成瀬の創作と判断した根拠は『会津藩教育考』(1931)の記述である。
筆者もさっそく閲覧してみた。
そこには次のように書かれている。

手棒術
一尺八寸の樫棒に鉄線四本を張て末に鎖の先に五・六寸の剣を付したるを遣ふ術なり。
 白井流 一所 新町一番丁
以下の六術は流名を知る能わず、その実のみを掲ぐ。
手裏剣術 銑鋧なれど俗に従ふ。 一所 新町一番丁
七八寸の鉄釘の如きものを右手に持ち、肩に構ひ踏込みながら擲つ術なり。


これを見ると白井流の術は手棒(てぼう)という道具を用いる武術で、黒河内家が相伝した。
しかし、手裏剣については流名を不詳としていて、相伝者も書かれていない。
稽古場が白井流と同じ新町一丁目にあったから非常に紛らわしい。
この流名不詳の手裏剣術を成瀬は白井流と誤認し、そこに書かれている「七八寸の鉄釘の如きもの」を白井流の手裏剣としてしまったわけである。
そして、そこには「反転打」という記述はなく、また、「踏込みながら擲つ」とあり、右足が前の順体で打つことが書かれている。
これは今、筆者が研究を進めている打ち方と同じである。
手裏剣が武術である限り、順体で打つというのが筆者の持論である。

思えば、筆者がいつも創作流儀の見分け方として掲げている、
①戦前の伝書がない
②戦前の教授の形跡がない
③成瀬に兄弟弟子がいない
などの項目がすべて当てはまってしまうのである。

それでも史実は史実として、その白井流手裏剣も二代、三代と相伝が進んでいるのであり、一手裏剣流派として活動することには何ら問題はない。
ただ、歴史認識だけは正す必要がある。

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白井流の取材記事(『ザ・古武道』)





(完)
by japanbujutsu | 2016-10-03 17:11 | 手内剣探究 shunaiken

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