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国際水月塾武術協会 International Suigetsujuku Bujutsu Association

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本会が伝承している武術流派と古武道全般の技法・歴史・文化などを解説します。文章・記事・写真の転載は固く禁止します。

『図解雑学 剣豪列伝』 ③

『図解雑学 剣豪列伝』 ③ 


p.48 斎藤伝鬼坊の最期
常陸国で後進の指導に当たっていた伝鬼坊に、あるとき、かつて卜伝のもとで共に修行を積んだ神道流の達人・桜井霞之助(真壁暗夜軒)が勝負を申し込んだ。彼はこの男をあっさりと討ち殺してしまう。(中略) ところがこの勝負がもとで桜井の門弟たちの怒りを買い、天正15年 (1587)、大勢の待ち伏せを受け、いっせいに弓を射かけられて命を落としてしまったのである。このとき伝鬼坊、38歳。剣のみを頼みとして官位まで得た人物にしては、いささかおそまつな最期と言えなくもない。

【寸評】
 これは巷間に知られた有名なエピソードであり、映画化もされているので、その内容自体についてとやかく言いたくはない。しかし、この流儀の継承者として、最後の一文は許せない。相手が仕掛けた戦いに、その相手が敗れ、仕返しに門弟多数が待ち伏せの上、一斉に矢を放って殺害した。この卑怯な手段でしか勝つことができない二流集団が奇襲を仕掛けて一人の侍を殺す・・・。これ以上、神道流にとっての恥があるだろうか。それこそ末代までの恥さらしである。その殺された伝鬼坊に対して 「いささかおそまつな最期」 とは何の恨みがあっての表現なのだろう。著者の岸祐二なる御仁を質してみたい。


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(つづく)
by japanbujutsu | 2017-06-16 17:34 | 武術論考の部屋 Study

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