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国際水月塾武術協会 International Suigetsujuku Bujutsu Association

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本会が伝承している武術流派と古武道全般の技法・歴史・文化などを解説します。文章・記事・写真の転載は固く禁止します。

『図解雑学 剣豪列伝』 ⑤

『図解雑学 剣豪列伝』 ⑤

p.60 田宮平兵衛重正
田宮の教えは、 「手に叶いなば、いか程にも長きを用ふべし 勝事、一寸まし」 というものであった。自由に扱えるならば、少しでも長い柄の刀を使うことが勝利への道である、と説いたのである。このため、後世の人々は皆、長柄の刀を差すことになったという。

【寸評】
「後世の人々は皆、長柄の刀を差すことになったという。」。
後世の人々とは誰のことなのだろう。
それではなぜ長柄の刀が現在ほとんど残っていないのだろうか。
なぜ、現在、田宮流をしている人たちの刀は柄も含めて短小なのだろうか。

写真は筆者が稽古・演武に使用している長柄刀。
筆者が通う関口流の道場でさえ、長尺刀を抜いているのは筆者だけである。
隣の二人の柄と比べればその長さの違いは一目瞭然である。

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序でに、
ただ一つ、確実に言えること。
それは江戸時代の定寸(刃長二尺三寸、柄長八寸)は体格が格段に大きくなった現代人の我々には明らかに短すぎる長さであること。
筆者からみれば、二尺三寸の長さは現代人にとってもはや脇差にしか見えない。
肥後関口流の古伝書に、居合刀の定寸を二尺五寸と定めているが、これを現代人の身長でみれば二尺七寸が相当する長さである。
居合のなんたるか、その本質を見極めなければいけない。
アメリカで190cmの男が四尺二寸一分の定寸杖で神道夢想流の形をしていたが、見るに堪えない演技であった。
せめて五尺にしてやらないと形にならない。
こういったことこそ伝統に囚われずに対処していくべき事柄ではないのだろうか。





(つづく)
by japanbujutsu | 2017-06-20 17:09 | 武術論考の部屋 Study

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