形の変容
これまで形の変容、すなわち相伝者によって形が異なる現象について何回か述べてきた。
同じ稽古場で同じ形をやっても皆違ったことをしているという珍現象も少なくない。
その理由は、
1 師匠に師事していた時期と年数の違い
2 武術に対するセンスの差
3 体格、体質の相違
大体、以上の3つに集約されるであろう。
1については、師範といえども人間、教える時代、時期によって形に相違が生じるということ。
2については、習う人間の修学能力によるもの。
3については、先天性のもの。
この中で、一番問題なのは2の理由によるもの。
同じ形や技を教えても、まったく下手で教えたとおりにできない者、すぐに要点を把握してほぼ教えたとおりに習得できる者などの差が出てしまう。
困ったことに、下手な本人は、自分のどこが間違っているのかを、自分でわかっていないということ。だから、直しようがないのである。
たとえば関口流抜刀を例にとると、下の青木先師の抜き付けスタイルと同じスタイルで抜いているのは、日本全国の関口流修行者の中で、筆者だけである。
筆者と同門の人たちでさえもこれとは違うやり方になってしまっている。
しかし、これまた困ったことに、だれもが「自分が正しい」という。
酷い場合には、相伝者の中にだれも正しい形を行っている者がいない場合もある。
しかし、武術の場合、違っていると指摘してやっても、多くの者が聞く耳を持たないため、親切が逆に対立を生んだりする。
だから人は、お互いに指摘し合うことをしない。
こんなことをしていたら日本の武術は滅んでいくだけ。
救いの道はないのだろうか。
(完)