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国際水月塾武術協会 International Suigetsujuku Bujutsu Association

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本会が伝承している武術流派と古武道全般の技法・歴史・文化などを解説します。文章・記事・写真の転載は固く禁止します。

カテゴリ:兵法二天一流 Nitenichi ryu( 11 )

師範の自覚と役目 その②

世の師範方で、もし自分が稽古、指南している流儀を 「古流、古武道」 だと思っているならば、次の事項をクリアーしていなければならない。

① 自分の師匠が先代から巻物を授かっている。
② 自分も師匠からそれと同じ巻物を授かっている。
③ さらに自分の弟子にもそれと同じ巻物を授けている。
④ 自流に関する古文献を蒐集している。
⑤ 宗家を名乗っていない。
⑥ 流儀の手事伝書(形の解説書、手控)を作成している。
⑦ 歴代師範を暗唱できる。

これらを全うしないで師範などと軽々しく口にしない方が良い。
古流と称して弟子を取ること自体、自粛すべきである。
それは最早、伝統ではないのだから。

本日は、兵法(へいほうと読む。ひょうほうではない)二天一流の近世までの系譜を記した古文書をを紹介する。

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現在、正式な伝統を保持している系統は極めて少ない。





(完)
by japanbujutsu | 2017-05-01 17:07 | 兵法二天一流 Nitenichi ryu
呆れた外国の二天一流修行者

熱心な外人だと思って、彼らの誤解を正そうと、いろいろ教えてやると、自分の考えを否定されたのが悔しいのか、対抗心剥き出しで無礼な返事をかえす者がいる。
彼らは、人の話を冷静に受け止めることができない人種らしい。
武術を稽古する前に心が歪んでいる。

筆者を知ってか知らずか、武術史や武術論で誤った見解を必死で主張し、訂正は一切しない。
自分が学ぶ系統以外はすべて誤りだと思っているらしい。
自賛ではないが、少なくても筆者は彼らより百倍は稽古をしてきたし、千倍は史料・資料を読んできた。
低劣な意見に立腹を押さえて、説明をしてあげているのに、それに逆らうのだから呆れてものが言えない。
だから、今後は一切、彼らの愚論には口を挟まないことにした。
我ながらよい判断である。
バカな連中に無駄な時間を費やしても仕方ない。
彼らは野田派の二天一流が熊本以外でも伝承されていることを何も知らないらしい。
(知ってほしくもないが)
ついでなので、筆者の修業時代の写真を掲載しておく。

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村上派(他系では野田派という)兵法天下一二天一流の稽古(故荒関師範と筆者の稽古)

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新免二刀流剣術(故荒関師範と筆者の稽古)

肝心の日本人師範が技だけ教えて、正しい相伝方式、有職故実、それと心を教えないから、礼儀を欠いた不躾な輩が増殖して、誤った武術観が形成されていくのである。




(完)
by japanbujutsu | 2016-10-01 17:54 | 兵法二天一流 Nitenichi ryu
宮本武蔵研究発動

いよいよ長年手を付けなかった宮本武蔵の研究を始めることにした。
完結するまでどれだけの年数を要するのかわからないが、とにかく発動した。
先人の研究を見ると、どれもほとんどドングリの背比べであり、論も似たり寄ったり。
しかし、これら先人の研究に一通り目を通さないと、同じ迷路に入りかねないので、まずはだれが、どこまで、どのような研究を為したかを知る必要がある。

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それを知った上で、新たな展開をなしていかなければ、研究などやらない方がよい。
世に武藏研究者は山のようにおり、五輪書の愛読者は世界中にいる。

研究経過はその都度、『水月』 紙上で発表していく。




(完)
by japanbujutsu | 2016-07-09 17:12 | 兵法二天一流 Nitenichi ryu
もう一人の宮本武藏

宮本武蔵の研究家は山のようにいる。

しかし、そのほとんどは実際のところ 『宮本武蔵』 (宮本武蔵遺跡顕彰会、明治42) を少しも抜け出していない。
むしろ退化している。
小説家のそれは全部無視するとして、考証本はもう少しオリジナルな論考を心掛けたい。

これまで筆者は宮本武蔵研究を控えてきた。
同じことを書いても仕方がないからである。
むしろ同じような本が無数に出版されている異常現象が不思議でならない。

今回は、新たに入手した岡本流體術の伝書によって 「もう一人の宮本武藏」 の史実に迫ってみたい。

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詳しい考証は 『日本武芸新聞 水月』 紙上で発表する。





(完)
by japanbujutsu | 2016-06-15 17:27 | 兵法二天一流 Nitenichi ryu
新免二刀流心法奥義 「悟道無相剣」

新免二刀流の免許皆伝で授けられる奥義 「悟道無相剣」の秘伝書。

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新陰流における不動智神妙録に相当する伝書で、こちらは越後の澤水禅師の作である。

本邦初公開であるが、技法が現伝しているため、巻頭部分しか公開できない。

新免二刀流は二十三箇条の形(仕合勢法)を習得後、この極意伝を受ける。
by japanbujutsu | 2015-11-15 23:13 | 兵法二天一流 Nitenichi ryu
謎多き二つの本とそこに書かれた二刀流

世の中の武道書を批判しても仕方がない。
必要なのは購入する人間が良否を見極めることである。
レベルが低くても、内容が杜撰でも売れるならば、出版社は引き受ける。
たとえそれが文化を阻害するような低俗本であってもである。

さて、ここで紹介する二冊の本は『二刀流を語る』と『宮本武蔵 二刀一流の解説』である。

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ともに謎に包まれた著者による、杜撰な内容の本であるが、ところどころに書かれている「真実」と「意外」は二天一流の参考になることは否めない。

特に筆者が伝承している新免二刀流は、この二著にいろいろなヒントを与えられている。
新免二刀流の戦前までの系譜は明らかではない。
それはこの流儀が純然たる古流ではなく、竹刀剣術を伝える流儀であったためであり、伝書もなく、その師系列を失っているからである。

しかし、偶然にも、この二著の中には新免二刀流の口伝がいろいろと出ている。
特に『二刀流を語る』の著者吉田精顕は越後系の二天一流を解説している向きがあり、これは新免二刀流の原伝承地であるとされる越後に一致している。
『宮本武蔵 二刀一流の解説』については、形を簡易なイラストで描いていて、何となくその技法を察することができるが、吉田ともども経歴が一切書かれていない。

このことからも、両人が二天一流の相伝者ではないことがわかる。
もし、どなたか、この両人のことを何かご存じであったら、情報をいただければ幸甚である。
by japanbujutsu | 2014-09-18 17:56 | 兵法二天一流 Nitenichi ryu
二天一流相伝式

平成25年7月、細川藩伝村上派兵法天下一二天一流の免許皆伝相伝式が行われた。

被授者は大阪支部の師範、無津呂弘之と山根章の両氏。

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相伝式に先立ち「五方之形」の検視を行い、両氏共に仕打両方を演武、誤伝なく形の相伝が終了。

続けて、和室に移動し、香取・鹿島の神前において相伝巻物の伝授式を古式に則り挙行した。

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今後、関西の地において当流が後世に相伝されていくことを願うばかりである。
by japanbujutsu | 2013-07-21 20:24 | 兵法二天一流 Nitenichi ryu
一刀に対する見解

現在、伝承されている二天一流は二系統に大別される。

(一) 野田派二天一流
(二) 山東派二天一流
 ※当協会が伝承する二天一流は野田派に属するが、現在熊本に伝承している野田派と区別するために村上派兵法天下一二天一流と名乗っている。

両派ともに流祖宮本武蔵玄信の次代寺尾求馬助信行の流れを汲むが、その次の代から分派しており、その両系統が残ったことは素晴らしいことである。

しかし、残念なことに、この二つの系統は同じ九州にありながら反目を続けており、交流がなされていない。

筆者は今の時代だからこそ、全国の二天一流が一堂に会して演武会を開催することを待ち望んでいる。

さて、本題に入ろう。

山東派は大正期から昭和にかけて、名人青木規矩男により熊本と大分に伝えられた。この山東派には「勢法一刀之太刀」や「勢法一刀小太刀」なる形が伝えられている。しかし、これらの形は宮本武蔵の時代にはなかった。元々二天一流には存在しない形である。兵法二天一流の原形は「五方之形」、これだけである

現在の研究によれば、これらの形は熊本藩伝新陰流からの採用であることが明らかにされている。

武術を藩校の教育として教える場合、流儀の体系がたった五本の形しかないことは、甚だ都合が悪い。二代藩主細川忠利は新陰流の免許皆伝で、晩年の武蔵を招いていることからも、この両方の流儀がその後、藩校で教授される際に、混入したことが考えられる。

泰平な世の中にあって、二天一流だけでは、教授が成り立たないことは、山東派が楊心流柔・居合・薙刀・棒、関口流抜刀などを併伝し、また、野田派が伯耆流居合や当理流小具足などを併伝していたことでもよくわかる。

元来、野田派には五方之形しか存在しないものを、山東派に対抗するためにどこからか一刀の形を持ち込んで、あたかも古伝の如く装飾したり、五方之形しか伝えていない系統を免許皆伝ではないなどと批判をするなど、大変に見苦しい誹謗合戦が行われている。

大体、流祖宮本武蔵は『五輪書』において、「・・・みな片手にて太刀をつかふものなれば、両手にて太刀をかまゆる事、実の道にあらず」と断言しているのであり、一刀勢法を完全に否定している。だから武蔵自身、晩年に創始した二天一流に一刀の形は採用していない。

だから、真の二天一流は「五方之形のみ」である。

筆者は山東派において一刀勢法を伝えているのを批判するつもりは毛頭ない。山東派の人々が野田派を評して「あそこは五方之形しかないじゃないか、それでは二天一流の免許皆伝だとは言えない、云々」と他派を批判する態度が醜いと言っているのである。

松永展幸師範が鶴田三雄師範から学んだ二天一流は何の装飾も増補もない、純粋な五方之形そのものであり、その形は荒関師範から会長に一点も崩さず、伝承されている。

松永展幸が伝えた二天一流は現在、熊本に伝えられている野田派二天一流とは、形・趣・速さ・姿勢のすべてが異なっている。

以下は松永が示す二天一流の正しい勢法

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by japanbujutsu | 2013-05-26 12:14 | 兵法二天一流 Nitenichi ryu
新免二刀流剣術
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昭和の前期、千葉県に二刀流で試合をする老剣士がいた。

五十嵐一隆二刀齋治近(右写真)。

流儀は新免二刀流。

宮本武蔵の流れを汲む越後伝の二刀剣術である。

宮本武蔵はもちろん、竹刀で試合をしたわけではない。江戸時代後期、剣術家の間で全国武者修行が流行したとき、二刀流を使う剣士たちが二刀での試合方法を確立したのである。

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                江戸時代の二刀による試合の様子を描いた『武術絵巻』

競技武道は一定のルールのもとに、公平な条件で試合をするのが大原則である。その中で、なぜか剣道における二刀だけが、このルールを犯している。二刀が一刀より有利なのは自明の理。小刀で間合いを詰め、通常より長く持った大刀で打ち込むのだから、普通に試合を行えば負けるはずはない。間合いにおいて絶対的に有利なのである。

さて、その新免二刀流。昭和三十八年に会長の師匠荒関富三郎が継承し、失伝が免れた。

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                       新免二刀流の秘伝技「くの字打ち」

世は平成となり、後継者のなかった荒関に会長が入門した。徹底したマンツーマン指導で平成五年、兵法天下一二天一流とともに免許皆伝を受けた。

当時形がなかった新免二刀流の試合剣術から、会長はその粋を結集して「新免二刀流剣術二十三勢法」の形を抽出し、荒関の検証を受けて古流武術としての体裁を整えた。

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                 会長が荒関師範より授けられた新免二刀流免許皆伝状

二天一流の高腰におけるゆっくりした長い動作に対して、新免二刀流は出会い頭の一撃で勝負が決する極めて迅速な技法を特長としている。

国際水月塾武術協会では、二天一流と新免二刀流の両流儀を合わせて教伝している。

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by japanbujutsu | 2013-01-11 21:57 | 兵法二天一流 Nitenichi ryu
兵法天下一二天一流の特徴

武蔵が晩年、熊本で開流した二天一流は『五輪書』を形に具現化した勢法で、これを「五方ノ形」と称した。二天一流には元来、これ以外の形は存在しない。松永伝は専らこの五方ノ形を演錬する。

多くの派では一刀勢法を伝えているが、両手で木刀を握っているので全く武蔵の境地「片手斬り」を無視した形である。そもそも、武蔵は二刀で一刀に勝つ技術と心法を完成させたのであり、一刀で一刀に勝つのならば、二刀は必要ない。

しかし、たった五本だけの形だけでは、正直なところ道場経営が成り立たない。武術としての体裁を整えるためにも形の増補が必要であったのだろう。後世、一刀や小太刀、さらには棒術までも採用する派が出ては、流祖の武蔵も驚嘆しているに違いない。

五方ノ形は心を研ぎ澄ませ、気を錬り、強烈な圧迫感を敵に与えて威圧していく。立ち腰の摺り足で、独特の発声を用いて敵の動作を制圧する。この心気の作用なくして二天一流はない。

武田信玄に仕官できずに塚原卜伝にその座を奪われ、自ら信玄の諱を逆転させて「玄信」を名乗る。あたかも卜伝の俊敏な太刀筋に反発するが如く「ゆっくリズム」な勢法を完成させる。それは日本剣術界における「太極拳」のようなものである。気を錬るためにはスピードを追求してはいけない。卜伝の剣術とのレベルの違いを誇示したかったのではなかろうか。そこには極めて崇高な剣の精神世界がある。


村上派松永伝兵法天下一二天一流の形

五方ノ形

 中段 位詰
 上段 先
 下段 後の先
 左脇 後の先
 右脇 先々先

五方の構の方

五方の構は上段、中段、下段、左の脇に構え、右の脇に構ゆる事、是五方也。構五つにわかつといへども、皆人をきらんため也。構五つの外はなし。何れの構なりとも、構ゆると思はずきる事なりと思ふべし。構の大小は事により利にしたがふべし。上下中は体の構也。両脇は用の構也。右左の構、うへのつまりて脇一方つまりたる所などにての構也。左右は所によりて分別あり。此道の大に云ふ、構のきわまりは中段と心得べし。
中段の構本意也。兵法大にして見よ。中段は大将の座也。大将につぎ、あと四段の構也。能々吟味すべし。
                                                   (『五輪書』水の巻)

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松永伝の礼法における太刀の置き様は他派と異なり、小刀を上にする。また礼の時の手の合わせ方も異なる


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前列左から荒関、土橋(諏訪尚武館長)、松永、小池の各師範(昭和38年9月9日、諏訪尚武館)


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松永展幸と荒関富三郎師範による五方ノ形の演武
by japanbujutsu | 2012-11-18 21:51 | 兵法二天一流 Nitenichi ryu

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