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国際水月塾武術協会 International Suigetsujuku Bujutsu Association

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本会が伝承している武術流派と古武道全般の技法・歴史・文化などを解説します。文章・記事・写真の転載は固く禁止します。

カテゴリ:兵法二天一流 Nitenichi ryu( 13 )

新免二刀流剣術
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昭和の前期、千葉県に二刀流で試合をする老剣士がいた。

五十嵐一隆二刀齋治近(右写真)。

流儀は新免二刀流。

宮本武蔵の流れを汲む越後伝の二刀剣術である。

宮本武蔵はもちろん、竹刀で試合をしたわけではない。江戸時代後期、剣術家の間で全国武者修行が流行したとき、二刀流を使う剣士たちが二刀での試合方法を確立したのである。

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                江戸時代の二刀による試合の様子を描いた『武術絵巻』

競技武道は一定のルールのもとに、公平な条件で試合をするのが大原則である。その中で、なぜか剣道における二刀だけが、このルールを犯している。二刀が一刀より有利なのは自明の理。小刀で間合いを詰め、通常より長く持った大刀で打ち込むのだから、普通に試合を行えば負けるはずはない。間合いにおいて絶対的に有利なのである。

さて、その新免二刀流。昭和三十八年に会長の師匠荒関富三郎が継承し、失伝が免れた。

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                       新免二刀流の秘伝技「くの字打ち」

世は平成となり、後継者のなかった荒関に会長が入門した。徹底したマンツーマン指導で平成五年、兵法天下一二天一流とともに免許皆伝を受けた。

当時形がなかった新免二刀流の試合剣術から、会長はその粋を結集して「新免二刀流剣術二十三勢法」の形を抽出し、荒関の検証を受けて古流武術としての体裁を整えた。

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                 会長が荒関師範より授けられた新免二刀流免許皆伝状

二天一流の高腰におけるゆっくりした長い動作に対して、新免二刀流は出会い頭の一撃で勝負が決する極めて迅速な技法を特長としている。

国際水月塾武術協会では、二天一流と新免二刀流の両流儀を合わせて教伝している。

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by japanbujutsu | 2013-01-11 21:57 | 兵法二天一流 Nitenichi ryu
兵法天下一二天一流の特徴

武蔵が晩年、熊本で開流した二天一流は『五輪書』を形に具現化した勢法で、これを「五方ノ形」と称した。二天一流には元来、これ以外の形は存在しない。松永伝は専らこの五方ノ形を演錬する。

多くの派では一刀勢法を伝えているが、両手で木刀を握っているので全く武蔵の境地「片手斬り」を無視した形である。そもそも、武蔵は二刀で一刀に勝つ技術と心法を完成させたのであり、一刀で一刀に勝つのならば、二刀は必要ない。

しかし、たった五本だけの形だけでは、正直なところ道場経営が成り立たない。武術としての体裁を整えるためにも形の増補が必要であったのだろう。後世、一刀や小太刀、さらには棒術までも採用する派が出ては、流祖の武蔵も驚嘆しているに違いない。

五方ノ形は心を研ぎ澄ませ、気を錬り、強烈な圧迫感を敵に与えて威圧していく。立ち腰の摺り足で、独特の発声を用いて敵の動作を制圧する。この心気の作用なくして二天一流はない。

武田信玄に仕官できずに塚原卜伝にその座を奪われ、自ら信玄の諱を逆転させて「玄信」を名乗る。あたかも卜伝の俊敏な太刀筋に反発するが如く「ゆっくリズム」な勢法を完成させる。それは日本剣術界における「太極拳」のようなものである。気を錬るためにはスピードを追求してはいけない。卜伝の剣術とのレベルの違いを誇示したかったのではなかろうか。そこには極めて崇高な剣の精神世界がある。


村上派松永伝兵法天下一二天一流の形

五方ノ形

 中段 位詰
 上段 先
 下段 後の先
 左脇 後の先
 右脇 先々先

五方の構の方

五方の構は上段、中段、下段、左の脇に構え、右の脇に構ゆる事、是五方也。構五つにわかつといへども、皆人をきらんため也。構五つの外はなし。何れの構なりとも、構ゆると思はずきる事なりと思ふべし。構の大小は事により利にしたがふべし。上下中は体の構也。両脇は用の構也。右左の構、うへのつまりて脇一方つまりたる所などにての構也。左右は所によりて分別あり。此道の大に云ふ、構のきわまりは中段と心得べし。
中段の構本意也。兵法大にして見よ。中段は大将の座也。大将につぎ、あと四段の構也。能々吟味すべし。
                                                   (『五輪書』水の巻)

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松永伝の礼法における太刀の置き様は他派と異なり、小刀を上にする。また礼の時の手の合わせ方も異なる


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前列左から荒関、土橋(諏訪尚武館長)、松永、小池の各師範(昭和38年9月9日、諏訪尚武館)


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松永展幸と荒関富三郎師範による五方ノ形の演武
by japanbujutsu | 2012-11-18 21:51 | 兵法二天一流 Nitenichi ryu
村上派兵法天下一二天一流の歴史

二天一流の歴史については巷にいくらでも書籍があるのでそれらを参照されたい。ここでは当会が継承している村上派の流れを簡単に述べるに留める。

流祖宮本武蔵玄信から三代目の新免弁助信盛から二天一流は寺尾派と村上派に分かれた。両派とも現在に至るまで命脈を保っている。村上派はその後、野田家に相伝されたため、熊本では野田派と称している。

明治以降、熊本において、野田辰三郎種養の門下から加納軍次が傑出し、さらに鶴田三雄へと相伝された。
そして鶴田の門からは松永展幸が出て、全国の二刀流を組織化した。長野県の荒関富三郎師範は熊本まで通って二天一流の相伝を受けた。荒関師範は他にも五十嵐一隆から新免二刀流の皆伝を受けている。

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                         松永展幸に指導を受ける荒関師範


荒関師範は自ら新二天一流を編み出して、その宗家になり、武蔵会を組織した。平成の初め、荒関師範の門を叩いた会長は、二天一流・新免二刀流・新二天一流の三流儀を全て相伝した。その後、栃木県の中村氏が入門し、竹刀剣道二刀流の指導を受けている。

しかし、古流としての正真正銘の二天一流と新免二刀流の相伝を受けたのは荒関門下で会長のみである。

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                        荒関師範と会長による二天一流の稽古


平成六年に荒関の名で刊行された 『二刀流の習い方』 の実際の執筆者は会長である。


系譜

流祖 宮本武蔵玄信
二代 寺尾求馬助信之
三代 新免弁助信盛
四代 村上平内正雄
五代 村上平内正勝
b0287744_13593447.jpg六代 村上八郎右衛門正之
七代 野田三郎兵衛種信
八代 野田三郎兵衛種勝
九代 大塚庄八昭博
十代 大塚又助常清
十一代 野々村広之助永昌
十二代 井津野十内
十三代 野田三郎八種久
十四代 野田辰三郎種養
十五代 加納軍次
十六代 鶴田三雄(右写真)
十七代 松永展幸
十八代 荒関富三郎二刀斎
十九代 小佐野淳二天斎
二十代 無津呂弘之(兵庫)、山根章(兵庫) 

 平成二十八年現在、免許皆伝者二人

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                   兵法二天一流の免許皆伝書巻末の相伝者記載部分


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                  会長が保存している松永展幸自作の二天一流稽古用木刀


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             松代藩文武学校武道会主催の演武会で門下生山根氏と五方ノ形を打つ
by japanbujutsu | 2012-10-24 22:32 | 兵法二天一流 Nitenichi ryu

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