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国際水月塾武術協会 International Suigetsujuku Bujutsu Association

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本会が伝承している武術流派と古武道全般の技法・歴史・文化などを解説します。文章・記事・写真の転載は固く禁止します。

カテゴリ:台湾彰化金鷹拳 Kung-fu( 15 )

七星齊眉棍

七星齊眉棍は拳法を約1年学んだ後、最初に学ぶ兵器である。
七星というのは套路線に由来する名称で、齊眉棍というのは棍を立てたときにその長さが自分の眉の高さになる棍のことをいう。
齊とは等しいという意味である。
この教えは日本の杖術にも影響しており、例えば天道流の杖でも各自の眉の高さと同じ長さの杖を使用するため、その杖は各自で特注しなければならない。

しかし、振興社の武術ではこの齊眉棍を基本とはするが、時に七尺棍や九尺棍を使って同じ套路を演じることがある(写真は七尺棍)。

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この他にも丈二棍という十二尺の長棍があるが、これは演武場の清めに使用するもので、套路がない。





(完)
by japanbujutsu | 2017-02-04 17:09 | 台湾彰化金鷹拳 Kung-fu
金鷹拳必殺技 「落嚢」

金鷹拳に敵の陰嚢を握り潰す「落嚢」 という必殺技がある。
敵のいかなる攻撃をも外すことができる手技を使い、敵の正面に入身して身体を一気に沈め、右掌で陰嚢を握り潰すのである。

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その握り潰し方まで口伝されている。





(完)
by japanbujutsu | 2017-02-02 17:06 | 台湾彰化金鷹拳 Kung-fu
釈迦と金鷹拳三戦

時は春。
摩耶夫人は旅をしていた。釈迦国の首都、カピラ城から里方のコーリヤ国に里帰りして出産するためである。途中、ルンビニーの園で、小憩をしたそのとき、彼女の右脇下を破って、1人の男児が出生した。摩耶夫人と釈迦国の王である浄飯王とのあいだの子、シッダールタ太子の誕生である。後に出家をし、悟りを開いて仏陀となった、釈迦、その人である。
西暦紀元前566年の4月8日のことだった。
摩耶夫人の右脇下を破り出た、シッダールタ太子をしっかり受け止めるべく、地上に忽然として七茎の蓮の花が咲き出した。太子はその上に降り立った。そして、ゆっくりと、着実に、だれの助けも借りることなく、七歩を歩く。七歩目、彼は立ち止まる。
右手をあげ天を指し、左手は地を指し、太子はりんりんと響き渡る声をもって宣言した。

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「天上天下唯我独尊」。
それは、太子の産声。
「天にも地にもただ我ひとり尊い」 とは、のちに太子が「仏陀」となって、この世の人々を救済することの、いわば予告的な宣言であった。

さて、この物語が中国に入り、後世の拳法の形成に大いに影響した。
わが金鷹拳の最初の套路 「正三戦」 は正にこの物語を形に表現したものである。
そして三番套路の「四門三戦」は釈迦の出家の様子を表現している。
拳法はただ単に戦うための技に固執しているわけではなく、こういった宗教的・芸術的表現を多分に含む意味深長な身体文化なのである。
by japanbujutsu | 2016-04-20 17:43 | 台湾彰化金鷹拳 Kung-fu
三戦・三揲頭

振興社金鷹拳に伝わる套路の中から基本中の基本である三戦の中の第一套路「正三戦」と揲内拳でもっとも人気がある套路「三揲頭」の動画を紹介する。

三戦の演者は陳炎順師父の孫、呂忠芫。




三揲頭の演者は呉幸先師の長孫、呉祈祷。


by japanbujutsu | 2014-09-16 17:30 | 台湾彰化金鷹拳 Kung-fu
彰化南瑶宮獅陣

彰化市の南瑶宮は呉幸先師が武館を開いた場所である。

陳炎順師父の振興社彰化団とは別に、ここにも呉幸先師系の武館が今もあり、今回はその南瑶宮振興社の獅陣を動画で紹介する。

拳法を修練する者はこの獅子も舞うことができなければいけない。





各門派では舞う獅子の形状まで詳細に決められている。振興社の獅子は閉口緑頭獅で額に火炎があり、耳が動く。背には五色の鬣を有し、七星に歩く。
by japanbujutsu | 2014-09-14 17:10 | 台湾彰化金鷹拳 Kung-fu
振興社伝 七星齊眉棍

振興社の兵器、七星齊眉棍を紹介する。
ジグザグな套路故に七星の名が付けられている。
本来は齊眉棍(棍を立てて眉までの高さ)を用いるが、動画では七尺棍を使っている。
各老師によって套路にわずかな違いがある。
ここでは劉瑞燻(劉國良老師の甥)老師による動画をご覧いただきたい。





北派の体操競技のように派手に飛び跳ねて走り回る「演技」と違い、質実朴訥な「武術」としての棍法である。
by japanbujutsu | 2014-09-12 17:49 | 台湾彰化金鷹拳 Kung-fu
鼓楽の実演奏

それでは振興社の表演時における鼓楽の実演を紹介する。

鼓楽は行進時に打つ「行進鼓」、舞獅奉納時に打つ「獅鼓」、武術表演時に打つ「套頭鼓」、団体表演時に打つ「戦鼓」がある。

使用する楽器は「太鼓」「大銅鑼」「小銅鑼」「鐃はち」などすべて打楽器である。





奏者は劉國良老師
by japanbujutsu | 2014-09-10 17:48 | 台湾彰化金鷹拳 Kung-fu
振興社金鷹拳の系譜

金鷹拳の開祖は福建省詔安出身の劉明善(劉炮)である。
清朝の道光八年(1828)に台湾へ渡り、同十一年、雲林縣西螺広興庄に移住して、西螺七嵌の廖一族に儒学と武術を教えた。
劉は福建省の莆田少林寺で修行をしたと伝えられているが、金鷹拳が大陸に伝承されていた記録はない。台湾で劉によって教授された金鷹拳は廖良善から蔡秋風へ、さらに呉幸から陳炎順へと伝えられ、現在会長が六世総教練を継いでいる。

開祖  劉明善 Liú Mingshàn
二代  廖良善 Liào Liàngshàn
三代  蔡秋風 Cài Qiūfēng
四代  呉 幸 Wú Xing
五代  陳炎順 Chén Yánshù
六代  小佐野淳 Osano Jun


筆者は陳炎順師父に約二十年師事し、同時に林茂南老師から拳法を、劉國良老師から拳法・兵器・鼓楽を、饒文正・洪春林老師から拳法・兵器・舞獅を、鄭銅鐘老師から舞獅を学んだ。

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               陳師父没後、総教練となられた劉國良老師と套路の確認をする会長


金鷹拳は団体演練が主眼なので、これら四大部門を残さず伝えなければ、振興社の武術を学んだことにはならない。拳法と兵器のみという考えは北派拳法の慣習であり、個人の修行を重んじる門派の考えである。台湾南部に伝えられている拳法は、中国華南の拳法なので、文化的な思想が北派とは大きく異なる。












by japanbujutsu | 2014-08-27 17:20 | 台湾彰化金鷹拳 Kung-fu
陳炎順師父の没後、師父の御霊前にお参りし、拙著「金鷹拳」を納骨所に奉献した。
そして得意套路を現総教練劉国良老師他数名の教練に示技して、日本総教練の資格を拝受した。

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わが水月塾では拳法のみならず、兵器・舞獅・鼓楽の四大部門すべてを継承し、伝えている。
武術は伝統文化であるから、その一部だけを学んだのでは意味がない。
拳法は単演套路だけでも三戦が4套、揲内が14套、揲外が十数套ある。
使拳・使脚の理論が非常にしっかりしており(現在ユーチューブで黄色のシャツを着て演じている人たちの拳法はデタラメであり、あれを金鷹拳とよぶべきではない)、拳法と兵器の理論は全く同一である。
いつか、時間に余裕ができたら、どこかの団体に本格的な指導をしてみようと思っている。

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金鷹拳を正式に演じるには少なくとも20名の拳士が必要である。
by japanbujutsu | 2014-08-10 21:17 | 台湾彰化金鷹拳 Kung-fu
台湾振興社の聖地、振興宮に奉拳

台湾における金鷹拳を伝承する大門の組織名を振興社という。

台湾南部の諸都市には、およそ振興社が存在し、金鷹拳が練武されている。

その台湾振興社の聖地が西螺にある振興宮。

開祖劉明善の墓がここにある。

2003年、ここを訪れ、開祖の御霊に金鷹拳を奉納した。

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台湾の武術界には「神技仏懐」という言葉があり、素晴らしい技を先師の御霊に奉納することを光栄とする。
by japanbujutsu | 2014-05-13 17:35 | 台湾彰化金鷹拳 Kung-fu

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