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国際水月塾武術協会 International Suigetsujuku Bujutsu Association

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本会が伝承している武術流派と古武道全般の技法・歴史・文化などを解説します。文章・記事・写真の転載は固く禁止します。

カテゴリ:武術論考の部屋 Study( 220 )

師範の自覚と役目

先日の全日本古武道演武大会の様子がユーチューブで視聴できる。
あまりにも無神経過ぎないだろうか。
特に柔術。
いい加減に師範が弟子を投げ飛ばすのは止めてほしい。
師範は弟子の技術を引き出す役目。
受けに徹底しなければ駄目。
師範が弟子を投げたらそれは 「いじめ・暴力」 だといつも言っているのに、聞く耳持たずで本当に困ったものだ。
本家の日本がこんな悪態を晒しているから、外国などはそれに拍車をかけて酷くなっている。
武術の演武は 「打(攻撃側)」 すなわちやられ役を師範が務め、 「仕(防御側)」 すなわち勝方を弟子が務めるのが古来からの掟。
こんな常識も知らないのでは師範は失格である。
昭和の時代までまったく伝承の実体のなかった流派が堂々と演武をしているくらいだから、もう滅茶苦茶である。

さて、その日本の古流柔術界。
演武でまったく逆のことをやっている。
すなわち、弟子の時代には師範に投げ飛ばされ、自分が師範になったら弟子を投げ飛ばす。
こんなものは武術ではないということになぜ気付かないのだろうか。
あまりにも武術に対する認識が低すぎる。
自分が弟子のときには師範に導かれて捕りをやらせていただき、自分が師範になったら弟子を導くために受けを取るのが古来からの習わし。
諸悪の根源は合気道ではなかろうか。
開祖の植芝をはじめ、その一門の師範も植芝に倣い、弟子を次から次へとバッタバッタと投げ飛ばす。
武術は時代劇の殺陣ではないことをいい加減にわかってほしい。
ましてや武術は曲芸でもまやかしでもない。
敵が自分から飛んで行くことなどあり得ない。
古流が合気道の真似に陥ったらお終いである。
弱い者、不利な条件にある者が勝つのが武術。
強い者、有利な条件にある者が勝つのは暴力。
十手や鎖鎌が太刀に向かっていき、いとも簡単に太刀にやっつけられてしまったら、それは常識。
その常識を覆すのが武術。
いい加減に目覚めてほしい。

下の写真は眞蔭流柔術第五代師範菅野久とその高弟第六代山田実現師範による演武 (日本古武道振興会創立60周年記念日本古武道大会記念誌より)。
先代菅野師範が受を取っている。
実に素晴らしい。

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(完)
by japanbujutsu | 2017-04-27 17:19 | 武術論考の部屋 Study
文書箱

皆さんは伝授巻を師匠から授かったらどのようにして保管しているのだろうか。
まさかむき出しのまま、どこかの引き出しに入れてあるなんてことはないと思うが・・・

ところで、師範によっては安価で済ませるために奉書に書いて、そのままの状態で授ける人もいる。
これは有り難みが半減してよくない。
しかし、その場合でも、いただいたらすぐに表具店に出して、裏打ちしてから軸装してもらわないといけない。
せっかくいただいておきながら、そのまま放置しておくなど、もってのほかである。
海外ではこのようなケースが多い。
彼らはまったく故実を理解していないのだから、これは明らかに授けた師範の責任である。

話は戻って、いただいた伝授巻は、必ず文書箱に保存しないといけない。

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これは建具屋に特注するしかない。
いただいた伝授巻は一世一代の宝物。
保管もしっかりしないといけない。






(完)
by japanbujutsu | 2017-04-13 17:09 | 武術論考の部屋 Study
道場名

日本武術がもっとも稽古されている外国といえばヨーロッパ諸国である。
ところが、それを指導する日本の師範が誤った知識を拡散するから、とんでもない日本武術が蔓延している。
忍法、忍術はその代表格。
もう手が付けられない。

それからもう一つ。
道場名である。
これも日本の師範が何も指導しないから、彼らは誤った観念で道場名をつける。
●●道場。
この●●がダメ。
ひどい場合には動物や魚、昆虫の名前まである。
まるでそこは動物園。
わが元ルーマニアの支部道場にも 「山武士道場」 なるものがあり、改名を勧めたが、日本の剣道の先生に命名してもらったと言って応じなかった。
多分、山伏養成所なのだろう。
第一、武士は山にはいない。
頭が硬くて話にならない。
せめて日本人に常識が少しでもあるならば、アドバイスをしてやってほしい。
甲源一刀流練武道場「燿武館」というふうに。

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(完)
by japanbujutsu | 2017-03-16 22:55 | 武術論考の部屋 Study
示現流兵法 ②

このページには木刀の握り方と左右の構えを載せている。
本書(『日本武道史』)では「蜻蛉の構え」という表現は使っていない。

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先に紹介した横木打ちは薬丸流が行うもので、東郷示現流では行わない。
稽古は日常の服装でそのまま行うということを聞いたことがあるが、やはり図のように稽古着に着替えるべきであろう。

気になるのは正面体で後ろ足の踵が上がっていることである・・・




(完)
by japanbujutsu | 2017-03-14 16:10 | 武術論考の部屋 Study
示現流兵法 ①

薩摩の秘剣、示現流。

自分の家の近くにそんな剣術があったら毎日通っていただろう。
なぜ、鹿児島の人たちは、薩摩武士の魂ともいえるこの剣術を学ばないのだろうか。
沖縄の国際通りが空手祭りでは拳士で埋め尽くされるというのに、鹿児島はどうだろう。
情けなくないのだろうか。

さて、それはそれとして示現流とは魅力的な剣術である。
なにしろ稽古場が野天だ。
その図が 『日本武道史』 に出ている。
それによると、次のようである。
広さは縦十五間、横九間に埒を巡らし、白砂を敷き、正面に四箇所の立木装置を設ける。

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立木装置は叉木二本を三尺の高さに五尺を隔てて相対して立て、その上に長さ六七尺、直径二三分乃至五六分の柞(イスノキ)の丸木三十本ばかりを束ねて横に架け渡す。

これでできあがり。
白砂に柞というのがいかにも薩摩らしくていい。

※ただし、この横木打ちは薬丸自顕流においてもっぱら行われているものである。




(つづく)
by japanbujutsu | 2017-03-12 17:37 | 武術論考の部屋 Study
平山行蔵の居合刀

そもそも居合刀は武士が登城する際に帯びる大小二刀とはまったく違う。
現在、居合の稽古に全国の居合道家が使用しているのは居合刀ではない。
それは武士の差料、すなわち大小二刀のうちの大刀で、これは居合の稽古などには使わない。
否、使ってはならない。
そんな常識的なことを刀剣販売業者でさえ知らないのだから、世も末である。

さて、その居合刀。
有名な平山行蔵が使用していたのは図のような四尺刀である(『日本武道史』の挿絵)。

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小柄な行蔵は普段でも三尺七寸刀を差していたというから、幕府も手を出せなかったのだろう。




(つづく)
by japanbujutsu | 2017-03-10 17:15 | 武術論考の部屋 Study
神道無念流講演会

埼玉県久喜市の教育委員会が主催で、地元住民を対象にした神道無念流についての講演会があるという。
これは良い機会と思い、外部からの参加は可能か?と問い合わせたら、あっさりと断られた。
これだから行政はだめだ。
きっと樫の木刀で頭をぶん殴っても、平気でいるくらい頭が硬いのだろう。

講師は現戸賀崎家の当主だという。
流儀の本家で、直系であることは確かであるが、「宗家」 を名乗るのは止めるべきである。
現に全国に多くの当流の師範が独自に活動しているのだから。

それから、こともあろうに流儀名を 「しんどうむねんりゅう」 と言っている。
これでは武術が正しく伝わるはずがない。
わが国の長い伝統の中で神道を 「しんどう」 と読んだことは一度もない。

流儀が誤った方向に進まなければいいのだが・・・
教育委員会などというお役所仕事しかできないところでは、正しい文化を啓蒙することも不可能であろう。

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(完)


by japanbujutsu | 2017-03-04 17:36 | 武術論考の部屋 Study
捕縄の図解

『柔術剣棒図解秘訣』には捕縄も解説されている。

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何流かは不明であるが、方円流の捕縄の資料がある雑誌に出ており、それに図解がよく似ているので、そこからの引用かもしれない。

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以前にも書いたが、武術の中で、もっとも人気がない種目かもしれない。
正式に伝えているのは一達流だけではなかろうか。
それも修行人口は極めて少ないと思われる。



(完)

by japanbujutsu | 2017-02-24 17:10 | 武術論考の部屋 Study
外之物のこと

ときどき武術における「外之物」について誤った認識を持っている団体、個人がいるようである。
外之物とはその流儀が含有する武術形以外の武人として心得のことをいう。
たとえば、総合武術の中に、剣・薙刀・十手・鎖鎌があったら、それらは武術流儀の本体(教習の中心をなす武術形)であり、これを外之物とはいわない。
外之物とはたとえば「野中の幕」のようにある特殊な想定における対処の方法を教えるものであり、流儀の本体からは外れるために「外之物」と呼ぶのである。
こうした武術における故実を知らないために、自分の中で勝手に定義を作ってしまい、誤った歴史観を構築していく。
武術を志す者はもっともっと武士文化についての教養を身につけてもらいたい。
あまりにも武術に関して無知すぎるのではないだろうか。
写真は新心流(関口流)居合の外之物。

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by japanbujutsu | 2017-02-16 17:32 | 武術論考の部屋 Study
『武芸流派大事典』

このブログには非常に多くの訪問者がお見えなので(多分、某武術雑誌の読者数よりも多い)、武術を修行する際の心得の一つを書いておきたい。
その一つは『武芸流派大事典』を持っていない人は多分、武術を極めることはできないと思われること。

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ある人は「そんなことがあるか」というだろうが、そんなことはある。
まず第一にその人は、武術に興味がない。
たまたま侍や刀に憧れて武術を始めたのだろう。
だから彼らは流儀を問わない。
そして近所にある通いやすい道場に行く。
それはそれでいい。
しかし、その人に将来、師範になる意志がなかったら、その人は武術を極めることができない。
自分が楽しんで終わりである。
だから不完全でも問題ない。
しかし、将来、流儀の免許を得たらそれを今度は誰かに伝えようとする人は必死になって技や形の手順を筆録する。
そこには、流儀を背負った「責任」がある。
そして、その流儀を伝えてきた人たちに興味関心を持ち、いろいろと調べるようになる。
だからその時点で『武芸流派大事典』が必需品になるのである。




(完)

by japanbujutsu | 2017-02-14 17:24 | 武術論考の部屋 Study

by japanbujutsu