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国際水月塾武術協会 International Suigetsujuku Bujutsu Association

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本会が伝承している武術流派と古武道全般の技法・歴史・文化などを解説します。文章・記事・写真の転載は固く禁止します。

カテゴリ:武術論考の部屋 Study( 224 )

演武における捕と受

古流における演武では上級者は必ず受(攻撃・敗者)を行い、下級者は必ず捕(防御・勝者)を行う。

だから師範は必ず攻撃側となり、弟子は師範に勝つ防御側を演ずるのが鉄則である。

武術は弱者が強者を倒すのが大前提。

現代でも剣道では必ず師範は打太刀(攻撃)を行い、弟子や下級者が仕太刀(受けて勝つ側)を担当している。

ところが、徒手武道はどうだろう。

空手の師範が演武で弟子を蹴り倒したり、合気道で男性の師範が女性の弟子をバッタ、バッタと投げている。

強い者が弱い者に勝つのはいじめや暴力であり、武道ではない。師範は弟子を導くのが役目。だから演武では弟子に攻撃を仕掛けて、負ける側を演じなければならない。

筆者はヨーロッパの門人たちに厳しくこの教えを説いている。しかし、最初は理解しなかった。

彼ら曰く「弟子は師範に投げられることを誇りに思っている」。だれがこんなデタラメな思想を海外に広めたのだろうか。

稽古ではもちろん師範は弟子を投げて、その技術を正しく教えることが必要である。しかし、演武は完成した技を披露する場である。弱い者が強い者に負ける当たり前の出来事が武道の本質を表しているのだろうか。そんなことは絶対にありえない。

古流を、そして真の武士文化の教えを知らない現代の競技武道を指導する者が、誤った方法を検証もせずして盲目的に踏襲するから、世界にまで日本武道の誤った思想が流布してしまっている。

これを是正していくのは容易な作業ではないが、少なくとも我が協会だけは正しく古流の在り方を教え導き、徐々にでもその正しい方法論を認識させていくことを目指したい。

彼らも、最近になってようやくそのことに理解を示すようになってきた。

これからまだまだ正していかなければならないことがたくさんある。
by japanbujutsu | 2013-02-24 01:06 | 武術論考の部屋 Study
忍術は武術ではない!

ヨーロッパの都市に行くと、たいてい忍術の道場がある。

皆、黒い上下の空手着に黒い足袋(時には地下足袋を履いている輩も)を身に纏い、空手とも柔術とも区別のつかない、格闘技を練習している。それは何だと聞くと「ニンジュツ!」「ニンポー!」と返事をする。

そもそも、忍術道場の存在がおかしい。忍術とは諜報、すなわち人知れずに情報収集を行うこと・技術である。だから忍術道場へ通うなどということは「私は忍者です」、「私は忍術を練習しています」と公表していることであり、その時点でその者はすでに忍者ではあり得ない。

また、忍者という身分は存在しない。忍術集団はフリーメイソンと同じ、いわゆる秘密集団であり、自分が忍者であることを誰にも知られてはならないのである。武術を修行している武士が忍者になることも完全に不可能である。

忍者は特殊な場合を除いて、ごく普通に町中で生活をしている。だれもその人物を忍者だとは思わない。完全に身分を変えて、あるいは自分の生業を以て市中に入る。

忍びとして相手の土地に入った者が、他人と武術を以て戦うことなどありえない。

武術流派の内容に忍術が含まれている例がある、などと論じている人たちもいるようだが、筆者はそのような例を知らない。武術の小道具を忍びの武器と間違えているのだろうか。大体、本物の忍びは武器など携帯しない。

服部半蔵を忍者であるとするのは、今に始まったことではないが、半蔵が忍びであった記録など一つも残っていない。後世の創作である。半蔵は初代も二代目も武士である。伊賀者を統率しただけで、彼が武術を稽古した記録などどこにも残っていない。

筆者が住む町には戦国末期、忍者がいた。彼らの本業は富士浅間師職の神官であり、全国に信徒を擁していた。そして全国を旅しながら信徒に御札を売り歩いたから、各地の情報を入手することができた。甲州武田家では彼らを利用して、全国の情報を収集していたことが記録に見えている。彼らはスッパと呼ばれた。日常は神官の姿で、しかも札売りが仕事だから、だれも彼らを忍びだとは思わない。だから忍びになりうるのである。

したがって、○○流忍法など称して格闘技を練習する道場など、江戸時代に存在するはずもなく、入門に際して姓名を書いて血判を行う武術道場に「忍者」がいるわけがない。

もし、明らかに忍者だとわかる服装をして、それがだれかに見つかり、格闘をして負けたらどうなるのであろうか。その忍びを放った主は、取り返しのつかない事態に陥ること必定である。

ここに加賀無拍子流の伝書『水鏡』がある。ヨーロッパではこれが忍術の伝書であると思われているらしい。このブログに無拍子流の別の記事を載せたところ、早速ヨーロッパから『水鏡』に関する問い合わせがあった。
日本では何の反響もないが、遠いヨーロッパでその記事を翻訳して読んでくれている人がいる。何と熱心なことだろう。彼には丁寧に返事を認めてやると、この春、筆者を訪ねてくるという。ちなみに『水鏡』に記載されている事柄は武士の心得である。

日本の文化は全部、外国人に持って行かれるだろう。悲しいことだが現実である。

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                          無拍子流秘伝書『水鏡』
by japanbujutsu | 2013-02-23 17:58 | 武術論考の部屋 Study
偽流儀=捏造武術のこと

世に本物があれば、必ず偽物がある。これは世の常。しかし、それにまんまと騙されて、それが真実だと信じ切って、大切な人生を無駄にしている人たちも多い。

本日は、偽流儀、すなわち捏造(でっちあげ)武術の話をしよう。

現在、伝統の古流武術と見せかけて、実際は昭和の戦後になってから創作された武術がいくつもある。特に東京及びその周辺に多く、全国の捏造流儀の九割以上に及ぶ。歴史が明瞭な地方にはほとんど捏造武術なるものは存在しない。

中国武術では昔から「3年かかって良師を探せ」という言葉があるらしいが、現代の若者には良師も流儀も見極める能力がない。情報過多の時代にあってはなおさらのことである。

本当の伝統武術をやりたくて入門したのはよいが、それが昭和の捏造武術だと気が付くまでには、素人の場合、やはり「3年かかる」。

現代においてこれだけ豊富なメディアが存在していても、事実を隠し通す者はいくらでもいるし、その数だけまた犠牲者もいる。

それでは、正真正銘の古流武術と、捏造武術の見分け方について、いくつかの判断事項を挙げてみる。もちろん、真の伝統流儀であっても一つ位は該当事項があるかもしれないが、ここに掲げるすべての事項をクリアーしていれば、まずその流儀は捏造であると考えた方がよい。

一、先代師範、または現師範に相弟子(兄弟弟子)がいない。
二、明治・大正・昭和戦前の稽古・演武記録や写真がない。
三、今、伝えられている形の名目と同じ名目を記した江戸・明治期の伝書がない。
四、歴代の直筆伝書がどこにもない。
五、戦前までどこに伝承していた流儀か言及できない(系図がある場合、それは決まって武術の系図とは無関係)。


八光流柔術のように昭和になってから創られた流儀であっても、その成立過程を明白にし、開祖奉告祭を執行して新しい流儀であることを公表するのであれば全く問題はない。

しかし、多くの場合、武術の伝統とは全く関係のない家系図や講談本の系図を引用して、それがあたかも武術の相伝系譜のごとく見せかけている。

ここで流儀名を一々挙げるのは、よくないことなので、その判断は各自に任せたい。武術の本家日本に「嘘」があっていけない。今、ここで糺しておかなければ、今後、武術はますます誤った方向に流れてしまう。欧米では最早、その是正ができないほど偽流儀・捏造武術が蔓延っている。

わが協会の使命は、あくまでも真実を伝えることである。
by japanbujutsu | 2013-02-23 12:46 | 武術論考の部屋 Study
古武道に宗家なし

昭和の戦後、古武道の正しい相伝方式を知らぬ者たちが、免許皆伝を受けて次々と「宗家」を名乗りだした。
元々、古武道の世界には宗家というものは存在していない。

宗家は一つの流儀を学ぶ全国の門人を掌握する統括組織の元締め(家元)を意味している。だから華道や茶道には宗家がある。華道や茶道は師範になると弟子を取って指導をすることができるが、宗家から独立することは許されず、弟子の入門から階級伝授まですべて宗家に報告をして、金銭を上納するシステムである(不完全相伝)。だから当然のことながら宗家は一つしか存在しない。

ここまでは理解できたであろうか。

武道でも柔道は講道館(全日本柔道連盟)、剣道は全日本剣道連盟が段位の発行権を独占しており、正に宗家と同質の組織となっている。だから、現代武道を修行する者たちは一度も見たことのない先生の名前が入った段位証書をもらうことになる。自分が普段、通っている道場の先生は何もくれない。

ここまでは理解できたであろうか。

古武道は茶道や華道、あるいは現代武道とは全く違ったシステムを持っている。弟子は免許皆伝を受けるとその師範から独立して道場を構え、独立して弟子を取り、自分で弟子に資格を与えることができるようになる(完全相伝)。武士はある藩で、ある流儀の免許皆伝を受けると他藩に招かれたり、あるいは他藩の者を受け入れたりして武術を教授できるようになる。藩外不出などという流儀は江戸時代に存在した記録はない。一つの流儀がいろいろな藩で教授されていたことは周知の事実である。それらの流儀の師範は皆、それぞれ自分で弟子を育て、自分で弟子に免許皆伝を与えることができる。だから江戸時代の武術には「宗家」はあり得ない。

ここまでは理解できたであろうか。

現代の古武道界を見ると、ものすごい宗家の数である。一つの流儀で、二つも三つも宗家が存在している場合がある。それぞれが勝手に名乗っていることが明白である。免許皆伝=宗家だと思っていることがそもそもの間違いである。宗家を名乗っている者は自分の弟子の中からもたった一人の宗家しか出さないのであろうか。他の免許皆伝を持つ優れた弟子は、師匠が自分ではない誰かを宗家に指名することをどのように思うのだろうか。いくら免許皆伝になっても、宗家でない者は自分の弟子に免許を与えることができない。入門者がある度に宗家に報告をしなければならない。月謝の一部は宗家に上納しなければならない。現在、宗家を名乗っている道場で、もしこのことが正しく実行されていないとしたら、それは実質的に宗家ではなく、ただ宗家を名乗っているに過ぎないのである。宗家を名乗る自分の師匠は、同じ流儀の他の道場の免許を発行しているのだろうか。同じ流儀名の他の道場の師範は宗家の道場に定期的に研修や稽古に来ているだろうか。

ここまで理解できれば、古武道に宗家があることがいかに不自然で、あり得ないことかお分かりいただけたと思う。
正木流の故名和弓雄先生は、この意見に賛同されて、自ら名乗っていた正木流の宗家を平成10年に廃止している。

なお、例外的に江戸時代、江戸で宗家制度を敷いていた流儀が二つある。浅山一伝流と天神真楊流である。この二流は江戸に参勤交代でやって来る諸藩士に指導をしたため、流儀を全国的に組織することが可能であった。しかし、廃藩後、参勤交代も廃止され、江戸では武術も廃れていき、この二流儀の宗家制度は簡単に崩れ去った。

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                  江戸時代に浅山一伝流の家元をなした森戸家の系譜
by japanbujutsu | 2013-02-22 21:34 | 武術論考の部屋 Study

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