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国際水月塾武術協会 International Suigetsujuku Bujutsu Association

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本会が伝承している武術流派と古武道全般の技法・歴史・文化などを解説します。文章・記事・写真の転載は固く禁止します。

カテゴリ:武術論考の部屋 Study( 236 )

示現流兵法 ①

薩摩の秘剣、示現流。

自分の家の近くにそんな剣術があったら毎日通っていただろう。
なぜ、鹿児島の人たちは、薩摩武士の魂ともいえるこの剣術を学ばないのだろうか。
沖縄の国際通りが空手祭りでは拳士で埋め尽くされるというのに、鹿児島はどうだろう。
情けなくないのだろうか。

さて、それはそれとして示現流とは魅力的な剣術である。
なにしろ稽古場が野天だ。
その図が 『日本武道史』 に出ている。
それによると、次のようである。
広さは縦十五間、横九間に埒を巡らし、白砂を敷き、正面に四箇所の立木装置を設ける。

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立木装置は叉木二本を三尺の高さに五尺を隔てて相対して立て、その上に長さ六七尺、直径二三分乃至五六分の柞(イスノキ)の丸木三十本ばかりを束ねて横に架け渡す。

これでできあがり。
白砂に柞というのがいかにも薩摩らしくていい。

※ただし、この横木打ちは薬丸自顕流においてもっぱら行われているものである。




(つづく)
by japanbujutsu | 2017-03-12 17:37 | 武術論考の部屋 Study
平山行蔵の居合刀

そもそも居合刀は武士が登城する際に帯びる大小二刀とはまったく違う。
現在、居合の稽古に全国の居合道家が使用しているのは居合刀ではない。
それは武士の差料、すなわち大小二刀のうちの大刀で、これは居合の稽古などには使わない。
否、使ってはならない。
そんな常識的なことを刀剣販売業者でさえ知らないのだから、世も末である。

さて、その居合刀。
有名な平山行蔵が使用していたのは図のような四尺刀である(『日本武道史』の挿絵)。

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小柄な行蔵は普段でも三尺七寸刀を差していたというから、幕府も手を出せなかったのだろう。




(つづく)
by japanbujutsu | 2017-03-10 17:15 | 武術論考の部屋 Study
神道無念流講演会

埼玉県久喜市の教育委員会が主催で、地元住民を対象にした神道無念流についての講演会があるという。
これは良い機会と思い、外部からの参加は可能か?と問い合わせたら、あっさりと断られた。
これだから行政はだめだ。
きっと樫の木刀で頭をぶん殴っても、平気でいるくらい頭が硬いのだろう。

講師は現戸賀崎家の当主だという。
流儀の本家で、直系であることは確かであるが、「宗家」 を名乗るのは止めるべきである。
現に全国に多くの当流の師範が独自に活動しているのだから。

それから、こともあろうに流儀名を 「しんどうむねんりゅう」 と言っている。
これでは武術が正しく伝わるはずがない。
わが国の長い伝統の中で神道を 「しんどう」 と読んだことは一度もない。

流儀が誤った方向に進まなければいいのだが・・・
教育委員会などというお役所仕事しかできないところでは、正しい文化を啓蒙することも不可能であろう。

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(完)


by japanbujutsu | 2017-03-04 17:36 | 武術論考の部屋 Study
捕縄の図解

『柔術剣棒図解秘訣』には捕縄も解説されている。

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何流かは不明であるが、方円流の捕縄の資料がある雑誌に出ており、それに図解がよく似ているので、そこからの引用かもしれない。

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以前にも書いたが、武術の中で、もっとも人気がない種目かもしれない。
正式に伝えているのは一達流だけではなかろうか。
それも修行人口は極めて少ないと思われる。



(完)

by japanbujutsu | 2017-02-24 17:10 | 武術論考の部屋 Study
外之物のこと

ときどき武術における「外之物」について誤った認識を持っている団体、個人がいるようである。
外之物とはその流儀が含有する武術形以外の武人として心得のことをいう。
たとえば、総合武術の中に、剣・薙刀・十手・鎖鎌があったら、それらは武術流儀の本体(教習の中心をなす武術形)であり、これを外之物とはいわない。
外之物とはたとえば「野中の幕」のようにある特殊な想定における対処の方法を教えるものであり、流儀の本体からは外れるために「外之物」と呼ぶのである。
こうした武術における故実を知らないために、自分の中で勝手に定義を作ってしまい、誤った歴史観を構築していく。
武術を志す者はもっともっと武士文化についての教養を身につけてもらいたい。
あまりにも武術に関して無知すぎるのではないだろうか。
写真は新心流(関口流)居合の外之物。

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by japanbujutsu | 2017-02-16 17:32 | 武術論考の部屋 Study
『武芸流派大事典』

このブログには非常に多くの訪問者がお見えなので(多分、某武術雑誌の読者数よりも多い)、武術を修行する際の心得の一つを書いておきたい。
その一つは『武芸流派大事典』を持っていない人は多分、武術を極めることはできないと思われること。

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ある人は「そんなことがあるか」というだろうが、そんなことはある。
まず第一にその人は、武術に興味がない。
たまたま侍や刀に憧れて武術を始めたのだろう。
だから彼らは流儀を問わない。
そして近所にある通いやすい道場に行く。
それはそれでいい。
しかし、その人に将来、師範になる意志がなかったら、その人は武術を極めることができない。
自分が楽しんで終わりである。
だから不完全でも問題ない。
しかし、将来、流儀の免許を得たらそれを今度は誰かに伝えようとする人は必死になって技や形の手順を筆録する。
そこには、流儀を背負った「責任」がある。
そして、その流儀を伝えてきた人たちに興味関心を持ち、いろいろと調べるようになる。
だからその時点で『武芸流派大事典』が必需品になるのである。




(完)

by japanbujutsu | 2017-02-14 17:24 | 武術論考の部屋 Study
野外稽古場

わが水月塾本部には野外稽古場が複数ある。
いずれも人里離れた山の奥である。
今回、紹介するのは、私が好天の日にいつも居合や手内剣、金鷹拳を稽古する場所。
正面に富士山をいただく景色抜群の野外稽古場である。
澄んだ空気の中で伸び伸びと練武できる。

一昨日はポカポカ陽気に恵まれたため、稽古に見えた埼玉支部長をその稽古場に案内した。

柳剛流居合

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荒木流抜剣

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(完)
by japanbujutsu | 2017-01-31 17:56 | 武術論考の部屋 Study
紋付のこと

現在、我が協会の本部道場にアメリカのボストンから来ている熱心な門人がいる。
小・中学校で英語を教えている。
武道は空手の経験者。
昨年、松代藩文武学校で居合を演武することになったが、紋付を持っていない。
かと言って柔道着で居合を演武するわけにもいかない。

結局、特注の家紋で注文することになった。
彼の先祖はスコットランド系ケルト人で、古くは狩猟を家業としていた。
そのため家の紋章は犬、または狩猟笛。
着物業者に聞いたら犬は複雑で刺繍ができないということで、狩猟笛をデザインにした。
今、ヨーロッパの武道を修行している人たちの紋付を見ると、日本の師範の家紋を真似て付けていたり、流祖の家紋を付けていたりするが、これは大きな間違いである。
紋付こそ自分の家のものを付けないといけない。

こういうところからも海外には日本の文化が誤って普及してしまうのである。
正しい日本の文化を伝えなければいけない。

ちなみに我が小佐野家の家紋は「丸に三つ柏」。

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(完)
by japanbujutsu | 2017-01-25 21:53 | 武術論考の部屋 Study
武術形は美しくなければならない

真の古武道の教授を受けたことのない者、あるいは現代武道や格闘技をする者がよく言うこと、
「武道・武術は強いことが第一条件、強くなければ話にならない」と・・・

何度も書くがこの 「強い」 というのは何を意味しているのだろうか。
多分、彼らが言うのは「喧嘩に強い」ことなのだろう。
その喧嘩とは何か?
殴り合い、蹴飛ばし合いだろう。
だったら、まったく目的の違う古武道に対して、強いだの弱いだの、見当違いのことを言うべきではない。
殴り合いに強くなるために古武道があるのではない。
喧嘩に強くなりたいのだったらボクシングでも極真空手でもやればいいだろう。

古武道は今さら言うまでもなく、江戸時代には武術、あるいは武芸と呼ばれていた。
もちろん今もそのように言って問題はない。
術や芸は難度の高い技術の上に成立し、それに「美」と「礼」が要求される。
喧嘩や格闘技とはまったく次元の異なる世界の身体文化である。
江戸時代における武士の心技体の一致に見る 「総合的な身体の強さ」 は、今の喧嘩における暴力的な強さとはまったく異なるものであり、両者を同じ土俵に上げて論じること自体が間違っている。

このような低次元なことを書くのはまったく気が進まないが、未だに強さの概念を取り違えている輩が多いのは困ったものである。

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              実に見事な業前を披露した兵法天下一二天一流師範松永展幸

このような伝統的剣術をいくら稽古しても現代の競技剣道には勝てないし、ましてや殴り合いに強くなるはずもない。





(完)
by japanbujutsu | 2017-01-14 17:44 | 武術論考の部屋 Study
学習メモ

武術は本来、身体で覚えるもの。
学んだことを忘れないために同じ形・技を身体に染みつくまで稽古する。
これを修行、とくに武術の場合には 「練武」 という。
仙台藩伝浅山一伝流柔術中興祖、相澤永長斎の頌徳碑の題は 「練武鍛身」、実にいい言葉だ。

わが道場では稽古中にメモを取ることだけは許可している。
ビデオ撮影は厳禁。
本来はメモだって稽古中は言語道断である。
しかし、遠くから通ってくる人たちは一日潰して来るわけだから、これは特別な措置である。
しかし、ここですべての修行者に注意しておきたいことがある。
それはメモを取ったら、それで安心して繰り返しの稽古を疎かにすることである。
習った技は師匠が 「よし」 というまで続けて繰り返し、身体で覚えるのが本旨である。

そして、師匠が新しい形・技を教えなかったら、今まで学んだ形を一通り繰り返すのが修行者のなすことである。
師匠はそれを見て、修正するのだから。

筆者が大学時代に記録したノート。

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メモは帰りの電車で筆記して、下宿で清書したものである。




(完)
by japanbujutsu | 2016-12-27 17:49 | 武術論考の部屋 Study

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