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国際水月塾武術協会 International Suigetsujuku Bujutsu Association

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本会が伝承している武術流派と古武道全般の技法・歴史・文化などを解説します。文章・記事・写真の転載は固く禁止します。

カテゴリ:武術論考の部屋 Study( 243 )

捕縄の図解

『柔術剣棒図解秘訣』には捕縄も解説されている。

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何流かは不明であるが、方円流の捕縄の資料がある雑誌に出ており、それに図解がよく似ているので、そこからの引用かもしれない。

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以前にも書いたが、武術の中で、もっとも人気がない種目かもしれない。
正式に伝えているのは一達流だけではなかろうか。
それも修行人口は極めて少ないと思われる。



(完)

by japanbujutsu | 2017-02-24 17:10 | 武術論考の部屋 Study
外之物のこと

ときどき武術における「外之物」について誤った認識を持っている団体、個人がいるようである。
外之物とはその流儀が含有する武術形以外の武人として心得のことをいう。
たとえば、総合武術の中に、剣・薙刀・十手・鎖鎌があったら、それらは武術流儀の本体(教習の中心をなす武術形)であり、これを外之物とはいわない。
外之物とはたとえば「野中の幕」のようにある特殊な想定における対処の方法を教えるものであり、流儀の本体からは外れるために「外之物」と呼ぶのである。
こうした武術における故実を知らないために、自分の中で勝手に定義を作ってしまい、誤った歴史観を構築していく。
武術を志す者はもっともっと武士文化についての教養を身につけてもらいたい。
あまりにも武術に関して無知すぎるのではないだろうか。
写真は新心流(関口流)居合の外之物。

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by japanbujutsu | 2017-02-16 17:32 | 武術論考の部屋 Study
『武芸流派大事典』

このブログには非常に多くの訪問者がお見えなので(多分、某武術雑誌の読者数よりも多い)、武術を修行する際の心得の一つを書いておきたい。
その一つは『武芸流派大事典』を持っていない人は多分、武術を極めることはできないと思われること。

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ある人は「そんなことがあるか」というだろうが、そんなことはある。
まず第一にその人は、武術に興味がない。
たまたま侍や刀に憧れて武術を始めたのだろう。
だから彼らは流儀を問わない。
そして近所にある通いやすい道場に行く。
それはそれでいい。
しかし、その人に将来、師範になる意志がなかったら、その人は武術を極めることができない。
自分が楽しんで終わりである。
だから不完全でも問題ない。
しかし、将来、流儀の免許を得たらそれを今度は誰かに伝えようとする人は必死になって技や形の手順を筆録する。
そこには、流儀を背負った「責任」がある。
そして、その流儀を伝えてきた人たちに興味関心を持ち、いろいろと調べるようになる。
だからその時点で『武芸流派大事典』が必需品になるのである。




(完)

by japanbujutsu | 2017-02-14 17:24 | 武術論考の部屋 Study
野外稽古場

わが水月塾本部には野外稽古場が複数ある。
いずれも人里離れた山の奥である。
今回、紹介するのは、私が好天の日にいつも居合や手内剣、金鷹拳を稽古する場所。
正面に富士山をいただく景色抜群の野外稽古場である。
澄んだ空気の中で伸び伸びと練武できる。

一昨日はポカポカ陽気に恵まれたため、稽古に見えた埼玉支部長をその稽古場に案内した。

柳剛流居合

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荒木流抜剣

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(完)
by japanbujutsu | 2017-01-31 17:56 | 武術論考の部屋 Study
紋付のこと

現在、我が協会の本部道場にアメリカのボストンから来ている熱心な門人がいる。
小・中学校で英語を教えている。
武道は空手の経験者。
昨年、松代藩文武学校で居合を演武することになったが、紋付を持っていない。
かと言って柔道着で居合を演武するわけにもいかない。

結局、特注の家紋で注文することになった。
彼の先祖はスコットランド系ケルト人で、古くは狩猟を家業としていた。
そのため家の紋章は犬、または狩猟笛。
着物業者に聞いたら犬は複雑で刺繍ができないということで、狩猟笛をデザインにした。
今、ヨーロッパの武道を修行している人たちの紋付を見ると、日本の師範の家紋を真似て付けていたり、流祖の家紋を付けていたりするが、これは大きな間違いである。
紋付こそ自分の家のものを付けないといけない。

こういうところからも海外には日本の文化が誤って普及してしまうのである。
正しい日本の文化を伝えなければいけない。

ちなみに我が小佐野家の家紋は「丸に三つ柏」。

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(完)
by japanbujutsu | 2017-01-25 21:53 | 武術論考の部屋 Study
武術形は美しくなければならない

真の古武道の教授を受けたことのない者、あるいは現代武道や格闘技をする者がよく言うこと、
「武道・武術は強いことが第一条件、強くなければ話にならない」と・・・

何度も書くがこの 「強い」 というのは何を意味しているのだろうか。
多分、彼らが言うのは「喧嘩に強い」ことなのだろう。
その喧嘩とは何か?
殴り合い、蹴飛ばし合いだろう。
だったら、まったく目的の違う古武道に対して、強いだの弱いだの、見当違いのことを言うべきではない。
殴り合いに強くなるために古武道があるのではない。
喧嘩に強くなりたいのだったらボクシングでも極真空手でもやればいいだろう。

古武道は今さら言うまでもなく、江戸時代には武術、あるいは武芸と呼ばれていた。
もちろん今もそのように言って問題はない。
術や芸は難度の高い技術の上に成立し、それに「美」と「礼」が要求される。
喧嘩や格闘技とはまったく次元の異なる世界の身体文化である。
江戸時代における武士の心技体の一致に見る 「総合的な身体の強さ」 は、今の喧嘩における暴力的な強さとはまったく異なるものであり、両者を同じ土俵に上げて論じること自体が間違っている。

このような低次元なことを書くのはまったく気が進まないが、未だに強さの概念を取り違えている輩が多いのは困ったものである。

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              実に見事な業前を披露した兵法天下一二天一流師範松永展幸

このような伝統的剣術をいくら稽古しても現代の競技剣道には勝てないし、ましてや殴り合いに強くなるはずもない。





(完)
by japanbujutsu | 2017-01-14 17:44 | 武術論考の部屋 Study
学習メモ

武術は本来、身体で覚えるもの。
学んだことを忘れないために同じ形・技を身体に染みつくまで稽古する。
これを修行、とくに武術の場合には 「練武」 という。
仙台藩伝浅山一伝流柔術中興祖、相澤永長斎の頌徳碑の題は 「練武鍛身」、実にいい言葉だ。

わが道場では稽古中にメモを取ることだけは許可している。
ビデオ撮影は厳禁。
本来はメモだって稽古中は言語道断である。
しかし、遠くから通ってくる人たちは一日潰して来るわけだから、これは特別な措置である。
しかし、ここですべての修行者に注意しておきたいことがある。
それはメモを取ったら、それで安心して繰り返しの稽古を疎かにすることである。
習った技は師匠が 「よし」 というまで続けて繰り返し、身体で覚えるのが本旨である。

そして、師匠が新しい形・技を教えなかったら、今まで学んだ形を一通り繰り返すのが修行者のなすことである。
師匠はそれを見て、修正するのだから。

筆者が大学時代に記録したノート。

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メモは帰りの電車で筆記して、下宿で清書したものである。




(完)
by japanbujutsu | 2016-12-27 17:49 | 武術論考の部屋 Study
師範の心得 書道

武士は徹底して書道の教育を受けた。
今の中学生ほどの年齢になれば、御家流はすらすらと書けた。
教育を授ける者(師範)は何よりも字が上手いことが第一の条件とされた。
寺子屋の師匠も字が上手いことが絶対の条件だった。
武士ならばなおさらのこと。
ところがである。
今時の教員や武道の師範には、悪筆が多すぎる。
字が下手なのは本当にみっともない。

特に、古流の芸事を指南する人たち。
人に指南する前に書道をしっかりと学んでほしい。
芸事はその種類の如何を問わず、バランス感覚というものが非常に大切であり、また芸術としてのセンスの高さも必要である。
ミミズが這ったような字を書いていたのでは説得力がない。
外人にはこのようなことを説教することもできない。
第一、日本の文字そのものが書けないのだから。
外人に武術のすべてを伝えることはできないと筆者が言う所以である。
ややもすれば、日本人でさえ、技の習得にしか関心が無く、その付随する膨大な文化を蔑ろにする。
試合主体の現代スポーツ武道ならば技だけでも良いが、古流の師範ともなれば、伝書は自筆できるようでなければ駄目である。
一日稽古をしたら、一日書道をやる。
そのくらいの気概がなくては日本文化の真の伝承はできないと心得るべきである。

筆者とて決して上手いとは言えないが、門人に差し出す伝書はすべて自筆している。
写真は来月、関西支部長に差し出す「神道無念流立居合免許皆伝巻」。

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(完)
by japanbujutsu | 2016-12-04 17:04 | 武術論考の部屋 Study
阿吽の呼吸

初心者の演武を見ると、師範(打方)との攻防における合(ごう)、すなわち阿吽の呼吸ができていない。
同時に行う動作、タイミングをずらして行う動作、すなわち攻めと待ちの呼吸が合わないから形に緊迫感がない。
これを 「死形」 という。
つまりそれは形以前に一打一打の打ち込みそのものが甘いために、師範と同時に技を発してもわずかに遅れることに起因する。
まずは基本をしっかり学び、しっかり稽古を積み、手の内と呼吸の一致、すなわち気剣体の一致の修得に努めることが第一である。
そして、単純な合の稽古にこそ時間をかけることである。

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(完)
by japanbujutsu | 2016-11-22 17:26 | 武術論考の部屋 Study
製本

筆者が学生時代、世の中にようやくコピーというものが出てきた。
国会図書館にまめに通い、前半をコピーしては、次の週に後半をコピーし、すぐにそれを製本した(一度での全本コピーは法で禁じられていた。しかし、二度行けば、結局は全本コピーが可能なので意味はなかった)。
全国の図書館にも、その図書館しかない本があれば出掛けていった。
直接出向しなければコピーの許可がいただけなかった。

今の人たちに当時の苦労を知るよしもない。
パソコンなどというものは姿も形もなく、ワープロでさえなかったのである。
情報は足で稼いだ。
だから、当時製本した今でも入手困難な資料が筆者の手元にはいろいろある。
これもまた武術史研究の一次資料となるのである。

資料・史料の読み重ねをしない者が、どこかで得たガセネタやネットで収集した嘘八百の情報で、安易にネット上に記載するから、そのような低俗な文章は絶対に引用するべきではない。

下は筆者が若い頃、コピーから製本まで自分でなした資料の一部。

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(完)
by japanbujutsu | 2016-11-16 17:12 | 武術論考の部屋 Study

by japanbujutsu