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国際水月塾武術協会 International Suigetsujuku Bujutsu Association

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本会が伝承している武術流派と古武道全般の技法・歴史・文化などを解説します。文章・記事・写真の転載は固く禁止します。

カテゴリ:武術論考の部屋 Study( 243 )

柔術は武芸の母

出典を知らないが、「柔術は武芸の母」 という言葉がある。
なるほど、武術を始めて数年間は素手の武術しか興味がなかった筆者もつくづくそう思う。
大学時代はもっぱら中国拳法と日本古流柔術しか興味がなかった。
柔術は実際に技が使えないと形にならない。
実際に技が利いていないと敵は崩れないのである。
これを学生時代は手加減無しで稽古したものだから今でも関節に後遺症が残っている。
柔術は力任せにするのではなく、むしろ力を抜かなければいけないと教える。
しかし、血気盛んな若者は力と力のぶつかり合いになる。
我慢をすれば押しつぶす、それでも起きあがろうとする。
当時、稽古の後は体中ボロボロであった。

そんな稽古を今の古武道を修行している人たちはやっているのだろうか。
最近は居合や剣術が流行り、柔術に目を向けようとする若者が少ないのはなんとも寂しい限りである。
柔術は直接肉体が触れ合うので、敵の力の入れ具合を直接身体で知ることができる。
当時は太極拳を兼修していたので、これが柔術の修行に相当役だった。
今の筆者の柔術の根幹には当時修行した太極拳の技法が大いに影響していることは確かである。
太極拳はその後棄てたが、その修行は決して無駄ではなかった。
「青年よ、柔術を修行せよ!」

仙台藩伝浅山一伝流柔術
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(完)
by japanbujutsu | 2016-11-06 17:40 | 武術論考の部屋 Study
木製武具の手入れ用油

前回、木製武具には油をくれないと、木が乾いてきて、打ち合った部分がささくれ立ってくることを説明した。
しかし、その特性油は我が家の秘伝で公開できない。

市販品で入手できるものの中で、筆者がもっとも良いと思うものを紹介する。
まず、木の材質であるが、これは白樫が一番良い。
枇杷、スヌケ、黒檀、紫檀などはいずれも稽古用武具としては不適である。
赤樫も弱くて軽くて、稽古には不向きである。

その白樫製武具の手入れである。
まず、最初は木肌が真っ白なので、そのまま使用すると、手垢と汗で柄の握りの部分だけ汚くなってくる。
これを防止するために、武具全体に 「柿渋」 を重ね塗りして薄く色をつけるようにする。
※柿渋は強烈な悪臭を放つので、人のいない場所で作業をすること。市販されていないので、ネット販売などで取り寄せるとよい。

次に肝心の油であるが、筆者がいろいろ試した中で、もっとも白樫に適しているのは 「純正荏油」 である。
これも一度にベタベタ塗らず、薄く引き延ばして塗ることが肝要である。

みなさん、稽古道具は大切な財産です。
しっかりと手入れをしましょう。

下の写真は荏油と柿渋。

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(完)
by japanbujutsu | 2016-11-04 17:02 | 武術論考の部屋 Study
江戸時代における武術の普遍的呼称 

江戸時代には○○流○○術という呼び方は少なかった。
むしろ、最後の 「術」 は付けない方が自然だった。
現在では、古武道といえば何でも一様に「術」を付けたがる傾向にあるが、もう一度、江戸時代の伝書を確認した方がよい。
たとえば、筆者が学ぶ関口流の居合は 「抜刀」 と書いて、「いあい」 と読むのが正しい。

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江戸時代は 「抜刀術」 とは書かなかった。
ましてやこれを 「ばっとうじゅつ」 などと読むわけがない。
伯耆流だってもちろん 「伯耆流居合」 である。

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術は付けない。

これも筆者が相伝する穴澤流。
「穴澤流薙刀」 と書く。
術は付けない。

これも伝統であるから、考証もせずに他流と同じにすることだけは避けなければいけない。
 






(完)
by japanbujutsu | 2016-10-29 17:24 | 武術論考の部屋 Study
「神道」 と 「天道」 の読み

あまりにも無教養な武道人が多くて本当に困りものである。

すでに何度も述べたことだが、事あるごとに重ねて述べていかないと、無教養は払拭されないようである。

今回も流儀名の読み方。

これから書く2つの流儀は私が相伝する流儀なので、誤読されると本当に気分が悪い。

神道無念流と天道流。

まず、神道無念流の読みは「しんとうむねんりゅう」。

「しんどうむねんりゅう」ではありません。

神道を 「しんどう」 と読むことはありません。
神道は、あくまでも 「しんとう」 としか読まないのです。

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本当に義務教育を終えてきたのだろうか、バカさ加減に腹が立って仕方ない。
全日本居合道連盟の無学の皆さん、気をつけてください。
あなた方が習っている刀法の三本目の「切上げ」は神道無念流の形を崩して簡単にしたものです。

「しんとうむねんりゅう」です。

それから、もし、誤読している人がいたら、その場で訂正してやってください。
その人のためです。

次に、天道流。
この読みは「てんとうりゅう」です。

「てんどうりゅう」ではありません。

全日本なぎなた連盟の役員さん、誤った読み方を会員のみなさんに教えないでください。
無教養が拡散します。
わが国の言葉では 「天道」 を 「てんどう」 と読むことはありません。
天道流の自称宗家と称する方が誤読をしているのだから、もう救いようがない状態です。

天道流は「てんとうりゅう」と読みます。

以上。





(完)
by japanbujutsu | 2016-10-21 17:14 | 武術論考の部屋 Study
神官の武芸

日本の武術が神代より伝わり(思想上の仮託として)、戦国末期に香取・鹿島の両神宮からそれぞれ神道流・新当流が生まれ、その後も関東地方では神官が武術を相伝する風があり、幕末に至っては勤皇を標榜する神官が「兼武神官」として剣術を相伝した。

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この絵目録に見られるように、神道流の初期の段階では、長柄の得物、すなわち槍と長刀しか伝えていなかった。
江戸の初期になって剣術が加わり、やや遅れて居合が、そしてさらに遅れて棒術や柔術が加味された。
それは棒術や柔術が日常の護身、捕縛の目的で稽古されたことに明らかなように、これらの武術は集団で対する戦場では使い物にならないからである。

しかし、当初からあった槍や長刀も、江戸の泰平期には武士の教養として稽古され、剣術や居合と同等の位置に置かれるようになる。




(完)
by japanbujutsu | 2016-10-17 17:09 | 武術論考の部屋 Study
外人への相伝の限界

長年感じていることであり、ここでも何回か述べてきた。
外人への相伝の限界。
武術を含めた伝統芸能というものは、それを完全に極めようとするならば、やはりその国のDNAがなければダメである。
最低でも、日本に数年は滞在し、日本語を普通に話し、和文を筆記できる能力が求められる。
武術は文化であるから、技ができるだけではどうしようもない。
技ができることは最重要でありながら、それらはことごとく和の文化に支配された伝統芸なのでである。
技以外に覚えなければならないこと、できなければならないことが山のようにある。
だから、外人が武術を完全相伝するためにはある意味で 「日本人」 にならなければいけない。

そして、その肝心な日本人。
最初から日本人のDNAを受け継いでいて、「日本人になる」 ための努力も必要なく、武術を相伝する条件はすべて揃っている 「はず」 なのである。
ところが、実際はどうだろう。
技は愚か、字も悪筆、武具には興味なし、日本語は乱れ、古文書は読めず、歴史に疎い。
こんな日本人にどうして武術を相伝できようか。
だから仕方なく、技だけでも海外に伝え残す。
そうせざるを得ないのが現状である。

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日本人よりはるかに熱心に稽古をする海外の会員たち




(完)
by japanbujutsu | 2016-10-11 17:56 | 武術論考の部屋 Study
稽古帯のこと

愚問に答えるのは実に煩わしいことである。
先日、FBで、ヨーロッパのある武道修行者から 「なぜ袴の上に帯を締めるのか」 という呆れた質問がきた。
あたかもそれが間違いであるかの如くである。
途中で回答を放棄したが、彼らには古流の慣習を知るための情報が皆無なのである。
合気道が為す柔道帯をした上から袴を着ける異様なスタイルを正しいとさえ思っているのだからどうしようもない。
先入観を改めさせるのは容易なことではない。
だから途中で議論を放棄したのであるが、英語で回りくどく説明するのも実に苦痛と言えば苦痛なのである。
八光流に聞きなさい、とでも言いたかったが、八光流の師範が欧州で身近にいることはあり得ないし、弱ったものである。

強いて言えば、江戸時代の武術の稽古においては帯を締めないことの方が多かった。
天神真楊流でも形の稽古では帯を締めない。
居合でさえも帯は締めない。
しかし、江戸後期にいくつかの柔術流儀で稽古専用の帯が登場することは拙著 『武術事典』 で述べた。
決してそれは講道館が開発したものではなかった。
柔術諸流には少なからず、稽古で帯を掴む技・形があり、専用の帯が必要とされていた。
明治末期に興流した神道六合流でも袴の上に稽古帯を締めている。

ヨーロッパに古流文化の故実を説明するのは容易なことではない。

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(完)
by japanbujutsu | 2016-09-27 17:26 | 武術論考の部屋 Study
木刀仕合のこと

木刀による仕合の疑問については、これまでも何回か述べた。
木刀は本来、形稽古のために作られ、使用される。
こんなもので仕合(現今は 「試合」 の文字で統一) をしたら怪我は必須、場合によっては死に至る。
寸止めなど剣術の仕合でできるはずもない。
実際にこのような命がけの試合を行ったのだろうか。
疑問はなかなか解決しない。

しかし、この木刀仕合の様子が、多くの錦絵に描かれているのはどういうことだろう。
今回、紹介するのは『敵討巌流島』の試合場面。

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宮本武蔵は一足立ち(前回の記事参照)に立ち、木刀による二刀で敵を制している。
相手の集団の中には防具を着けている者もいて、彼らの得物は稽古槍であることがわかる。
どうしても納得できない。




(完)
by japanbujutsu | 2016-09-25 17:01 | 武術論考の部屋 Study
捕縄術と捕縄

江戸時代の捕手術で伝えられた捕縄。
陳元贇が伝えた拳法・手搏のことを捕縄術だと主張する者がすでに江戸時代からいたが、大きな間違いである。
捕縄術こそ日本固有の武芸である。

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江戸時代に無数ともいえる流儀が存在した捕縄術も明治以降はまったく振るわず、わずかに警察の逮捕術としてその姿を留めることになる。
今、筆者の知るところで本格的に捕縄術の研究をなしているのは、日本に一人、そしてイタリアに一人である。
柔術があっての捕縄術ではあるが、その複雑さと格闘的要素に欠けることから、明治以降は武術としての存在意義を失ったのであろう。
筆者は渋川一流の捕縄を数手と中澤流神伝護身術の捕縄を伝えている。

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それで一応は捕縄のコレクションもわずかにある。




(完)
by japanbujutsu | 2016-09-19 17:41 | 武術論考の部屋 Study
日本には武術相伝の土壌がない

現代武道でも古武道でも、多くの道場では10年もすれば、門下生は総入れ替えになっている。
いかに現代人に継続性が欠如しているかがわかる。
そして教える側からすれば、いかに後継者を育成することが難しいかがわかる。
古流の著名な道場でも支部が存在しない流派は山のようにある。
そして、どんなに優れた師範でも、免許皆伝を出した弟子のうち、道場を開設して後継者を育成している人は精々2~3名だろう。

わが道場を見てもこれまで10年以上在籍した門人は10名程度しかいない。
そして支部から誕生した免許皆伝者にいたってはゼロである。
これはわが道場に限ったことではない。
進学、就職、結婚で、武術の世界から離れていく者数知れず。

渡欧して20年、門下生のうち、これまで海外の講習会に同伴した者は、わずかに4名。

一方、欧州の支部からは毎年わが本部道場へ修行に来る者たちがいる。

下の写真は1983年当時のわが水月塾の門下生たち。
前列中央の空手着が筆者。

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当然であるが、このときの門下生は今はだれもいない。




(完)
by japanbujutsu | 2016-09-17 17:41 | 武術論考の部屋 Study

by japanbujutsu