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国際水月塾武術協会 International Suigetsujuku Bujutsu Association

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本会が伝承している武術流派と古武道全般の技法・歴史・文化などを解説します。文章・記事・写真の転載は固く禁止します。

カテゴリ:武術論考の部屋 Study( 236 )

木刀仕合のこと

木刀による仕合の疑問については、これまでも何回か述べた。
木刀は本来、形稽古のために作られ、使用される。
こんなもので仕合(現今は 「試合」 の文字で統一) をしたら怪我は必須、場合によっては死に至る。
寸止めなど剣術の仕合でできるはずもない。
実際にこのような命がけの試合を行ったのだろうか。
疑問はなかなか解決しない。

しかし、この木刀仕合の様子が、多くの錦絵に描かれているのはどういうことだろう。
今回、紹介するのは『敵討巌流島』の試合場面。

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宮本武蔵は一足立ち(前回の記事参照)に立ち、木刀による二刀で敵を制している。
相手の集団の中には防具を着けている者もいて、彼らの得物は稽古槍であることがわかる。
どうしても納得できない。




(完)
by japanbujutsu | 2016-09-25 17:01 | 武術論考の部屋 Study
捕縄術と捕縄

江戸時代の捕手術で伝えられた捕縄。
陳元贇が伝えた拳法・手搏のことを捕縄術だと主張する者がすでに江戸時代からいたが、大きな間違いである。
捕縄術こそ日本固有の武芸である。

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江戸時代に無数ともいえる流儀が存在した捕縄術も明治以降はまったく振るわず、わずかに警察の逮捕術としてその姿を留めることになる。
今、筆者の知るところで本格的に捕縄術の研究をなしているのは、日本に一人、そしてイタリアに一人である。
柔術があっての捕縄術ではあるが、その複雑さと格闘的要素に欠けることから、明治以降は武術としての存在意義を失ったのであろう。
筆者は渋川一流の捕縄を数手と中澤流神伝護身術の捕縄を伝えている。

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それで一応は捕縄のコレクションもわずかにある。




(完)
by japanbujutsu | 2016-09-19 17:41 | 武術論考の部屋 Study
日本には武術相伝の土壌がない

現代武道でも古武道でも、多くの道場では10年もすれば、門下生は総入れ替えになっている。
いかに現代人に継続性が欠如しているかがわかる。
そして教える側からすれば、いかに後継者を育成することが難しいかがわかる。
古流の著名な道場でも支部が存在しない流派は山のようにある。
そして、どんなに優れた師範でも、免許皆伝を出した弟子のうち、道場を開設して後継者を育成している人は精々2~3名だろう。

わが道場を見てもこれまで10年以上在籍した門人は10名程度しかいない。
そして支部から誕生した免許皆伝者にいたってはゼロである。
これはわが道場に限ったことではない。
進学、就職、結婚で、武術の世界から離れていく者数知れず。

渡欧して20年、門下生のうち、これまで海外の講習会に同伴した者は、わずかに4名。

一方、欧州の支部からは毎年わが本部道場へ修行に来る者たちがいる。

下の写真は1983年当時のわが水月塾の門下生たち。
前列中央の空手着が筆者。

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当然であるが、このときの門下生は今はだれもいない。




(完)
by japanbujutsu | 2016-09-17 17:41 | 武術論考の部屋 Study
正しい柔道

明治時代の柔道と現在の柔道はまったく別物である。
「現代の柔道」 には武道としての要素は皆無である。
組むことが第一条件であるはずの柔道において、両者が正しく組んでいる時間がほとんど存在しない柔道は、すでに柔道ではない。
自然体・自然本体・自護体が崩れていたらそれは柔道ではない。
正しい日本伝講道館柔道はどこへ消えてしまったのだろうか。
だから、今の柔道にはまったく興味がない。
中学校で武道を正課として柔道を教えても、それで柔道に興味をもつ者などこれまた皆無に等しい。
正しい柔道を最後まで実践したのは山下泰裕氏である。

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その後、柔道は大きく変質していき、それは今もなお進行中である。
抜本的に講道館が徹底した国際ルールを世界に認めさせない限り、柔道は永遠に武道となることはない。
筆者が日常稽古に使用している道場で柔道を 「練習」 (あれを 「稽古」 とは呼べない) している子どもたちの行儀の悪さは目にあまるものがある。
それを注意しない指導者は人間として失格である。
サッカー少年の方が余程礼儀を心得ている。
あれは最早、武道ではなく 「無道」 である。

それに対して、今行われているパラリンピックにおける視覚障害者の柔道こそが、本来の正しい柔道の姿なのである(画像は山梨日日新聞より)。

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このスタイルを健常者の稽古、試合、大会でも徹底してすることが正しい柔道の大前提であろう。





(完)
by japanbujutsu | 2016-09-13 17:20 | 武術論考の部屋 Study
武士は走れなかった???

かつて江戸時代の武士は「ナンバ」と言って、右手と右足、左手と左足を同時に出して歩いたなどと、人間の身体構造を無視した発言が続出したが、人間の歩き方が昔も今も変わらないのは常識である。

そしてまた、一部の人が言う 「武士は走れなかった」 という説。
そんなバカな話があるはずない。
それに拍車をかけて、ある無知な者は、
「武士は走れないので、いざ走らなければならないときには両手を挙げて走る」
などと偉そうに百姓一揆の挿絵を題材にして説明している。

これは、以前『水月』で説明したことだが、人の走る姿を描くとき、その慌てふためいた表情(危急の場面が描かれることが多い)を表現するための一種の画法であって、これは人間が真に走る姿を描写したものではないのである。
漫画家が「驚いた場面」を描くとき、やはり両手を挙げて描くことが多い。

そして今回紹介する江戸の絵巻に描かれた人の走る様子。

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これを見ればわかるように、両手を挙げている者、両手を後ろに伸ばしている者、左半身の者、さまざまであるが、正しい走法は一つも描かれていない。
物事は近視眼的に捉えると過ちに気付かなく、盲目的に一事が万事となってしまい、正しい考証の眼を失うことになる。
常識を前提に多くの文献にあたり、それを様々な角度から斬り込んでいく。
これが研究というものであろう。




(完)
by japanbujutsu | 2016-09-09 17:12 | 武術論考の部屋 Study
『実戦古武道 柔術入門』 の思い出

昭和54年の春休み、筆者は小田急線から御殿場線に乗り換えて実家に向かっていた。

乗り換えの松田駅で時間があったので、駅前の小さな書店に入った。
スポーツ書のコーナーを見ると、武道書が数冊、すべて現代武道の本である。
その中に一点、光り輝く本を発見。
それが 『実戦古武道 柔術入門』 (真蔭流柔術) であった。

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小さな書店の、数冊しかない武道本の中に、どうしてこんな本があったのだろうか。
未だに不思議である。
しかも、発行日は昭和54年4月1日。
これまた入荷直後のはずだった。
一流儀をすべて解説した本がなかった当時、これまた大変貴重な本となった。

出合いは偶然に、そして突然やってくる。




(完)
by japanbujutsu | 2016-09-07 17:42 | 武術論考の部屋 Study
『秘伝日本柔術』 の思い出 日本で最初の購入者

昭和53年8月下旬のこと。
当時、全日本中国拳法連盟茅ヶ崎支部で日本柔術(大和道・柳生心眼流)を学んでいた筆者は、古流柔術に大変な関心を持っていたのであるが、それを解説した書籍が皆無であった。

下宿から実家へ帰る途中だったと記憶している。
新宿の紀伊国屋書店の武道書コーナーで立ち読みをしていた。
面白い本が全然ない。
帰ろうかと思ったそのときである。
女性店員が発行されたばかりの 『秘伝日本柔術』 (昭和53年9月1日発行) を一冊、コーナーに差し込んでいった。
内容も確認せずに、すぐにそれをカウンターに持っていき、購入。

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中央線に乗りながら、一気に読了。
間違いなく、この本の、日本で最初の購入者となった。

縁とは実に不思議なものである。




(つづく)
by japanbujutsu | 2016-09-05 17:16 | 武術論考の部屋 Study
破門・除名・退会

ある流儀・道場を破門になったら ( 除名されたら、退会したら ) その流儀は完全に捨てるべきである。
ましてや、その流儀をそのまま名乗って( あるいは流儀名を変えて )、同じ技や形を門人に教えるなど言語道断である。

道場を去ったのなら、その道場で学んだすべての技、形も潔く捨てるべきである。
免許皆伝(教授の権限)の有効性は、あくまでも師弟関係が健全な上で成り立つものである。

武術にまったく関係のない系譜・家系図を持ち出して、武技の伝授などまったくなされた形跡のない人を担ぎ上げ、伝系を捏造するなど、天罰が下る行為である。
あるいは師匠に血判を差し出しておきながら、何の躊躇いもなく道場を去る者。
これにもまた天罰が下る。

遊女の三枚起請ではないが、武術の起請文をそんなに軽んじてはいけない。
今でも入門に際して血判をさせている流儀があるらしいが、果たして実効性が伴ったものなのだろうか。
もし、実効性がないとしたら、軽々しく血判などさせるべきではないと考える。

武術の師弟関係は、スポーツにおけるコーチと選手の関係とは訳が違う。
しかし、現代では後者の方がむしろ強い絆で結ばれているのではないだろうか。
そんな気がしてならない。
武術を志す者はもっともっと真摯に取り組むべきである。

下の写真は小野派一刀流剣術の幕末から明治にかけての起請文。
実効性を伴っていた時代の起請文である。

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(完)
by japanbujutsu | 2016-09-01 17:51 | 武術論考の部屋 Study
重房流棒術のこと

兵庫県の旧出石藩に人見流棒術とともに伝承されていた重房流棒術。
なんと驚いたことに、昭和の中頃まで稽古がされていたという。

これを当協会のドイツ支部長、Carsten氏が出石の武家屋敷でその奉納額を 「発見」 し、筆者に報告してくれた。
武具・書画・伝書など、展示してあっても興味・関心がない者は素通りしてしまう。
武道を稽古している者でも、このような歴史的遺産に興味がなければ同断である。
古武道を修行し、少しでも歴史に興味がある者が見ないと、それは倉庫に隠してあるのと同じである。
だから、正に 「発見」 なのである。
今般、我が協会の明石支部長、西躰氏が詳細に調査を進めてくれ、重房流棒術が昭和まで伝承されていたことを報じてくれた。

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しかし、今のところ伝承者は見つかっていないようである。
残念でしかたない。

関西では古流 (と言っても純粋な古流はごく少数) の人たちが、同門内で対立し、分派し、技や形にいたっては流儀崩れが激しく、健全に伝承されている流派は極めて少ない。
そんな揉め事の多い流儀に固執していないで、なぜ重房流のような純粋な古流を学ぼうとしなかったのか。
これは明らかに研究心の欠如である。

もう一度、公の場に登場している流儀ではなく、地方に埋もれている流儀を調べてほしいと思う。
若い人たちの奮起を期待したい。





(完)
by japanbujutsu | 2016-08-30 17:34 | 武術論考の部屋 Study
小武器の位置づけ

ここで言う小武器とは柔術(捕手術)に付随して伝えられる小型の武器のことをいう。
最近は「隠し武器」などと呼ばれることが多いが、これは近年の造語である。
本来は筆者が今使っている小武器などという名称もなく、普遍的には「道具」 と呼ばれていた。
ただし、この「道具」という言葉は、武術界では「稽古場」と同じく、ほぼ死語になっており、なんとも致し方ない。

ここでは説明の便宜上、小武器と表記する。
小武器は既述したとおり、柔術の附伝であるから、柔術を十分に稽古し、当身技・関節技・投技・〆技などに精通していないと使いものにならない。

古流柔術を基礎から皆伝まで、正式な課程で長年修練していないと、小武器は役に立たない。
初伝を知らずに奥伝が使えるわけがない。
柔術をやらずに武器術だけを教えている(いた)人を何人も知っているが、概して構えも動作もなっていない。

まあ、それでも習う者が納得していればなんでもいいわけであるが、使えない武術はいつまで稽古をしても所詮使いものにはならない。
ボタンの掛け違いである。

水月塾制定柔術で使用する小武器(道具)の一部。

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(完)
by japanbujutsu | 2016-08-20 17:46 | 武術論考の部屋 Study

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