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国際水月塾武術協会 International Suigetsujuku Bujutsu Association

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本会が伝承している武術流派と古武道全般の技法・歴史・文化などを解説します。文章・記事・写真の転載は固く禁止します。

カテゴリ:柳生志限流柔拳法 Shigen Ryu( 7 )

『秘伝』に柳生志限流記事!?

『秘伝』
創刊からしばらくは執筆者とし記事を書いていた。
他の執筆者のほとんどは私が紹介した人たちだった。
時にビデオを発刊したのだが、その販売に関して出版社が契約違反(詐欺)を犯した。
問いつめると契約書は紛失してしまったとの回答。
裁判を起こすのも面倒だから即時執筆陣から抜けた。
その後、ビデオはVHSからDVDになったが、契約違反のまま、現在も売り続けている。

さて、今回はその『秘伝』に筆者が継承している柳生志限流柔拳法の記事が2回にわたって掲載された。
もちろん、筆者には何の連絡もない。

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記事の中には、わずかに筆者に触れた文章があるものの、記事の杜撰なことに驚きは大きかった。
伝承者にしてみれば、世に公表・公開してほしくない内容はいくつもある。
そんなことにはおかまいなしに好き勝手に記事は書かれている。
迷惑この上ない。
しかも、この流儀に関してはある約束事があった。
詳細は私的な問題に触れるのでここでは書かないが、私との約束がいとも簡単に破られていた。

これだけはここに書いておかなければならないが、柳生志限流には「西国」だの「興武館」などという関西の柳生心眼流の技法はまったく採用されていない。
歴史や技法を曲げる記述だけは訂正しなければならない。
by japanbujutsu | 2016-05-02 17:43 | 柳生志限流柔拳法 Shigen Ryu
昭和中頃の稽古風景

柳生志限流の稽古の様子を撮影した多くの未公開写真を所蔵している。
修行者にとってはこの上もない貴重な資料である。
これを見ると、短刀術以外に太刀捕りや半棒術、ノーマルな柔術技法などいろいろあるが、私が直伝を受けた技以外はすべて失伝している。
今回は、その中から数点を紹介する。
現代武道と接点を持たない伝統そのままの貴重な記録である。

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by japanbujutsu | 2015-04-13 17:42 | 柳生志限流柔拳法 Shigen Ryu
柳生志限流の殺法と活法

柳生志限流の内容は膨大であり、短刀技も非常に充実していて数十ヶ条ある。

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筆者はその中の小太刀を使う「剣切」七ヶ条を学んだが、これがまた趣があっていい。

さらに活法も充実しており、総活以外に襟活・肺活・脳活・金活などさまざまな技法を伝えている。
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by japanbujutsu | 2015-04-01 17:01 | 柳生志限流柔拳法 Shigen Ryu
柳生志限流と八極拳

柳生志限流は一応敵を置くが、ほとんど敵の反撃を無視して(敵も実際には反撃できない)拳を打ち、振り回し、蹴り飛ばす。時に敵から離れ、一人で腕を振りながら敵に近づいていく。敵に当身をくれながら、敵の周りを一周する形もある。前後左右の四人捕りも拳を振り回して一人ずつ倒していく。こんな柔術は日本のどこを探しても存在しない。

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八極拳の対練(組手)は右半身になったり左半身になったりして身体と身体をぶつけ合ったり、時に逆手を掛けたりするが、対練ではスピードがなくなる欠点がある。

柳生志限流の拳振りは、専ら左前の半身による遠心力を使い、凄まじい勢いでブンブンと振り回す。両者の共通点は専ら一重身で敵対することであり、他の拳法のように正面体を取らない。また敵への当身の入れ方や力の発し方、抜き方など柳生志限流と八極拳の共通点はいろいろある。この体動(簡単に言うと武者震いと遠心力から生まれる瞬発力)は斎田伝の柳生心眼流にも見られ、また島津師範の心眼流にも見られるが、星国雄系や佐藤金兵衛系には見られない。

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                              柳生志限流柔拳法

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                                 八極拳対打

柳生志限流では星国雄系と同じ親指を中に入れた拳を用いるが、稽古を見るとあまり拘りはなく、開手が非常に多い。この点は八極拳よりもむしろ八極拳とともに伝えられた劈挂拳の使用法に近いものがある。劈挂拳の分解組手を柳生志限流の七本の取り口で演じたら、そっくりになるかもしれない。柳生志限流では劈挂拳と同じような腕を上から前、下へと廻す(つまりクロールの方向)技法も多用する。この腕を振りながら入身していく感覚が劈挂拳にそっくりなのである。また、志限流の蹴りは金鷹拳と同じ方法によるバランスの取り方を用いる。

柳生心眼流の拳法を鎧を着て演じたり、また、初心者に説く掛け声を「印可奥伝」の教えであると、何もこの武術のことを理解していない人たちもいる。

柳生志限流の拳法伝を見るとき、鈴木兵吉の流れを汲む斎田伝との技法の共通点が散見されるが、鈴木と高橋市内との関係の解明を急がなければならない。ただし、斎田伝の拳法伝は「切」までの二十八箇条なのに対し、柳生志限流の拳法伝は初学の伝だけでも五十六箇条あり、皆伝までには柔術の形も含めて四百箇条がある。
by japanbujutsu | 2015-03-30 17:57 | 柳生志限流柔拳法 Shigen Ryu
柳生志限流柔拳法の内容


柳生志限流は柳生心眼流に比べてはるかに中国拳法色の強い雰囲気を持っている。
まず、礼法では「折敷礼」を行うのであるが、着くのは右膝で、両手を着いて礼をなす。相手が自分より高位の場合は両膝を着く。

拳は正式には星国男系と同じように、親指を中に入れて握るが、皆、普通の握り拳でやっており、開手による当身を多用する。

身体の使い方や力の出し方は、筆者が斎田伝と名付けた鹿島台に伝承する柳生心眼流兵術とほぼ同じである。とにかく腕を頻繁にグルグルと振り回す。その間に当身が数発入る。

高橋市内の本拠栗原郡鶯沢村が、斎田の師匠である鈴木兵吉の居所梅崎村に近いので、両者には何らかの関係があるのではないかと思う。

以下の柳生志限流の内容を見ると、柳生心眼流と柳生志限流のどちらが親流儀なのかは判然としない。
あるいは両流儀は兄弟流儀である可能性もある。

兵法表 7
兵法裏 7
中極表 7
中極裏 7
不動岩石落表 7
不動岩石落裏 7
腹切表 7
腹切裏 7
切神表 7
切神裏 7
白紙取祇神明 7
居合剣切 7
 ※ここまで水月塾で伝承。さらにこれ以降約300手の形がある。この時勢では失伝をただ待つだけである。


稽古風景を撮影した古い時代の写真。
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by japanbujutsu | 2015-03-28 17:59 | 柳生志限流柔拳法 Shigen Ryu
柳生志限流柔拳法の伝書

岩手県の釜石市に昭和の戦前から戦後にかけて伝承された柳生志限流柔拳法の最後の師範、故宮本鶴松が筆者の師匠である。

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宮本師範がその師、三浦義次から授けられた伝書四巻は、今、すべて筆者に受け継がれている。

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膨大な柳生志限流の全伝を受け継ぐことはて゜きなかったが、初伝と中伝の途中までの合わせて八十八箇条は筆者が相伝を受けた。

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                             宮本鶴松師範と筆者

また、千葉寛悦師範からも別伝を学んだ。

もうここまでの形を打てるのは日本に筆者しかいない。

ドイツのクロナッハ支部は柳生心眼流専科の道場なので、この柳生志限流もかなりの部分まで相伝が進んでいる。

今では柳生心眼流の星貞吉と同時代に宮城県の栗原郡にはもう一つの日本伝古拳法が存在したことを知る者もない。


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                                三浦義次師範

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                          武道研究会会員一同(昭和26年)
by japanbujutsu | 2015-03-26 17:26 | 柳生志限流柔拳法 Shigen Ryu
柳生志限流の歴史
 
開祖 高橋市内勝義(右写真)b0287744_14533063.jpg
二代 三浦宗四郎義次
三代 宮本鶴松柾道
宮本門人 小佐野淳(84箇条相伝)

開祖高橋市内の出身地を記した伝授巻が存在している。それによれば高橋は宮城県栗原郡鶯沢村で明治後期に柔術を教えていたことが判明する。伝授巻には「高橋一義」とあるが、高橋市内と同一人物である。

また、明治三十七年に高橋市内は、同門の馬場秀一、伊藤忠八、志賀儀雄、佐藤源太郎ら五名とともに、門人山口留造に伝授巻を差し出している。この伝授巻にはすでに「柳生志限流」の名が使われており、高橋が創始した柔術なのかは断定できない。彼らが明治三十一年に他界した星貞吉の門人であることは十分に考えられるが、星貞吉の門人に彼らの姓名を見いだすことができない。

宮本鶴松氏が三浦宗四郎義次より授けられた柳生志限流の伝授巻は、
 目録 『智之巻』
 鋒閁詰・活法 『勇之巻』
 整復術 『仁巻』
の三巻であるが、これは高橋市内直筆伝授巻とは内容が異なっており、もちろん柳生心眼流兵術とは全く異なっている。

また形の取り口が大きく相違するため、ひょっとすると高橋は星貞吉と同門なのかもしれない。すると柳生心眼流兵術(拳法)は貞吉の創始ではないことになる。今後の最大の課題はその部分の解明にある。

なお、宮本氏の伝授巻『智之巻』の巻末署名部分には次のように書かれている。

 戊戌八月上浣
  柳生眞蔭流 今泉義為

 壬寅三月     
  柳生志限流 高橋勝義

 右智巻之條々修業習得候條柳生志限流柔拳法皆伝初参段授与候者也
  柳生視豊流 三浦義次

戊戌は明治三十一年、壬寅は明治三十五年である。年数的には一応合うことになるが、相伝してから、次代に相伝するまでの期間が短い嫌いがある。

柳生眞蔭流の今泉義為とはいかなる人物なのであろうか。これも今後の調査課題である。
高橋は小野派一刀流剣術も極めていたというが、剣術では飯が食えないと悟り、剣術は指導しなかった。昭和十五年没

三浦宗四郎は宮城県の出身で、釜石の警察署長の任にあり、その関係で武道研究会を立ち上げ、住民に護身術として柳生志限流を指導したのである。なお、三浦は自ら柳生視豊流と称している。

釜石は鉄鋼の町であり、また漁港の町でもある。戦前、この町には喧嘩好きの朝鮮系労働者や余所から入港してくる荒くれ者が多く、彼らから身を護るために柔術は大歓迎された。そして、昭和三十年代までは市内の各所で盛んに稽古がなされていたが、四十年代の高度経済成長期以来、急速に衰え、現在は見る影もない。
by japanbujutsu | 2015-03-24 17:46 | 柳生志限流柔拳法 Shigen Ryu

by japanbujutsu