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国際水月塾武術協会 International Suigetsujuku Bujutsu Association

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本会が伝承している武術流派と古武道全般の技法・歴史・文化などを解説します。文章・記事・写真の転載は固く禁止します。

カテゴリ:渋川一流柔術 Shibukawa( 9 )

宮田家歴代師範の墓石

宮田家の墓地に渋川一流柔術歴代師範の墓石がある。

元祖 宮崎儀右衛門の墓

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二代目 首藤蔵之進の墓

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二代目 宮田多四郎の墓(蔵之進と多四郎はともに宮崎の門弟)

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三代目 宮田友吉の墓

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by japanbujutsu | 2014-05-29 17:10 | 渋川一流柔術 Shibukawa
宮田家相伝系譜

宮田家に残された「渋川一流免許巻物」の系譜は次のようになっている。

初代     宮崎儀右衛門儀満(義光は誤り) 多四郎の祖父 
二代 天保 首藤蔵之進満時 宮田多四郎の弟
三代 弘化 宮田多四郎國時
四代 万延 宮田友吉國嗣 多四郎の長男
五代 文久 宮田玉吉時正 多四郎の次男
六代 明治 宮田富太郎正澄 玉吉の長男 
七代 明治 宮田慶次郎時親 玉吉の次男
八代 大正 宮田政行時治

これは宮田家において柔術を相伝した人を列記したもので実際の損伝系譜ではない。多四郎は蔵之進の兄だから、本来は蔵之進の上にならなくてはいけない。

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「渋川一流柔術之形」(宮田家蔵)

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かつての稽古で使用された六尺棒(宮田家蔵)
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by japanbujutsu | 2014-05-27 17:44 | 渋川一流柔術 Shibukawa
久保歳之師範に形の検証を受ける

平成22年、渋川一流柔術谷田重一伝を相伝する唯一の健在者、久保歳之師範から形の検証を受けた。

会長と久保師範による形「巻返」

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会長とベルリン支部長シュレーダー氏による浅山一流六尺棒

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宮田玉吉師範顕彰碑の前で記念演武

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by japanbujutsu | 2014-05-25 17:31 | 渋川一流柔術 Shibukawa
渋川一流柔術 履型 「返投」

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by japanbujutsu | 2014-05-21 17:48 | 渋川一流柔術 Shibukawa
柔術渋川一流の伝書類

渋川一流の伝授巻物は、形の履修が終了したところで授けられるものが二巻ある。

すなわち『渋川一流中極意巻』と『渋川一流上極意書』がそれであり、それぞれ数メートルの長さがある。

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                            会長が授けられた伝書

『渋川一流中極意巻』は三百手の形を履修した後、約三年間の稽古期間をおき、師匠の前でその全ての形を演武して授かる。受けはすでに『渋川一流中極意巻』を持つ者が交代しながら行う。

『渋川一流中極意巻』を授けられた者は流儀の「諱」を与えられ、独立して稽古場を持ち、弟子を取ることが許される。

『渋川一流中極意巻』を得た後は、さらに修行を重ね、当身、裏、三段裏、死活、整骨、経絡指圧、極秘伝(口伝)などを学び、『渋川一流上極意書』が授けられる。

ここにいたって初めて正式に流儀を相伝し、代を継ぐことになる。
by japanbujutsu | 2013-04-02 22:11 | 渋川一流柔術 Shibukawa
浅山一流三尺棒

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                     谷田師範から三尺棒・六尺棒を学ぶ会長

渋川一流柔術には浅山一流の棒術を中心とした諸術が併伝されている。そのうち古伝を正しく伝えているのは六尺棒だけである。居合は明治以降失伝し(現在渋川一流居合と称して広島で行われているものは創作である)、捕縄は簡略化されたものを畝重實師範が伝えていた。

六尺棒は八箇条あって、これを表と裏で形を打つ。首藤蔵之進が得意とした武術である。

三尺棒は一般には「半棒」と呼ばれているもので、91㎝の棒を使用する。

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古伝は伝書にある通り、「雲払」「麒麟」「下之部」「無双」「芸州」の五箇条しかなかったが、大正から昭和にかけての時代、技法の大変革がなされたときに、三尺棒は古伝を失い、渋川一流の技法を採り入れた別の技法になってしまったのである(詳細は会長の著書『渋川流柔術』を参照)。

元来、三尺棒は太刀を相手にして三尺棒を使う者が勝つ手筋を教えるものであるが、渋川一流の技法を採用したことにより三尺棒は敵がこれを持ち、我は三尺棒で打ち掛かる敵を素手で取り押さえる技法に変わってしまった。

しかし、これは歴代の相伝者が協議をしてなしたことであり、今現在、この流儀を学ぶ者はそれはそれとして正しく伝えていくのが責務である。
by japanbujutsu | 2013-02-02 15:10 | 渋川一流柔術 Shibukawa
渋川一流十手術

渋川一流には十手の形が三手しかない。

「巻返」「柔打」「太刀捕」の三手。

柄が太い十手を使用する。柄が太いと手の内に力が入り、相手の刀を操作しやすくなる。巻返では十手を捨てる。

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                       十手の形を示す谷田朝雄師範(受は会長)
by japanbujutsu | 2012-12-09 20:44 | 渋川一流柔術 Shibukawa
柔術渋川一流の体系

渋川一流では敵の決まった攻めに対する様々な技法を一つのブロックとして伝えている。各ブロックには形の開始時に行う開式形がある。また各形にはそれぞれ裏と三段裏、それに早業の伝がある。また、鍛錬法として「棒抜け」や「枕引」、乱取に相当する「意地稽古」を伝えている。

渋川一流に併伝して浅山一流の諸術がある。棒・半棒・縄・居合などであるが、谷田伝では縄と居合は伝えていない。なお、渋川一流では槍で咽を突き刺したり、刀の刃の上を歩いたりする大道芸でやるような見世物は伝えていない

履形(右拳で下段を突く) 27本
吉掛(右拳で右肩を突く) 24本
込入(両手で胸襟をつかむ) 24本
打込(右拳で上段に打ち込む) 30本
四ツ留(両手で両手首をつかむ) 10本
肩比(両手で合掌している両手首をつかむ) 6本
枠型(両手で右手首をつかむ) 8本
挽違(互いに帯と手首をつかんで肩で押し合う) 4本   b0287744_231446.jpg
二重突(両手で両帯をとる) 9本
一重突(右手で前帯をとる) 9本
片胸側(右手で胸襟をつかむ) 12本
壁添(両手で胸襟をとり、壁に押し付ける) 9本
睾被(馬乗りになり両手で首を絞める) 10本
上抱(背後より両手で抱え込む) 13本
裏襟(右手で後襟をつかむ) 6本
御前捕(並座して右手でさ左膝を押さえる) 11本
御前捕打込(対座して懐剣で打ち込む) 11本
鯉口(行違ので鯉口を切る) 8本
~これより浅山一流~
三尺棒 10本
六尺棒 10本
十手 3本
分童 3本

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                            打込の段の懐剣捕


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                     渋川一流の総目録と形の解説を記した掛け軸


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                           谷田師範と六尺棒の稽古


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                浅山一流棒術(六尺棒 打:会長 仕:久保歳之師範)


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                           浅山一流棒抜けの秘技
by japanbujutsu | 2012-11-10 16:54 | 渋川一流柔術 Shibukawa
渋川一流略史

柔術渋川一流は広島県の坂に幕末から伝承された柔術を主体にする総合武術である。
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広島藩士宮崎儀右衛門は藩領で難波一甫真伝流を学んだ後、江戸へ出て渋川流四代目の渋川伴五郎時英に師事して渋川流柔術を極めた。その後、宮崎は坂で「渋川流柔術」を指南するが、その内容に全く渋川流は採用されていない。流儀名だけ踏襲して内容は難波一甫真伝流の柔術と四国で相伝を受けた浅山流の諸術(棒・三尺棒・小棒・三道具・居合・捕縄・分童・十手)を混成して教えた(宮崎が師事した浅山流の師匠の名は不詳である)。高弟に首藤蔵之進満時(右写真宮田多四郎国時がある。したがって、渋川一流の実質的な開祖は宮崎儀右衛門である。

首藤蔵之進は浅山流の棒術に優れ、松山藩の指南役を務めた。首藤は宮崎から天保9年に相伝した渋川流を「渋川一流」と改名した。

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                      天保9年、宮崎から首藤に授けられた伝授巻


「○○一流」というのは中国・九州地方特有の命名慣習 であり、宮本武蔵の二天一流、広島の難波一甫真伝真得一流、長州藩の専当一身一流柔術、福岡・熊本の扱心一流など皆、その例である。渋川一流は渋川流と浅山一伝流の「一」を合わせたことにより命名されたという説を唱える人もいるが、これは誤りで、宮崎と首藤が学んだのは「浅山流」であって、浅山一伝流ではない。慣習によって渋川一流としただけのことである。

また、浅山流の居合は明治以降、首藤が「時代にそぐわない」という理由で伝授を廃止したため、失伝した。

明治期に首藤から相伝を受けた者は皆、道場を構えて指南したため、坂町の男子は皆、渋川一流を稽古した。

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         明治28年、首藤の門人川野幸八によって坂の八幡神社に掲げられた奉納額


しかし、昭和三十年代を境にして急速に衰え、会長が昭和六十一年に坂町を訪れたときには、役場の教育委員会でさえ「渋川一流は絶えました」と返事をするほどで、当時、広島で稽古をする者は皆無であった。

会長は入念な調査により、谷田朝雄師範を探し当て、教授を請い、山梨から通って指南免許を許され、山梨で稽古を続けた。その後、谷田師範が病身となられたことにより、師範の紹介で畝重實師範にも師事し、畝師範からも相伝を受けた。その後、若干の人が畝師範に入門して、今は畝伝が広島で稽古されている。

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                 会長が授けられた伝授巻の相伝者が記載された部分


谷田伝の相伝を受けたのは会長一人のみであり(谷田師範からの唯授一人の証明書あり)、国際水月塾武術協会では谷田伝を稽古している。今ではドイツやルーマニアでも稽古をする者ができた。

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                           谷田師範と会長の稽古


系譜

初代 宮崎儀右衛門満義
二代 首藤蔵之進満時
三代 宮田友吉国嗣
    小末繁太郎国時
四代 谷田重一嗣時
五代 谷田朝雄時信
六代 小佐野淳信常

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                           宮田友吉・玉吉兄弟、共に達人


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                   谷田重一とその門下生(1939年、谷田朝雄師範撮影)


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    谷田重一師範の門人で唯一健在の久保歳之師範からドイツの門人とともに指導を受ける(平成22年)

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                             畝重實師範と稽古
by japanbujutsu | 2012-10-29 21:06 | 渋川一流柔術 Shibukawa

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