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国際水月塾武術協会 International Suigetsujuku Bujutsu Association

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本会が伝承している武術流派と古武道全般の技法・歴史・文化などを解説します。文章・記事・写真の転載は固く禁止します。

カテゴリ:柳生心眼流兵術 Shingan ryu( 7 )

謎だらけの柳生心眼流

柳生心眼流の系譜には謎が多すぎる。
たとえば今回紹介する伝書の系譜には、星貞吉の伝書に登場する小山左門系の相伝者が誰も出てこない。また、柳生心眼流の最盛地であり、柳生志限流発祥地でもある栗原にも近いが、これら三流儀に接点は見いだせない。

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伝書の発行者、行澤秀嗣は幕末から大正期まで教授しているから、この系統の柔術も残っていてよさそうなものである。星貞吉の柳生心眼流との大きな違いは、行澤の系統が柳生心眼流古伝の居合を伝承していることである。なお、行澤は神明流の師範でもあるが、この流儀も実体を知ることができない。

ちなみに大貫村は、昭和29年まで宮城県遠田郡の北東部に存在していた村で、現在の大崎市田尻大貫・田尻蕪栗にあたる。星貞吉の迫町新田ともほど近い場所である。
 
それにしても流祖竹永隼人の前に書かれている宮本時之助とは何物であろうか。
by japanbujutsu | 2016-04-30 17:33 | 柳生心眼流兵術 Shingan ryu
表七ヶ条

柳生心眼流の膨大な修行過程のの中の最初の7ヶ条が「表」の段である。

今回のドイツでのセミナーはこの柳生心眼流を専門に稽古しているクローナハ支部で開催されたため、そこの会員のため、全員にこの表ヶ条を相捕り(組形)から一手捕り(護身用法)まで徹底的に稽古させた。

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筆者が最初に学んだ柳生心眼流(鈴木専作系)では21ヶ条しか伝えておらず、これを7本ずつに分けて、それを初伝・中伝・奥伝として教えていたが、この21本は、実は初伝の中の一部であって、28本をもって拳法伝の稽古とし、これを修めて初めて初伝になるのが正伝である。
筆者が大学時代に修業をしていたころは、十年以上稽古をしていても奥伝(21ヶ条の最後の7本)に達していない人たちもいた。普通は1年稽古をすれば28ヶ条が終了する。
栗原郡に明治時代に伝わった柳生志限流では28ヶ条を表裏で取るため、56ヶ条になる。

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by japanbujutsu | 2014-08-04 17:38 | 柳生心眼流兵術 Shingan ryu
桃生古伝の柳生心眼流剣術伝書発見!

国際水月塾武術協会のルーマニア支部長から大変珍しい柳生心眼流の伝書を寄贈していただいた。

巻題は『柳生流刀術目録』。

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支部長はこの伝書を巻題から新陰流のものと思っていた。

しかし、中を見ると、紛れもなく柳生心眼流の伝書であった。

彼には以前にも関口流の伝書を寄贈していただいており、感謝する次第である。

さて、その内容は、刀術、すなわち剣術である。

目録から桃生の古伝であることがわかる。

しかし、見て驚いたのはその伝系図。

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この系統のキーパーソンは伊藤久三郎。

彼は従来、吉川市郎右衛門の門人とされてきた。

しかし、この伝書では違った系譜を掲げている。

伊藤久三郎は何と責求流鈴木幾右衛門という初見の人物の門人となっている。

しかし、伝書の題は「柳生流」となっており、また内容も柳生心眼流の古伝を墨守している。

伊藤久三郎の次代は『武芸流派大事典』にも出ている佐藤志津摩(大事典では志津馬)であるが、その後の相伝者も初見の人物であり、、伊藤右内、加藤曽吸儀正と相伝されている。

この伝書の発行者はこの加藤曽吸で、文政二年(1819)の発行である。

花押は「信」の文字を象っている。
by japanbujutsu | 2014-01-08 13:23 | 柳生心眼流兵術 Shingan ryu
陰陽鍛身流二丁短棒術

宮城県の鹿島台に齋田茂七系の柳生心眼流が伝えられている。

会長は昭和の末年に入門し、二系統の指南免許を受けた。

そのうち大迫の遠山道場は現在も活動しているが、鎌巻道場は後継者が得られず稽古場は閉鎖した。

この鎌巻道場で指導をしていた井ノ上正寿師範は齋田茂七の高弟高山武志師範に陰陽鍛身流二丁短棒術という変わった武術を学んでいた。

高山は武術の造詣が深く、柳生心眼流に関口流の棒術を加えて、この武術を創始したという。

両手に長さ一尺の先の尖った棒を持ち、棒先で敵の急所に当身を入れ、あるいは棒で敵の腕を挟み、蹴当てを入れる。

独特の想定で、他流での類例を聞かない。

会長はこの武術が無くなるのを遺憾に思い、井ノ上師範から教えを受けた。

下の写真は陰陽鍛身流で使用する二丁短棒。

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by japanbujutsu | 2013-11-15 20:59 | 柳生心眼流兵術 Shingan ryu
柳生心眼流兵術の伝書類

柳生心眼流兵術は柳生心眼流の総合武術のうち、拳法柔に付けられた名称で、名人高橋彦吉はこの兵術しか修めなかった。この兵術には謎が多いが、星家に相伝されたものは、表ヶ条(7)、中極(7)、落(7)、切(7)、切紙免許(14)、目録免許(14)、甲冑免許(28)、小具足免許(28)、皆伝免許となっており、百ヶ条を超えている。釜石伝では約三百の形を伝えている。

また鈴木兵吉は「兵術柔」を創設して、やはり七十ヶ条以上の形を伝えた。鈴木兵吉系には「切紙」以降の形がなく、他流から形を持ち込んでいるため、高橋彦吉がどこまでの形を伝えていたかは今となっては不明である。

いずれにしても各系統には表・中極・落・切の二十八ヶ条以外にも多くの形を伝えていて、流儀の内容は豊富である。会長が最初に学んだ全日本中国拳法連盟では表を初伝、中極を中伝、落を奥伝として教えていたが、そのような階梯は柳生心眼流にはなく、これらの二十一ヶ条を修めただけでは、本当の体系の初伝レベルにも至っていない。

伝授巻は、表・中極・落・切までの二十八ヶ条を修めて『柳生心眼流兵術(切紙)』
その後の数十ヶ条を修めて『柳生心眼流秘伝目録(中意位)』
秘伝・口伝・教授実績などを吟味して『柳生心眼流免許御免目録』

が伝授され、その他、形以外の口伝書数巻を伝授にしたがって受ける。

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                     会長が授けられた柳生心眼流兵術の伝授巻
by japanbujutsu | 2013-04-03 20:46 | 柳生心眼流兵術 Shingan ryu
柳生心眼流の体系

現段階の研究では、当流の一部の派で伝えられている甲冑技法は、明治以降の付加伝だと思われるため、ここでは国際水月塾武術協会が伝えている兵術(拳法柔)の体系について紹介する。


鈴木兵吉系

表   7
中極 7
落   7
切   7
 ※ここで初めて「切紙(初伝の巻物)」を授かる
取放 7
取返 7
居取 7
取手 7
小具足 7
潜手 7
小手返 7
 ※ここまで修めて「秘伝目録」を授かる

その後、秘伝の技を学び、指導実績などを踏まえて免許皆伝(「免許御免目録」)を授かる


竹翁舎の島津兼治師範からは毎週の土日、泊まり込みで約3年間学んだ。ほとんど個人指導で、初伝技から奥伝・秘伝技まで三百手にわたる技法を稽古した。すべて記録に残してある。
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島津師範と我が水月塾道場にて演武(1983)
by japanbujutsu | 2012-11-11 21:44 | 柳生心眼流兵術 Shingan ryu
柳生心眼流の歴史

古武道としては大東流と並んで若者に人気のある流儀なので、柳生心眼流に関する情報は巷にあふれている。ここではその概略にとどめたい。
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開祖は竹永隼人。仙台藩北部に広く伝播した総合武術である。

幕末に柳生心眼流の一部の派は拳法技法を伝えるようになり、明治になって星貞吉が現れて、登米郡から栗原郡一帯にさらに広く普及した。特に拳法では高橋彦吉が優れ、その門人鈴木兵吉(右写真)も達人と称された。
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                  鈴木兵吉から齋田茂七に授けられた『神通秘法巻』


栗原郡には他にも明治時代に高橋市内勝義の柳生志限流柔拳法があり、この伝は後に岩手県釜石に伝えられた。

これらの伝とは別に桃生郡には竹永の古伝が残り、昭和の代まで残っていたが、会長が昭和末年に訪ねたときには古老が伝えるのみで、後継者はいなかった。

星貞吉の伝はその後、数系統に分かれ、現在でも稽古が続けられている。

会長は最初、大学時代に西郡多喜雄師範に学び(この系統は21箇条を伝えるのみ)、大学卒業後、島津兼治師範にマンツーマンで3年間師事し(外弟子のため未相伝)、さらに宮城県鹿島台で鈴木兵吉伝の兵術柔を遠山国男師範及び奥山清太郎師範に学んで相伝し、また、釜石伝を宮本鶴松師範に学んだ。

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        鹿島台大迫の遠山国男師範宅にて(左から遠山師範、武田軍虎師範、熊谷、小佐野)


系譜
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流祖 竹永隼人
二代 吉川市郎右衛門
三代 伊藤久三郎
四代 小山左門行房
五代 相沢忠之進
六代 千葉義祐
七代 佐竹森之助
八代 加藤権蔵
九代 星貞吉義治右写真
十代 高橋彦吉政治
十一代 鈴木兵吉武盛
十二代 鈴木専作猛盛
十三代 佐藤金兵衛清明(21箇条のみ)
十四代 西郡多喜雄明盛
十五代 小佐野淳(21箇条相伝)




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十二代 斎田茂七義則右写真
十三代 阿部睦男忠則
十四代 武田軍虎仁則
十五代 遠山国男国義
十六代 小佐野淳忠盛(77箇条相伝)

十四代 箭内一孝則
十五代 奥山清太郎武則
十六代 小佐野淳常則(77箇条及び陰陽鍛身流相伝)
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                            陰陽鍛身流二丁短棒術





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                     会長が西郡多喜雄師範から授けられた伝書 


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                   会長が遠山国男師範から授けられた免許御免目録


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                  会長が奥山清太郎師範から授けられた免許御免目録


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                斎田茂七(鈴木兵吉門人)から菅原司に授けられた「大巳貴命伝」

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菅原司

by japanbujutsu | 2012-11-05 21:37 | 柳生心眼流兵術 Shingan ryu

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