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国際水月塾武術協会 International Suigetsujuku Bujutsu Association

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本会が伝承している武術流派と古武道全般の技法・歴史・文化などを解説します。文章・記事・写真の転載は固く禁止します。

カテゴリ:天道流武術 Tentô ryu( 9 )

師匠 阿部豊子先生

筆者は阿部豊子先生晩年の弟子であり、最後の弟子でもある。
当時、和歌山に住む娘さんのお宅に移住されていたため、山梨から和歌山まで自家用車で稽古に出掛けた。
先生は筆者に流儀のすべてを託され、ご自身の写真アルバムまで渡された。
試合で使った薙刀や鎖鎌はもちろん、筆者のために天道流の口伝をノートにびっしり書いてくれた。
筆者の宝物である。
さて、その阿部先生の写真をいくつか出してみよう。
最初の写真は昭和49年11月3日、徳島の女子大にて薙刀部の学生と。

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次は、本を出版されたときに、それを手伝ってくれた岩佐先生宅でのスナップ(当時40歳頃)

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そして次は徳島市南蔵本一丁目にあった先生のご自宅の庭で撮ったもの(40代)

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最後は筆者が通っていた頃(1997)、和歌山県橋本市の老人ホームにて。

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師匠の写真も筆者の宝物の一つである。



(つづく)

by japanbujutsu | 2017-02-12 17:21 | 天道流武術 Tentô ryu
天道流短刀

天道流の 『目録外』 に 「短刀」 の形がある。
非常に優れた理合いを有する技法群であり、短刀の技を磨くのにもっとも重要な 「入身」 を徹底的に稽古する。

この中に「實正の位」の形がある。
入身して相手の右腕を我が左腕で巻き込み、短刀で脇腹を突く技である。
これは小長刀の「清志岩崩短刀留」の終末動作と同じであり、先に紹介した 『天道流薙刀術解説』 に我が師匠と西垣きん師範の写真が掲載されている。

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現在、我が協会でも天道流を学ぶ者は、関西支部長とドイツのベルリン支部長だけであり、何とも心許ないかぎりである。

我が協会は才能がある者には出し惜しみはせず、どんどん教えていく。
後輩が先輩を技量で追い越すことはなんら問題のあることではない。
そこは武術の世界なのだから。

遠隔地からの通い稽古(月一回、あるいは年間数回)でも、武術の下地があれば、どんどん教伝します。
覇気ある人の来場をお待ちします。

現在、天道流の古伝通りの伝統形を伝えているのは全国で当協会のみです。




(完)
by japanbujutsu | 2016-12-21 17:47 | 天道流武術 Tentô ryu
天道流大長刀

現在、水月塾では薙刀は穴澤流と柳剛流を教えている。
両流儀ともに女性には細身の薙刀 (七尺) を使わせているが、男性は長大な男薙刀 (八尺) を使わせている。

ところで、天道流にも実は 「大長刀」 (表七ヶ条、奥十六ヶ条)が伝えられている。
筆者は天道流については薙刀を学ぶ意思がなかったため、大長刀についても素通りしてしまっていたのだが、今思うとこの大長刀だけは学んでおけばよかっと後悔している。

いろいろ調べたが、現在、天道流の大長刀を稽古している団体はまったくない。
だから伝承されているのか、いないのかもわからない。

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我が師匠阿部豊子師範は、その師西垣きん師範と共著で昭和十四年に 『女子武道天道流薙刀術解説』 を上梓しているが、その写真を見ると、どうも大長刀も小長刀も同じ七尺の薙刀で演じているようなのである。

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これはどういうことなのだろうか。
理由はいくつか考えられるが、それは天国の師匠に尋ねなければわからない。

そのうち復元でもしてみようかと思っている。




(完)
by japanbujutsu | 2016-12-19 17:04 | 天道流武術 Tentô ryu
天道流稽古用鎖鎌三態

鎖鎌の場合、刃も鎖も分銅も鉄で造ったものは稽古には使用しない。
本式の実戦用とでも言いたいところだが、この本式が戦いに使われたことは歴史上未だかつてない。
先般記述したように、刀も公用の二刀差しは居合では使用しない。
居合には居合用の刀がある。
現在、居合道の大会でほぼ100%使用されているのは居合用ではなく、公用刀の「大」であり、これは日本武術史上における最大の誤伝であるかもしれない。
居合用の刀が幕府の令(定寸)にまったく従っていないのは、その刀の使用が稽古場内に限られていたからであり、武術で使用する刀は流儀の掟に従って、いかなる長さのものでも使用できたからである。
現在、鎖鎌を伝える流派において鉄製の鎖で演武をしているところがあるようだが、これも正しい相伝を受けたものではないことがわかる。

さて、今回は、筆者が相伝している天道流の稽古用鎖鎌を紹介する。

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左から3つは天道流の掟にしたがって制作されているから、その形態で天道流であることがわかる。
左から筆者の稽古用、昭和時代のもの、明治時代のものとなる。
一番右のものは天道流のものかどうかわからない。
寸尺が若干異なるが、刃先に革が付いているのが気になるところである。
はたして何流のものだろうか。

古流で木刀や棒など市販の大量生産品を使っている流派があるが、すでにそれらは正確な相伝を失っていることになる。
by japanbujutsu | 2015-06-24 17:03 | 天道流武術 Tentô ryu
下河原一霍直筆伝書

天道流兵法13代目師範、下河原洗一霍の直筆伝書(ISBA蔵)を紹介する。

下河原洗一霍は天道流の明治前期の師範で、美田村顯教の師匠である。

この伝書は長刀許状、すなわち薙刀の免許皆伝の許し状である。

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被授者が剣や杖も修行したのかは定かではない。

伝書の発行年は明治28年4月、一霍が没したのが29年8月(59歳)だから、死亡した前年の発行である。

ISBA(国際水月塾武術協会)では長刀を相伝していないが、歴代の直筆伝書は流儀を継承する者にとっては宝物であるから、大切に保存している。

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創作された流儀や捏造された伝系図の場合、歴代の師範が差し出した伝書が存在しない。

そういう場合、決まって火災で焼失したなどというが、実際に指南をしていれば弟子は何人もいるはずであるから、伝書は存在するはずである。
by japanbujutsu | 2014-01-03 18:12 | 天道流武術 Tentô ryu
天道流の稽古用木製鎖鎌

武術の各流儀で使用する道具類には寸法から材質にいたるまで詳細な製作法が伝えられている。

それぞれの流儀には特徴的な道具類が伝えられており、それがまた古流の醍醐味でもある。

居合の稽古に使用する刀にも本来は口伝がある。

例えば関口流抜刀術では二尺五寸の刀を使うことが奨励されている。

さて、今回は、天道流の稽古用鎖鎌を紹介する。

いくつか所蔵しているが、もちろんどれも大同小異で天道流の特徴をよく表している。

今回紹介するのは明治期に作られたと思われるもの。

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天道流鎖鎌寸法之事

柄の長さ 一尺三寸二分
柄尻の太さ 三寸六分
刃の長さ 四寸五分(刃先は革で包む)
鎖の長さ 自らの両手一杯

使用する木刀にもすべて寸尺の口伝があり、古流の稽古を市販の木刀で行っているようでは駄目である。
by japanbujutsu | 2013-11-12 20:13 | 天道流武術 Tentô ryu
天道流武術の伝書類

当協会では穴澤流薙刀を伝承しているため、天道流の薙刀は伝えていない。薙刀を除く天道流のすべての武術を相伝している。

天道流薙刀は全日本なぎなた連盟に採用されてから、競技化が進んだため、古式の伝授形態に則って相伝する方式を伝えていない。

国際水月術武術協会は日本で唯一、天道流を古式に則って伝書で相伝している。

薙刀を除く天道流の伝授巻は四巻ある。

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一 『後天道流問答巻』
一 『天道流表裏之目録』
一 『天道流兵法目録外』
一 『天道流杖鎖鎌免許』

会長が相伝されたこれらの伝書には阿部豊子師範が自ら作られた武術の極意和歌が添えられている。

剣術の手数が膨大なため、相伝が非常に難しい。

平成25年現在、免許皆伝者はなく、現在、関西支部長の山根氏が年に数回の通い稽古で懸命に習得に励んでいる。
by japanbujutsu | 2013-04-04 20:44 | 天道流武術 Tentô ryu
国際水月塾武術協会が伝えている天道流の形

杖 10本
 五法 さし合 一本杉 巻込 散し巻込 大散 小散 芝引 戸口 五法返

鎖鎌 8本
 獅子の洞入 投鞠(紅葉重) 石火の入 両角 天狗返(達磨) 星月 流星 重ね散し

剣術 48本
 ○八段の武
   上段の印・同裏 切懸・同裏 下段の印・同裏 違位・同裏 小車・同裏 東坊・同裏 合位・同裏
   晴風・同裏 早風・同裏
 ○七段の武
   三條武 重月影 英劔 雄劔 守身劔 右劔 左劔
 ○曲尺の段
   縛殺の曲尺 徹の曲尺 懸の曲尺 風柳の曲尺 待の曲尺 立の曲尺 横の曲尺 活の曲尺
 ○表の位
   小乱 夜の太刀
 ○裏の位
   八重垣 虎の尾 下り藤 無変 一刀
 ○入身の位
   上下の留 一文字 十文字 小返 拳折
 ○太刀合
   巻返 打返 重打 蟹の横這 辻切

二刀 16本
 ○二刀の位
   陰の位 切入 乱入 獅子飛 波返 水車 切先返
 ○二刀極意の位
   陽の位 両手留 無敵の劔 手離劔の大事
 ○五段位唯授一人
   心巻 意巻 気巻 動巻 観巻

短刀 5本
 鉄當の位 待見 不離劔 實正の位 寄

小太刀 3本
 相打 蜻蛉帰 中霞


薙刀の形138本は当協会では伝承せず。現在、薙刀を専門に稽古している者でも、これらの形をすべて正確に打てる者は極めて少ない。それは薙刀を競技として「練習」しているためであり、武術として「修行・稽古」をしていないためである。

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                   阿部先生と西垣きん師範による短刀「實正の位」


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                    阿部先生による五段位唯授一人「動巻」の形


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               阿部先生検視による会長と関西支部無津呂氏による剣術形


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               関西支部長山根氏と会長による鎖鎌(ベルリン大会 2012)
by japanbujutsu | 2012-11-17 15:12 | 天道流武術 Tentô ryu
天道流武術の歴史

まず、流儀名の「天道流」であるが、これは「てんとうりゅう」と読む。学識の欠ける者がこれを「てんどうりゅう」と読み、いつからか、なぎなた連盟の重鎮や師範家である美田村家までこれを受け入れてしまったのは、どういうわけだろう。まったく理解に苦しむ。「お天道様」を「おてんどうさま」と読むのだろうか。

天はすなわち神である。だから天道と神道は同じ意味をなす。神道は「しんとう」と読み、「しんどう」とは読まない。だから天道もまた「てんとう」と読む。

このことについて、戦前に修行をした会長の恩師阿部豊子先生は、はっきりと「てんとうりゅう」と発言していたし、阿部先生の門人で、現在、日本のなぎなた界でトップに立つ福岡の砂川碧師範もはっきりと「てんとうりゅう」と読むのが正しい、と会長に教示している。

さて、天道流は塚原卜伝の新当流から斎藤判官伝鬼房が起こした総合武術である。江戸時代中期から下河原家が相伝して幕末に至り、明治期からは美田村家が相伝した。この流儀は剣と薙刀に優れていたため、明治期には女子武道として採用され、その後、競技化して全国に普及した。したがって、現在この流儀を純粋な古流として稽古をしている道場は極めて少ない。

会長は、天道流を西垣きん師範から皆伝を受けた阿部豊子先生に学んだ。先生は晩年、和歌山県橋本市にお住まいだったため、山梨から和歌山まで通った。会長は当時すでに穴澤流薙刀の相伝を受けていたため、天道流は薙刀以外の武種である剣・小太刀・二刀・短刀・杖・鎖鎌を学び、すべて相伝した。

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                       会長に鎖鎌の操法を示す阿部豊子先生



系譜

b0287744_12195912.gif開祖 斎藤判官伝鬼房(右画像
二代 斎藤法玄
三代 斎藤牛之助
四代 日夏喜左衛門重能
五代 加古利兵衛正真
六代 村上権左衛門
七代 日夏弥助能忠
八代 下河原新内恭長
九代 下河原新内一長
十代 下河原新内一致
十一代 下河原辨辯一行
十二代 下河原唯六一弘
十三代 下河原洗一霍
十四代 美田村顯教
十五代 美田村千代
十六代 西垣きん
十七代 阿部豊子
十八代 小佐野淳

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                            薙刀を構える阿部先生


阿部豊子先生は、昭和戦前の最強柔道家阿部謙四郎の姉である。

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                     阿部先生から会長に授けられた免許皆伝の奥書部分


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                      阿部先生が筆録された天道流武術の形解説書
by japanbujutsu | 2012-10-31 20:27 | 天道流武術 Tentô ryu

by japanbujutsu