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国際水月塾武術協会 International Suigetsujuku Bujutsu Association

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本会が伝承している武術流派と古武道全般の技法・歴史・文化などを解説します。文章・記事・写真の転載は固く禁止します。

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秘伝のこと

江戸時代の武術には必ず秘伝がある。

秘伝は極意、極秘、奥伝、秘奥、奥意など、さまざまな呼び方がある。

現代武道には秘伝はない。なぜないのか。それは古武道になぜ秘伝があるのかが分かれば、現代武道になぜないのかがわかる。

まず、古武道の世界では流儀の内容自体がすべて秘密であり、稽古場も外から内部の稽古の様子を見られないように窓を高い位置に設けてある。

その理由を多くの高名な師範たちは揃って「秘伝技を他流の者に知られると、いざというときに裏を取られて敗北するから」と言っている。

そんなバカなことがあるわけない。

その稽古の様子を見られた流儀の者たちは、他流試合の際に何百も存在する形(技)の中から、いつも秘伝技しか使わないのだろうか。また、それを盗み見した者は、相手が秘伝技を必ず使うと思って、斬り掛かるのだろうか。

そんなバカな奴はいるわけない。

心貫流棒術・扱心流躰術の起請文第一項に、
   一 御当流入門誓紙之上□共雖為親子兄弟白地他見他言いたし申間鋪事


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とあるのは、師範の地位を維持するための方策に他ならない。

秘伝が多くの人たちに知られてしまっては商売(武術指南)が成り立たない。辛苦の修行を積んだほんの僅かな門人だけが知るからこそ、その価値があるのである。

料理屋の「秘伝のタレ」「秘伝の隠し味」と同じである。どこの料理屋でも同じ味が出せたら、その料理屋の存在意義がなくなってしまう。

第一、実戦において秘伝だ、奥義だなんて、そんなことに拘っていたら、勝てる勝負も負けてしまうだろう。

また、秘伝技は高度な技だなんて思いこんでいる輩もいるようだが、高度な技だったら見せても盗まれることはない。簡単だから秘伝にするのである。

知ったかぶりしてものを話す人たちのことを鵜呑みにして信じていると、文化はいつまで経っても正しく解釈されることはない。

必ず自身で検証しなければいけない。

現代武道に秘伝がないのはスポーツであり、競技であるから、全ての体系・技・ルールをすべての競技者が平等共通に持っていなければならないためである。
by japanbujutsu | 2013-03-30 15:02 | 武術論考の部屋 Study
不遷流柔術

幕末、広島の拳骨和尚こと武田物外によって開かれた流派。
難波一甫流が元となり、柔術を主体に各種武術を併伝した。現在でも伝えられていると聞くが、その演武を見たことがないので、ここでは触れない。
紹介する伝書は、昭和四年に発行されたものであり、戦後まで正しい相伝者がいたことが分かる。
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今では講道館柔道が完全なスポーツになってしまったため、戦後は古流柔術との試合は見られなくなってしまった。
戦前に修行した人たちの多くは不遷流といっても、形は修めず、もっぱら乱取りを稽古していたという。
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この伝書も明治時代に講道館を苦しめた田辺又右衛門の系統のものであり、「大変之業」が記されているが、乱取りが主体であったと思われる。
by japanbujutsu | 2013-03-29 22:16 | 秘伝書の部屋 Secret densho
平常無敵流小太刀

流祖は山内甚五兵衛直一。

新陰流他、いくつかの流儀を学んだが、多賀伯庵聚津に学んだ富田流の小太刀をもっとも得意とした。

その富田流の色を最も濃く残して新たに平常無敵流兵法を興した。

今回、紹介する平常無敵流兵法の蜻蛉絵目録は、駿州吉田藩に伝承した系統のものである。

目録の蜻蛉絵には一つずつ和歌が添えられている。

      山彦剣 五輪砕 右行剣 左行剣 粘附剣 獅子洞入
      天狗羽返 請流 無名剣 微塵剣 真妙剣


この十一ヶ条には元々形が無かったが、紛らわしいので図解で示す、と伝授巻の奥書きにある。

この伝授巻は文政十二年に安田三太夫勝光、安田俊八郎勝英、原田源太夫為忠の三者連名で柳本誠之助に与えられた。
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複数の師範が連名で一つの伝授巻を差し出す慣習は吉田藩によく見られるものである。
by japanbujutsu | 2013-03-23 15:26 | 秘伝書の部屋 Secret densho
流儀の規則のこと

古流の武術を学ぶにあたっては、弟子が師匠に差し出す神文書(誓詞) の他に、師匠が弟子に対して差し出す流儀の規則というのがある。

ここに二つの例を紹介しよう。

一つは柳剛流(柔術・六尺棒・縄手)の「教授規則」で、次のような規定がある。

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第一條  一、我カ手術授ケルハ親又ハ親戚為リト雖承諾有ニ非レハ必ス教ル事勿レ
第弐條  一、我ヨリ授ケル所ノ手術ハ千死一生際ニ非レハ必用ユル事勿レ
第三條  一、我カ門人ニシテ前ノ二條ノ規則ニ違背スル者直ニ放門申付ル事

とある。これなどはまだ、かなり束縛の少ない方であり、次の『関口流法令』になると、かなり厳格な規則となる。

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一 弟子取候事人柄見立不信不実之者ニハ教申間敷事
一 他流致稽古人ニ教申間敷事
一 柔居合剣術棒一ツ宛分ケ教申間敷事
(以下省略)  

こちらの法令は文化十年(1813)に阿波藩関口流師範の井上齋助成政が差し出したものである。他流を稽古する者には教えてはならない、というのは閉鎖主義の強い現れで、地方の流儀の特徴をよく表している。術の分割伝授も認められていないわけだから、それは厳しい流規である。
by japanbujutsu | 2013-03-19 13:34 | 武術論考の部屋 Study
古武道を学ぶ全世界の人たちへ

古武道を修行している外国人を見ると、現代武道との区別がほとんど付いていないまま、稽古をしていることが分かる。

それはほとんどの場合、技術だけを学び、そして稽古をしている姿である。古武道はスポーツではない。だから競技をしない。流祖が案出し、歴代師範が伝えてきた技(形)を繰り返し稽古をすることに意義を見出す日本が世界に誇る伝統的文化遺産である。伝統文化ゆえに、古武道には技以外に学ばなければならないことがたくさんある。

あなた方がご存じのように、この日本の大切な文化である古武道に対して、現代の日本人はまったく関心を示さない。もはや、今の日本には古武道を継承していく社会的環境が存在しない。

一方、あなたがたは、熱心に日本の古武道を修行している。その前向きな姿勢には敬意を表する。しかしながら、残念なことに、あなた方の多くは日本語が話せず、書けず、読めない。これは古武道のみならず、日本の伝統文化を学ぼうとするとき、かなり致命傷なのである。

伝書(巻物)をいただいても、そこに何が書いてあるかわからず、その巻物と一枚紙の証書との区別がつかない。第一、あなたがあなたの弟子に巻物を授けようとするとき、あなたは自分で文字を書くことができますか。
日本の武士名と花押を持っていますか。

あなたが師匠にしていただいたこととまったく同じことを、あなたの弟子にもしてあげることができますか。だから私たち日本人があなた方に古武道を教え、たとえ伝書を授けても、それはすべてを伝えたことにはならない。

もし、あなたにまだ時間的余裕があるとしたら、あなたは日本語を充分に学ぶ必要がある。日本語が話せて、書けて、読めて、初めてあなたは日本の文化を理解することができるだろう。
by japanbujutsu | 2013-03-14 20:22 | 武術論考の部屋 Study
稽古着のこと

近年、稽古着のことを「道着」と呼んでいるが、少なくとも古流を学ぶ者は稽古着と言わなければいけない。道着などという言葉は江戸時代には存在しないのだから。

さて講道館柔道の稽古着は、武士の正装から紋付き袴を取り除いたスタイル、つまり襦袢と股引で、これは日常服で言えば、下着姿であり、極めてはしたない姿である。沖縄から入ってきた空手までもがこのスタイルを採り入れているのは、まったく理解に苦しむ。

私が柳生心眼流や渋川一流に入門した頃は、師匠たちも皆、柔道と同じスタイルで、私がそれでは駄目だと説得して、改善してきた。一方、柴真揚流の町川師範はしっかりと最初から袴を着けており、古流としての伝統を墨守していた。

昨年、わが協会のドイツでの大会で、某古流の団体が、師範以外全員袴を着用しておらず、全く遺憾に思ったが、他流のことだから口出しはしなかった。日本の師範はもっとしっかりと指導して欲しい。初心者に袴を着けさせない、などという頓珍漢なことを始めたのは合気道であり、そんなことを古流は決して真似をしてはならないのである。

渋川一流でも明治期まではしっかりと袴を着用していたことが、伝書に表れている。

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by japanbujutsu | 2013-03-13 21:44 | 武術論考の部屋 Study
不動真徳流と森本千吉

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鞍馬山で修行した牛若丸を遠祖と仰ぐ不動真徳流と称する武術がある。内容からやはり楊心流の影響を受けていることがわかる。

内容は柔術と棒術からなり、柔術はその目録から激しい乱取り稽古を行っていたことが推測される。

この流儀は紀州の指南役であった内藤利右衛門正次が明治になって阿波川内寒川新田に移住し、近隣の若者に伝えたのが阿波での始まり。その印可を久次米直吉信雪が受け、その高弟に直江一専斎信男があった。

直江は板野郡藍住町矢上の春日神社の神職で人格高潔であったと伝えられている。その高弟が森本千吉である。

森本千吉は明治19年、矢上に生まれ、若年にして不動真徳流の免許皆伝を受けた。今回紹介する伝授巻は明治45年の発行であるから、森本が27歳のときのものである。

森本は昭和21年に徳島県で初の講道館八段となった人物。昭和25年に亡くなるまで多くの弟子を育成した。

不動真徳流が現存していないのが何よりも悔やまれる。

伝統や文化を蔑ろにし、正しい武道教育を為さなかった日本の政治体制、つまりは国家にすべての責任がある。

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by japanbujutsu | 2013-03-11 20:39 | 秘伝書の部屋 Secret densho
一伝流縄之巻

ここに紹介する一伝流は浅山一伝流とは異なり、単に一伝流と称し、捕縄術の専門流儀である。

一伝流の縄は鍵縄で、この伝書にも鍵針の図が出ている。

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流祖は高木流柔術二代目の高木右馬之助である。

高木流には捕縄が伝えられていないから、この一伝流捕縄は、別の流儀から採用したものであろう。

右馬之助は竹内流も相伝しているから、その流れかもしれない。

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「英雄色を好む」と言うが、彼こそはその醜態を絵師に描写されてしまった張本人であることは意外に知られていない。
by japanbujutsu | 2013-03-06 22:53 | 秘伝書の部屋 Secret densho
「死活」は中国伝来?

日本柔術が中国から伝来したものではないことは、今や常識になっている。関口柔心が長崎で陳元贇から武術を学んだなどというのも作為の伝説の域を出ない。

それよりずっと以前から山陽地方には夢想流という捕縛武術があり、柔術の源流と言われている竹内流も夢想流から出ている可能性が濃厚である。宮本武蔵の家伝であった無双流も同根だろう。

さて、江戸時代になって長崎は唯一の貿易港となった。新しいものを創造するためには何はともあれ、長崎を訪れる必要がある。

肥前に広く伝播した楊心流は関口流から出た可能性があるから、関口柔心が長崎を訪れている可能性は確かに否定できない。その楊心流も起源に関しては謎が多いのである。

楊心流には当身の原典とされる『胴釈』の伝があり、これに用いられる人物の髪型が中国風なのである。もちろんこれらの図は中国の経絡書籍から転用したものだから、当然であるが、その嚆矢が楊心流であったと考えられる。

今ここに珍しい伝書がある。

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遠州浜松の峠権左衛門忠重が文化二年に発行したものだから時代は下がるが、なかなか面白い書き出しで始まっている。

       死活
   日本に初行者
      肥前国長崎
     明察天
         陽心式部に伝


日本で初めて死活を用いた者は長崎の陽心式部であるという。陽心式部とはだれなのか。秋山四郎兵衛義時(実在が疑わしい)か大江仙兵衛のことに違いないが、陽心式部と書いたのは初見である。

なお、この伝書に使われている和紙は灰色をしている。これも初見である。灰か墨を原料に混ぜたのだろうか。
by japanbujutsu | 2013-03-04 20:52 | 秘伝書の部屋 Secret densho
当流(伯耆流)居合目録

今回は居合の数ある流儀の中から伯耆流を紹介する。

伯耆流は現在も熊本に伝承された系統が命脈を保ち、また、相伝者が大阪に出たことによって、関西方面にも普及した。

技法の解釈は門外漢故に控えることにして、伝書の内容を見ると、最初に表として、

  向之太刀  除身  引取  胸之刀  籠手切  押抜  開抜  中段  突留  四方金切 向詰
  次付  一作足  頂上  切先返  三之柄捕
  

があり、詰合大事として、

  壁付  角付  腰搦  前後之抜  逆手抜  籠手詰  夜之抜  夢之枕  

とあり、さらに身之金之位九ヶ条と続く。

紹介する伝書は『武芸流派大事典』に「伯耆流熊谷派」とある系統で、熊本には他にも村上家が相伝している系統がある。

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この熊谷派の末葉は野田家に相伝され、兵法二天一流とともに伝えられた。

目録の内容から母体流儀である林崎夢想流の影響が濃厚に伺えるが、現在伝えられている形からはほとんどその影響を伺うことができない。
 
by japanbujutsu | 2013-03-03 22:34 | 秘伝書の部屋 Secret densho

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