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国際水月塾武術協会 International Suigetsujuku Bujutsu Association

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本会が伝承している武術流派と古武道全般の技法・歴史・文化などを解説します。文章・記事・写真の転載は固く禁止します。

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両分銅鉄鞭

中国の両分銅鉄鞭は、日本の鉄鎖(両分銅・鎖分銅・鎖玉)と同じ種類の兵器である。

分銅と鎖にはさまざまな形態があり、また重さや長さも千差万別である。

今回紹介するのは、当協会が所蔵するもののうち、もっとも短いもので、握ると掌中に収まる優れものである。

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鉄もよく鍛えてあり、錆が出てこない。

これは東京の柳泉堂で二十年ほど前に購入した。
by japanbujutsu | 2013-07-31 17:44 | 武具の部屋 Arms
小鉄鞭2

今回紹介する鉄鞭は、筆者がこれまで見てきた把部を持つ鉄鞭の中では、最小・最短のものである。

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軽くて携帯に優れているが、離れている敵を打てないのが難点。

造りは割合粗雑であり、分銅も荒削りである。

しかし、良い雰囲気を持っており、コレクションに加えている。
by japanbujutsu | 2013-07-29 17:00 | 武具の部屋 Arms
役に立たない学校の刺又

江戸時代に国境警備や関所の警護、あるいは城や代官所などの門番たちが所持した長柄の捕物道具三種類 (袖搦、刺又、突棒) を総称して捕物三道具という。

武術として伝承されたものは数少ないが、各藩には必ず国境警備に当たる被差別民がいて、それらを指揮・統率する者がその流儀を相伝した。

三道具は犯罪の容疑者を取り押さえるための道具である。

これは非殺生性の道具ではあるが、容疑者が暴れると負傷するようにできており、その苦痛で抵抗する力を失ったところを捕らえるのである。

そのため先端部周辺は鉄板が補強に用いられ、強度を増した。

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       薩摩藩の国境警護に使われた刺又。丸に十文字の島津家家紋が鉄板に刻印されている。

また、ここを握り締めて抵抗しないよう、鋭い刺 (とげ) が生えている。

捕縛時には、複数の捕方がこれらの道具を持って、突いたり引き倒したりして、押さえつける。

さて、その三道具の一つ刺又が、学校における不審者対応のために職員室に置かれている。

置かれているだけで、多くの学校では教員がこれを実際に使えるようになるための講習を受けていない。

つまり、ただの邪魔な置物である。

学校に置かれている刺又には刺がない。しかも非常に華奢な作りである。

そして何よりもまず、女性教員はこれを使うことができない。絶対的に男に腕力が劣るからである。

男も非力な者には使えない。それなりに重量もあり、長いために操作法を学ばないとただ邪魔になるだけである。

そして何より、これは一人前の男でも実際に不審者をこの道具で取り押さえるのは至難の技である。

尖端に刺がないため、ここを握られて返されると、不審者の方が明らかに強い力を発揮できる構造になっていて、まったく役に立たないのである。

筆者は日本の棒術や台湾武術金鷹拳を学び、その使用法は充分に心得ているが、当然どこからも指導の要請などはない。金鷹拳を伝える振興社武術にはほとんど形の同じ武具がある。

頭でっかちのお役人が考える防犯対策にはろくなものがない。

無駄なモノにカネを使うのが、お役人の仕事のようである。
by japanbujutsu | 2013-07-28 20:41 | 武術論考の部屋 Study
流祖 福井兵右衛門嘉平のこと

神伝不動流の歴史を解説したHPに次のようなデタラメな記述がある。

このような捏造された歴史は早急に訂正しておかないと、他流派にまで大きな迷惑になる。

以下、その要略 ( 『武芸流派大事典』 の記述に脚色を加えている)。

伯耆国大山、名和神社宮司の重村正秀は元禄十五年、十八才で文武の達人として有名であった。正秀の祖先は、延元三年、尊氏と戦い討死。名和一族の重村掃部允五郎兵衛尉が弟、五郎兵衛正種の十二代の末孫で、家伝の『鞴韜彪底之巻』一子相伝を得、有名であった。後、下野国宇都宮で農家に一泊。その家の息、十八才の善平と言う者の凡ならぬ眼光・態度に感じ、武道を教えるに、一を教え十を悟り、善平少年を連れてまた諸国を修行する。出羽朝日岳、鼠谷で吉平と言う少年が小石で小鳥を打ち落とすのを見て感じ、この吉平も門人に加えて伯耆国に帰り、三年後、両青年に極意を伝授する。善平は宇都宮で福井兵右衛門善平と名乗り、神道無念流と称し、剣槍体術の祖師となり、吉平は朝日奈五郎吉平と名乗り、神伝不動流の祖師となり、剣棒槍体術を世に広めた。

まず、神道無念流の祖、福井兵右衛門の諱は嘉平であり、善平ではない。しかも初名は川上善太夫という。

また神道無念流は以下の伝書に書かれているとおり、純粋な居合・剣術の流儀であり、槍術や体術は含まれていない。

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福井の師は一円流の野中権内 (戸賀崎家の伝承では牧野円泰をその師としている) であり、重村正秀なる人物は神道無念流にはまったく関係のない者である。

福井は一円流を極めた後、信州飯縄権現の夢想で老翁から居合の秘伝を授けられて開悟し、神道無念流を創始した。

よって神伝不動流なる武術ともまったく関係がない。
by japanbujutsu | 2013-07-27 19:10 | 神道無念流居合 Munen ryu
双鐗(カン)

30~50㎝程の何の装飾もない鉄棒の兵器を鐗(カン)という。

しかし、ここに紹介する鐗には棒身に節があり、また鍔も付いており、さらに把部が木製になっている。

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非常にバランスが良く、また使い勝手も良い。

特に筆者が伝承する振興社金鷹拳には鐗の套路があるため、この兵器は重宝している。
by japanbujutsu | 2013-07-26 17:52 | 武具の部屋 Arms
形(かた)のない古武道???

とある道場でのこと。

「ここで教えているのは何ですか」 と問われ、 「古武道です」 と答える。

そして、さらに説明を聞いていると 「うちの武道には形がないんです」 という。

その言葉で、すでにそこで教えているのは古武道ではないことがわかる。

古武道には流儀があり、その流儀の本体は形の集合体なのである。

古武道は代々伝えられてきた形の習得を以てその流儀を継承していく。

日本文化にはすべて決められた所作、すなわち形が存在し、その形が絶対的な権威を持つ。

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                            関口流居合「篠露」の形

形がないのは古武道とは言えず、それは単なる格闘技に過ぎない。

技は個人の所産であり、それは感覚的才能によって身に付くものであり、弟子にまったく自分と同じ技を伝えることはできない。

技には決まりがないからどのようにも変化でき、どのように対処してもよい。

要は 「技が掛かればよい」 のである。

形は予め想定されている敵の攻撃に対して、予め決められている動作でそれを制することを習得する。

だから形と技は根本において、その存在意義がまったく異なるのである。

流儀、すなわち形は流祖からの預かりものだから、そのままの形(かたち)で次の世代に伝えていかなければいけない。

技は師匠と弟子で違っても構わない。

形は師匠と弟子が違ってはいけない。


こんな基本的なこともわからずに、それを古武道と言っているのだから驚く他はない。

だいたい、戦前の伝書もなく、戦前の演武記録もない、そして江戸時代にどこに伝承されていたのかもわからない古武道がどこの世界に存在しうるのだろう。

もう少し、日本人がまともな頭をもっていないと、世界の武術は支離滅裂になってしまう。

否、すでになってしまっているから、どうしようもない。

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                            関口流居合「恋剣」の形

形は古武道の本体であり、流儀における最重要の履修課程である。
by japanbujutsu | 2013-07-25 22:00 | 武術論考の部屋 Study
明末清初の八節鞭

七節鞭、八節鞭、九節鞭などの多節鞭は現在でも中国武術の表演会ではよく見られる種目である。

紹介するのは八節鞭で、把部には獣皮が巻いてある。

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しかし、完全に「見せるための演技」と化しており、実践性は極めて乏しいと言わざるを得ない。

大体、鞭を自分の身体に巻き付けるなどという所作が武術にあるわけがない。

古い多節鞭は鉄味もよく、造りも精巧である。
by japanbujutsu | 2013-07-23 17:57 | 武具の部屋 Arms
二天一流相伝式

平成25年7月、細川藩伝村上派兵法天下一二天一流の免許皆伝相伝式が行われた。

被授者は大阪支部の師範、無津呂弘之と山根章の両氏。

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相伝式に先立ち「五方之形」の検視を行い、両氏共に仕打両方を演武、誤伝なく形の相伝が終了。

続けて、和室に移動し、香取・鹿島の神前において相伝巻物の伝授式を古式に則り挙行した。

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今後、関西の地において当流が後世に相伝されていくことを願うばかりである。
by japanbujutsu | 2013-07-21 20:24 | 兵法二天一流 Nitenichi ryu
鉄鞭

鉄鞭は短鉄棒の尖端に鎖分銅を接続させた短兵器である。

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これらの短兵器の多くは、清朝初期に暗躍した秘密結社の指標兵器として使用されたことが明らかになってきている。

だから武術の門派での使用例がほとんどないのである。

紹介する2本の鉄鞭は鎖が特に異なり、一つは普通の沸かし付けによる円環であるが、もい一つは小さい鉄の部品を折り曲げて繋げる特殊なもので、指標兵器にはよく見られる形態である。
by japanbujutsu | 2013-07-20 17:49 | 武具の部屋 Arms
鉄尺(双釵)

鉄尺(双釵=日本ではサイという)の我がコレクションは百丁以上になり、日本最大の蔵品となっている。

鉄尺は中国から拳法と同時に沖縄に伝えられ、さらに本土に伝えられた双兵器である。

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詳細は拙著『金鷹拳』に述べたが、沖縄でのサイの使い方は誤っている。

この短兵器も古い時代には一本で使い、反転させて棒身を手前に廻し、把部で突く技法は古くは存在しなかった。

鉄尺が実用から隔離し、拳法の兵器として採用されると、芸術性を帯びてきて、上記のような技法も見られるようになった。

鉄尺の鍵は兵器を受けるためのもので、反転して指に掛けるためのものではない。

今回紹介した鉄尺は明末清初の極めて貴重なものであり、すべて一本使いの時代のものである。
by japanbujutsu | 2013-07-17 17:32 | 武具の部屋 Arms

by japanbujutsu