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国際水月塾武術協会 International Suigetsujuku Bujutsu Association

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本会が伝承している武術流派と古武道全般の技法・歴史・文化などを解説します。文章・記事・写真の転載は固く禁止します。

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『時代劇・剣術のことが語れる本』の誤りを正す 4

P.26
「最盛期には、その流派は七百を大きく越えていた。そして、それが取捨選択された幕末でも二百余流あって明治維新を迎えている。」

論評
何を根拠に数値を算出したのかわからないが、この書き方では最盛期は江戸中期ということになる。
幕末に取捨選択された理由は一体何なのだろうか。
そして、P.123では、
「江戸時代も中期になると、剣術はその太平のあおりを受けて衰退していく。」
とあり、完全に記述が矛盾している。

江戸の武術は泰平期に全盛を迎えているということをまったく理解していない。

『本朝武芸小伝』は、武術が最盛期を迎えた江戸時代中期((享保元年=1716)の版行であり、これはこの時代に武術がそれだけ庶民から関心を持たれていたということの表れである。


P.28
「この神道流系の兵法は、時代の変遷とともに表舞台から消えていくが、その教えは中条流や陰流系に直接あるいは間接に受け継がれ、現代にいたっている。」

論評
もはや悲惨な認識である。神道流系武術は本流の香取神道流をはじめとして、その分派は星の数ほどもあり、表舞台から消えていくなどという史実はどこにもない。
by japanbujutsu | 2014-03-31 17:21 | 武術論考の部屋 Study
『時代劇・剣術のことが語れる本』の誤りを正す 3

P.24~25
「もう一つは、技巧をこらし、鎧武者の武装されていない、脇の下、股間そして首筋を巧妙に突くという「介者剣法」といわれるもので、京八流の剣法はこれに当たるのである。そのようなことから、この京八流の稽古は、背中に大きなザルあるいは座布団のようなものを背負って防具とし、はいつくばった姿勢から、たたかれてもたたかれても相手ににじり寄り、ついには相手の急所を突くという一風独特のものだったと伝えられている。」

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論評
まったくでたらめの解説である。武術の伝としての甲冑着用時の剣術(筆者は「介者剣法」などという言葉は古文献で見たことがない)は、あくまでも心得であり、甲冑着用時の剣術が主体になっているような流儀は聞いたことがない。
「技巧をこらし」と述べているが、著者は、介者剣法は技巧をこらしたものではない(このことはすでに紹介済み)と述べているのであり、まったく矛盾した記述である。
京八流(鞍馬八流=源平時代に吉岡鬼一(右図)が創めた剣の流儀と伝えられ、鞍馬寺の僧八人にその秘訣を授けたことからこの名がついた=完全な伝説・虚構)という剣術が江戸時代に行われていたことも聞いたことはない。
「這い蹲った姿勢で敵ににじり寄る」ような馬鹿な武士がいるはずはない。「たたかれてもたたかれても」そんな同じ攻撃を繰り返す馬鹿な武士もいない。

信抜流居合の「地稽古では、背に円座を背負い、あるいは頭にざるをかぶり、真剣とは逆に短い棒を持って前屈姿勢、ただひたすら相手に背を打たせる事にて気力を練り、相手の足先により、相手の前後左右を見極める事が大事」というのは稽古だからいいが、この稽古法がなぜ、京八流の実戦技に転化されてしまったのだろうか。信じられないほどデタラメな説明である。

P.25
「警視流の二本目に京八流の流れである鞍馬流の「変化」を採用していることからみて、確かに後世に伝わり健在であったことが伺える。」

論評
著者は本当に京八流が世に存在し、それが連綿と鞍馬流につながっているように述べているが、伝説も史実もわからないほどレベルが低い認識である。
by japanbujutsu | 2014-03-29 11:52 | 武術論考の部屋 Study
『時代劇・剣術のことが語れる本』の誤りを正す 2


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P.23
「この香取神道流の剣風は詳しくは残されていない。」

論評
現存する香取神道流に対してまったく失礼である。
右写真は大竹師範の見事な香取神道流居合術

P.24
「野太刀のような剛刀で相手をたたき伏せる素朴かつ豪放な術で、先に述べたように、神道流系がこれにあたる。」

論評
この文章は何を根拠として述べているのだろうか。
本当に武術史を調べたのだろうか。
神道流系の剣法が素朴・豪放など、大きな見当違いである。神道流の洗練された精妙な技術を著者は何にもわかっていないと思われる。
by japanbujutsu | 2014-03-27 17:40 | 武術論考の部屋 Study
『時代劇・剣術のことが語れる本』の誤りを正す 1

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『時代劇・剣術のことが語れる本』(2003、是本信義著、明日香出版社)。
これほどデタラメを記述した本も珍しい。
出版社に連絡をしたが、著者とは出版後に連絡をとったことがないということで、話にならなかった。
出版社にはこの本の内容について精査できる人はなく、検証がまったくなされていないことがわかった。
こんな本があるから武術に関する誤った認識が流布してしまうのである。
こうした誤認識を見放すことは、今後の研究に支障を来す故、その大きな誤りを取り上げて、簡単に訂正を加える。

P.18
「やがて戦国時代が終わると、今までは戦場での闘争技術であった武術は、武士の平時の護身用のたしなみとしての感じが強くなり、特に剣術は「素肌の兵法」として技術的には精妙さが追求されるようになる。」

論評
戦国末期に萌芽する「武術」はそれまでの戦技とは異なり、流儀を形成して教育、すなわち師匠から弟子へと伝えられていく性質のものに昇華した。
護身用のたしなみという一面はあったのかもしれないが、太平の江戸時代における武術の眼目は、あくまでも平戦両用のための心構え、すなわち「武士の教育」にあった。
護身とは一体、だれから身を護ることなのだろうか。
護身のために日常所持することのない弓術や槍術を修行するのだろうか。
戦国時代に戦場で行われていた武技は「武術」ではない。
「素肌の兵法」なる言葉の嚆矢はどこにあるのだろうか。

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このような鎧組討の戦技はヨーロッパで古くから発達した。しかし、ヨーロッパには日本のような「武術」はない。
戦技と武術を一緒くたにするような浅薄な認識でこのような解説本を著すべきではない。
by japanbujutsu | 2014-03-27 11:03 | 武術論考の部屋 Study
『柔道にはなぜ黒帯があるの?』の間違い訂正 8

Q20 柔道の創始者といわれる嘉納治五郎は、なにをもとにして柔道を考案したのですか。

■解答
技の難易度による段階的な指導法を採り入れ、それを段級位制度に結びつけた。

■訂正
技の難易度による段階的な指導法を取るのは古流の特徴であって、 講道館柔道には見られない。
柔道が大衆化したスポーツであるかぎり、技の難易度と段級位制度を結びつけるのは不合理である。講道館柔道の昇段制度にそのような条件は設けられていない。
以下の技には難易度による序列は存在しない。全てが並立である。

■投技 (67本)
手技(てわざ)(15本)
腰技(こしわざ)(11本)
足技(あしわざ)(21本)
真捨身技(ますてみわざ)(5本) 旧五教の技 明治28年制定(42本)
横捨身技(よこすてみわざ)(15本) 五教の技 大正9年改正(40本)

■固技 (29本)
抑込技(おさえこみわざ)(7本)
絞技(しめわざ)(12本)
関節技(かんせつわざ)(10本)





 
by japanbujutsu | 2014-03-25 17:43 | 武術論考の部屋 Study
『柔道にはなぜ黒帯があるの?』の間違い訂正 7

Q19
技は何種類ぐらいあるのですか。また、一番最近開発された技は何ですか。

解答(部分)
明治末から大正期にかけて、旧制高校や専門学校の対抗試合が盛んに行われるようになると、短期間で上達の見られる固め技が発達し、「崩れ四方固め」、「縦四方固め」、「膝関節十字固め」、「三角固め」などの新しい技が生み出され、投げ技から固め技への連絡変化の方法が開発されました。また、同時にそれまでの武術的な観点はこれによって薄められ、柔道の競技化が一歩進められたのです。

訂正
固め技は、西日本の古流柔術では乱取りの重要な要素として、江戸時代から盛んに修行され、それらの古流柔術家によって旧制高校で指導された。明治末まで固め技が不十分であったというのは、講道館柔道から見た狭い見地である。投げ技から固め技への連絡変化の方法も、讃岐の無双流や岡山の不遷流では講道館の設立以前から深く研究がなされている。

以下の写真は不遷流柔術の雄、田辺又右衛門が大日本武徳会柔術形制定に当たって演じたもので、そのまま講道館にも採用された。これらの乱取りにおける固め技は、資料で考査すると、その嚆矢は明らかに幕末まで遡ることができる。

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by japanbujutsu | 2014-03-23 17:18 | 武術論考の部屋 Study
『柔道にはなぜ黒帯があるの?』の間違い訂正 6

Q18 柔道場に神棚があるのはなぜですか。

解答
江戸時代の道場には神棚や神殿をまつることはなかったようですから、明治維新以後、明治政府によって神道が国教化されていく過程でこうした風習が一般化されたと思われます。

訂正
この解答は全くの誤りである。
神道が国教化される以前、すなわち武術創世期から江戸時代を通じて、武術と神道との強い結びつきは諸賢の知るところである。
問題の道場における神棚の一件は、信州上田藩の武芸稽古所の記録に、

「文久二年正月十八日建御雷命、経津主命、建御名方命の三柱の神を祭て武神となし、毎年一月開校の日を以て其祭典を執行し、此日には諸生に神酒を頂戴させることとした」

とあり、また岡山県にある竹内流道場は江戸時代中期の建築であるが、立派な神棚が祭られている。

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写真は竹内流道場。
by japanbujutsu | 2014-03-20 17:13 | 武術論考の部屋 Study
『柔道にはなぜ黒帯があるの?』の間違い訂正 5

Q12 「当て身」と呼ばれる技には、どんなものがありますか。今、試合で禁止されているのは、なぜですか。

解答(部分)
柔術の諸流派が伝統的な技法を守ることに終始し、その閉鎖的な体質から脱却できず、時代から取り残されていったのに対して、その後柔道が近代的な競技スポーツとして、国際的に発展することになる要因でもあったのです。
(※この解答はその一部分であり、質問に対する直接の解答部分ではありません)

訂正
教授法が閉鎖的で、マスプロが不可能なのが日本の伝統文化の一大特徴であり、これが人間形成を重んじた段階教授法の骨子をなすものである。柔道の発展は、この伝統的な骨子を崩したスポーツと同質の競技人口の発展であり、それは武術としての本質的な面から見れば、何ら発達していることはない。

今、海外、特に伝統文化に造詣の深い人たちの多いヨーロッパでは、武術すなわち競技武道ではない古武道が成人の間で大人気である。

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写真は天道流杖術を修行するルーマニアの有志(I.S.B.A.セミナー)
by japanbujutsu | 2014-03-17 21:41 | 武術論考の部屋 Study
『柔道にはなぜ黒帯があるの?』の間違い訂正 4

Q7 段位(級)の制度は、どのように変遷してきたのですか。

■解答(部分)
このような教授法やそれにもとづく段階制度は、武家の社会で発展してきたもので、武士の存在しなくなった明治維新以後の社会の現実にはそぐわないものとなっていったのです。

■訂正
これは東京に限って言えることで、日本全体の動向としては不適切な見解である。地方では藩の消滅によって明治期には急激に門人が増加している。決して古流の教授法が社会の現実にそぐわなかったのではない。もしそうだとすれば、同じ教授法・稽古法をとった茶道・華道・日本舞踊も消滅したに違いない。

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写真は、広島県坂町八幡神社に掲げられた渋川一流柔術の奉納額。明治期には狭い村に稽古場が数か所あり、どこの稽古場も門人であふれていた。
by japanbujutsu | 2014-03-15 17:02 | 武術論考の部屋 Study
『柔道にはなぜ黒帯があるの?』の間違い訂正 3

Q6 現在のような柔道着は、いつごろから使われるようになったのですか。いつから白に決まったのですか。

■解答
江戸時代には刺し子の上衣に袴という、今日の剣道や合気道に見られるような稽古衣を使っていました。それは武士が修行すべきいくつかの武芸の一つとして柔術があったわけですから、どの武芸の稽古でも、同じタイプの稽古衣が使われるのが当然でもあったのでしょう。講道館以前の柔術にも、初心者には股引を袴の変わりにはかせて稽古することもあったようですが、それは足の動きがよく見える方が、教える側にも学ぶ側にも都合が良かったからだと考えられます。(中略)色についての規定は当時から今日まで特別に定められていません。

■訂正
江戸中期からは、柔術には乱取りに耐えられる特別の丈夫な稽古着が使用されている。どの武芸でも同じ稽古着が使われたというのは間違いである。剣術と柔術では稽古着はまったく異なる。これは現在の柔道と剣道の稽古着が異なることを見れば容易にわかることだと思うのであるが。
初心者には股引を袴の代わりにはかせたというのも間違いで、師範であろうが初心者であろうが乱取りの稽古の際には袴を用いなかった(流儀による)。
「初心者には股引を袴の変わりにはかせて稽古」とあるが、これでは袴の下に股引をつけていなかったという文意になる。袴は股引の上に着けることは大原則である。
色は規定がなくても講道館では「白」という不文律があった。なければなぜ国際柔道で「ブルー柔道着」が採用されたときに、日本はあんなに反対したのだろうか。何色でもいいのであれば要らぬ抗議だったのではないのだろうか。
初心者に股引をはかせるのは足の動きがよく見えるため、というのも大きな間違い。単に動きやすいという理由だけである。

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これは江戸時代の柔術の稽古の様子を描いたものであるが、刺し子の稽古着の襟には「あんこ」がいっぱい詰まっており、このような稽古着は他の武術では使用しない。
by japanbujutsu | 2014-03-13 17:56 | 武術論考の部屋 Study

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