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国際水月塾武術協会 International Suigetsujuku Bujutsu Association

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本会が伝承している武術流派と古武道全般の技法・歴史・文化などを解説します。文章・記事・写真の転載は固く禁止します。

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ドイツ クロナッハセミナー 2014

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by japanbujutsu | 2014-07-30 20:02 | 演武会・講習会 Seminar
柔術と剣術のすすめ

武術の稽古では実際に敵を殺傷できないので、自分の技術が実戦で有効かどうかを確かめることはできない。
武芸は武士の教養であり、文化であり、体育であるから、実戦よりも形式を重んじて然りである。
しかし、武術の本質が「技術」である以上、有効性を求めるのはあながち間違いでもない。

居合に「試し斬り」というのがあるが、所詮藁は動かない。だからそれを技術の稽古だと勘違いしてはならない。刀の切れ味を試しているだけである。敵が動いていれば、使いものにならない試し斬りばかりである。それは武術の本質とはまったく関係がない。早く抜く稽古は模擬刀でもできる。
試し斬りは人に見せるものではないと思う。むしろ誰もいない場所でするのが本意ではなかろうか。

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                江戸期の試し斬りの様子を描いている珍しい文献(『一掃百態』)


ところが柔術は実際に技ができないと形にならないのである。だから効力が敵に直通するわけである。理論にしたがって技術を駆使しないと敵を倒すことができない。あらゆる武術が受身の稽古をすべきだと思うが、受身を稽古するのは、実際に倒れることが多い柔術だけである。
柔術は身体や力の使い方を学ぶのに最適な武術である。技がかかると痛いし、怪我だって茶飯事である。これを恐れていて稽古はできない。
柔術は力の入れ方(力学)や技を掛ける角度・速さ(物理学)を学ぶ、身体表現文化でもある。
武器術しか稽古していない人たちには、柔術を学ぶべきである。

また、柔術しか興味がない者もダメで、武士の稽古事である以上、少なくても剣術か居合のどちらか一つでも学ぶべきではないだろうか。古い時代の武術の多くは総合武術であったため、一つの流儀で何でも修行できたが、今では単科の流儀が多くなってしまった。

酷い場合には、他の道場に入門したら「破門」だという。
武術が本当に好きな者は複数の道場に「学ぶべき」だと私は思う。
他流を学ぶことで、それまで自分が学んできた武術に関する見識が深められることは間違いない。
by japanbujutsu | 2014-07-28 17:22 | 武術論考の部屋 Study
趣味にはカネをかける

どんな趣味もそれを極めようとするとカネがかかる。
逆に言えば、カネをかけなければ高尚な趣味は成立しない。

まずは道具類。
居合刀を例にとると、入門したての頃は、とにかく抜き納めができればいいと思って2~3万円のものを買う。しかし、初段になるころにはその刀では見栄えがしなくなる。技相応に刀もいいものが欲しくなる。そこで4~5万円のものを購入する。しかし、道場でも古株になってくると、後輩が同じレベルの刀を使っているため、今度は8~10万円の刀が欲しくなる。これは当然の成り行き。
4~5段になるころには、いろいろな大会に出場し、高段者が使っている雅やかな刀に見劣りする自分の刀に飽きてきて、結局古拵えの真剣を入手することになるのである。
筆者は最初に購入した刀が4万5千円。学生時代に影山流を学んだときに購入した。今は門人に貸してある。

稽古用道具では例えば木刀。流儀には江戸時代からの規格が必ずある。こうしたサイズの規定がない流儀や古い道具類が残っていない場合は、戦後の創作武道である可能性もある。
ある流儀の稽古を始めたら、その流儀の道具類を特注して、揃えないといけない。市販の木刀で代用していたり、師範から借りて稽古をしているようでは流儀を学ぶ資格はない。これは肝に銘じてほしい。

そして稽古着や演武用着物。
今では稽古着にもいろいろな種類があって、選択に迷うほど。着物もできれば化繊ではなく正絹を購入するべきである。化繊など江戸時代には存在しないのだから。家紋も最初は刺繍であっても、その次には染め抜きが欲しくなる。

生活に余裕のない者は趣味をもたない。
趣味のない日本人が多いのはエコノミック・アニマルを表彰している現象だろうか。
娯楽と趣味を混同している者がいるが、要するに所詮日本人の余暇に対する意識はその程度なのである。
娯楽は遊び、すなわちそのときどきを楽しむだけで、その先に目的・目標がない。趣味は精神生活を高揚させるために行うもので、文化的要素を伴い、ゲーム性がない。

今の多くの日本人は長い修行を要する稽古事にまったく興味を示さない。即席で遊べるものしか手を出さないので、人間形成などという言葉にはほど遠い低次元の世界。
今やヨーロッパ人こそが、長い修行を要する日本の伝統文化に興味を示している。即席で仕上がるモノには価値を見いだせないからである。

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写真は念流の稽古の様子。面・小手・袋撓、すべて流儀のオリジナルである。古流はこうでなければダメ。
by japanbujutsu | 2014-07-26 17:09 | 武術論考の部屋 Study
再考 古流武術に宗家はない


武術に宗家がない(あり得ない)ことは、機会がある毎に力説してしているが、未だに古流の世界には「自称宗家」が蔓延っている。全日本古武道協会(古武道の歴史・本質をまったく把握していない)がそれを是正しないのだからどうしようもない。

江戸時代、実質的に宗家制度を敷いていた流儀は、筆者の知る限りでは江戸に稽古場を構えていた天神真楊流柔術、森戸系浅山一伝流武術、それに北辰一刀流兵法の三流儀くらいであろう。これらの流儀は参勤交代で江戸に滞在する諸藩の武士に武術を教えたので、一門を統率する必要があった。

江戸で免許皆伝を得て、帰藩してから武術を教えることはできたが、自分で弟子に免許を出すことはできなかったのである。北辰一刀流も関東を中心に全国各地で指南されたが、目録までは各稽古場(現在で言う支部)で発行できても免許は江戸の千葉家に申告する必要があった。

天神真楊流には「家元議定書」があり、免許を得て師範になった者が、弟子を受け入れて指南する場合の規則が詳細に決められていた。当然のことながら、家元すなわち磯宗家にしか免許発行権がなかった。
 森戸系浅山一伝流がもっとも早い時代から宗家制を敷いていたと思われる(現在、森戸系以前に宗家制を敷いていた流儀は確認されていない)。その証左として、各地で確認できる森戸系浅山一伝流の伝書(巻物=巻子本)は装丁・筆跡が皆同じである。

しかし、武術の体質からみて武術流儀に宗家制度は定着せず、天神真楊流柔術では幕末に早くも違反者が続出している。これらの者で磯家にその行為が発覚した場合、即刻その者は破門となり、伝書はすべて没収された。

同じ流儀に複数の道場が存在し、それぞれが異なる師範系の場合、流儀を統率する権利はどこの師範にも存在しない。ましてや流儀名を商標登録するなど言語道断の所業である。 何度も言うように、武術は完全相伝を前提としているので、免許を得た者は独自に弟子を受け入れ、独自に免許を発行する権利を与えられる。諸藩が独立していたために武士の世界では宗家を作ることは実質的に不可能であり、意味のないことであった。

宗家を名乗っても何の利もない。古流はあくまでも「師範」であってほしい。
by japanbujutsu | 2014-07-24 17:56 | 武術論考の部屋 Study
『大正武道家名鑑』を見る 2-2

剣道教士の部の2回目。

天自流  小堀休忠  名古屋市
直清流  原 吉雄  丸亀市
心影流  中尾直勝  大分市
関口玉心流  朝倉廣太  岡山県
田宮流  松浦仙太郎  愛知県
新天流  上遠野秀忠  秋田県
柳剛流・神免正伝流  福留矢太郎
井蛙流  松田秀彦  鳥取県
浅山一伝流  梅田悌吉  三重県




雖井蛙流平法
by japanbujutsu | 2014-07-22 17:59 | 武術論考の部屋 Study
『大正武道家名鑑』を見る(2-1)


今回は剣道教士の部から珍しい剣士を採り上げる。

兌山流  河島角摩(鳥取)
津田一伝流  宗重遠(福岡) 
融和流  浜島重軌(名古屋) 
戸田流  納富教雄(佐賀)
小栗流  都賀田茂穂(金沢)
水野一伝流  柿田信行(金沢)
四天流  井上藤十郎(熊本) 
新当流  伊奈盛高(松山) 
績川一刀流  猿田東之助(千葉)

納富教雄
肥前国小城郡西川(現在の佐賀県小城市)に生まれる。納富家は小城藩の武術師範の家系で、代々五郎太夫を名乗った。教雄が明治30年(1897年)7月に建碑した石碑によれば、五郎太夫は真之乱流組打・真之乱流棒縄術・戸田流剣術・真之乱流二刀・根岸流長刀の九代師範とある。納富家の稽古場での他流試合で殺してしまった者を葬ったという「鬼塚」が現在も残る。


猿田東之助
小見川藩(下総国香取郡)に生まれ、5歳から父猿田源八とともに岡野道矩に積川一刀流剣術を学ぶ。
1885年(明治18年)、千葉県看守を務め、その後警視庁小松川警察署撃剣世話掛を経て、宮内省皇宮警察長小笠原武英の招きで皇宮警察に移籍。身長5尺(約150cm)と小柄であったが、早業で「猿田彦」の異名をとる。

残念なことに、今回紹介した流派はすべて失伝している。
by japanbujutsu | 2014-07-20 17:31 | 武術論考の部屋 Study
『大正武道家名鑑』を見る(1)

これからしばらく『大正武道家名鑑』を見ていきたい。武種は剣道・柔道・槍術・居合術・薙刀術の順とする。
特に古流関係、そして現在失伝してしまった流儀、現在まで伝承されている流儀などを抽出して紹介していきたいと思う。
もしかすれば、本書に掲載されている武道家の弟子、あるいは孫弟子がまだ健在である可能性もないではない。
そんな期待を込めながら情報を提供していく。

まずは剣道範士の部から。

【剣道範士】
◆北辰一刀流   内藤高治 門奈正 小林定之
◆小野派一刀流  高野佐三郎
◆直心影流  富山圓 木村敷秀 矢野勝治郎 永井利胤
◆新蔭流  二宮久(長州藩藩校明倫館伝)
◆鞍馬流  柴田衛守
◆鏡心明智流  秋山多吉郎
◆浅山一伝流  浅野一摩
◆水府流  佐々木正宣
◆無外流  高橋赳太郎
◆神道無念流  中山博道 奥平鉄吉

以上の中で、失伝したのは二宮の新蔭流、鏡心明智流、浅野の浅山一伝流、水府流、無外流である。
鞍馬流は多くの伝を失っているが、僅かな形を残している。
また、現在の無外流は居合を主とし、自鏡流の流れを汲んでいるもので、この当時の剣術流派とは別物である。
これらの剣士は大日本武徳会に籍を置いた者たちで、皆剣道を行っていた。
当時の剣道家は当然のことながら古流を併修しており、剣風にも少なからず特徴があったと伝えられている。

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秋山 多吉郎(左写真)は旧姓は桃井、剣術は鏡新明智流剣術、柔術は真道弥生流および天神真楊流を極め、柔道は教士号を所有していた。現在、剣道と柔道の両方を稽古している者は皆無であろう。
by japanbujutsu | 2014-07-18 17:53 | 武術論考の部屋 Study
撃剣の組討

現在の剣道が撃剣と呼ばれていた明治初期までの時代、その技法の中に「組討」があった。

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剣道は基本的に体重制を採らないため、組討になると軽量の選手は明らかに不利になる。
だから、明治時代に大日本武徳会が剣道の統一ルールをつくったとき、組討はその技法から削除されてしまった。剣道が武術からスポーツになったのである。もちろん、これにはメリットもデメリットもある。

わが水月塾では日本柔術課程に組討があり、実戦に即応できる技を稽古している。この技は気性の快活なハンガリー支部国で非常に人気がある。

ちなみに剣道と野球はヨーロッパではまったく人気がない。
by japanbujutsu | 2014-07-16 17:12 | 技法研究の部屋 Skill
直心影流長巻 jikishinkage ryu nagamaki

今回も『武道図解秘訣』から長巻(長刀、薙刀)の形を紹介する。
男薙刀で図解されているところが非常に興味深く、考証の参考資料としても有益である。
図解されている形は九手を連続して行う非常に見事な技で構成されている。

「礼法」
四間半の間合いから双方進み、長刀と木刀を十文字にして置いて一礼。

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「鐺り返」
長刀は右足を進め、右手に鐺を後ろに床に着くようにして提げ、切先は前に刃を下にして構える。
木刀は正眼。

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「腹切」
長刀が柄尻で太刀を下に押さえつける。
木刀が上段にとるのを、長刀は左足を進め、右脇腹を刃部で切る。

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「片手上段」
木刀は右足を引き袈裟に受ける。
長刀は両足を揃えて上段にとり、左足を引いて真っ向に打つ。
木刀は両足を揃えて木刀を立てて、長刀を受ける。

「明門砕」
長刀は左足を出して陰嚢を鐺で突く。
木刀は右足を引き、太刀で左より右に払う。

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「横面切」
長刀は再度右足を進めて木刀の左面を切る。
木刀を立てて両足を揃え、受ける。

「裏手返」
長刀は左足を引いて今度は右横面を切る。
木刀は立てたまま右に返して受ける。

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「八艘」
長刀を下げて後方に三、四歩下がる。
木刀を上段に構えて、三、四歩出る。
長刀を体前に立てる。
上段のまま構える。

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「車切」
左足を踏み込み、木刀の右足を切る。
木刀は右足を引き、受け止める。
長刀は右足を出し、木刀の左足を切る。
木刀は左足を引き、受ける。

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「兜割」
長刀は振りかぶり真っ向に切る。
左足を少し引き上段。
切り込む長刀を体をかわして切先を木刀で押さえる。

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このような優れた形は、道場で研修することをお勧めする。
by japanbujutsu | 2014-07-13 17:05 | 技法研究の部屋 Skill
立見流刀抜

『武道図解秘訣』から今回は「立見流抜刀」を紹介する。

正確には「立身流」であるが、明治期の書籍だから仕方がない誤植である。

藤井熊蔵という人が教授した形である。

形の名は「急に掛られ」(細道)。

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① 敵が上段から切るのを刀を柄ごと抜き上げて鍔で受ける。
② 右手で敵の八つ口(脇の空いている部分)を掴み、右足で陰嚢を蹴る。
③ 八つ口を下へ引き落とし、抜き打ちに切る。

立身流は現存しているが、この形は残っているだろうか。
随分と変わった想定である。
by japanbujutsu | 2014-07-11 17:59 | 技法研究の部屋 Skill

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