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国際水月塾武術協会 International Suigetsujuku Bujutsu Association

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本会が伝承している武術流派と古武道全般の技法・歴史・文化などを解説します。文章・記事・写真の転載は固く禁止します。

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柔道着は下着スタイル The judo wear is underwear-style

The very shameful figure which lost aesthetic sense

柔道が戦後、完全に武道からスポーツに変容し、小さい者は大きい者に勝てなくなった。
明治時代にすでにスポーツ化していた柔道は、その服装も軽快さを求め、武士の正装から紋付き袴を除いた下着姿を採用した。

和服(着物)の下着姿
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裸で行うレスリングやボクシングよりはまだ少しはましであるが、美的にはまったく優れていない。
むしろ非常にはしたない格好である。

下着姿になった明治時代の柔道着。下衣は半股引のパンツである。
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その柔道の下着スタイルを真似した空手着にいたってはさらに滑稽になってしまった。
武道は武士の文化である。それを無視して排除したものは武道ではない。
小さい者が大きい者に勝てないのも武道ではない。
今、中学で指導している柔道は武道ではない。スポーツである。
文部科学省の日本文化に無知な連中が作った指導要領はウソ800の羅列である。
中学で柔道を習って柔道が好きになる生徒なんかいるわけがない。
ほぼ全員がこんなもの二度とやるもんか、と思う。
柔道着はださいし、臭い。
冬は裸足で足が凍り付くほど寒い。
武士の武術は芸術であり、薫り高き文化である。
芸術性(美的感覚)が皆無で文化性のかけらもない柔道をどうして武道とよべようか。
政府のお役人さんたちは、もっと日本文化を勉強して、正しい武道教育がなされるように国を変えていかないといけませんね。

幕末から明治初期にかけての柔術の稽古では袴を着用している。
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by japanbujutsu | 2014-11-30 17:21 | 武術論考の部屋 Study
不伝流居相(居合)の「忍太刀」 Shinobi no Tachi 

『武芸流派大事典』によれば、浅山一伝流に忍法があるとあり、長年気に留めていた。

筆者が調べ尽くした限りでは、そのような資料は皆無だからである。

浅山一伝流には薬法があり、これを事典の著者綿谷氏が早合点して忍法と結びつけたものと思われる。

武術と忍法は根本的に異なるものであることをまず承知する必要がある。

さて、今回の資料は、その浅山一伝流の分派である、松江藩伝不伝流居相の伝書で、その中に「忍太刀」の項目があるというから、早速入手してみた。

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すると不伝流でいう忍太刀とは 「脇指居相」 であることがわかった。
脇指居相は間の近い場合の技で、敵が動いても、動かなくても、先々の先で勝つことを教えた。
これは「鞘の中の勝」と称して、抜くやいなや敵をを二つに斬るという教えである。
これを不伝流では居相の根元であるといっている。
そして、この剣こそが「忍太刀」そのものであると。
そこでは、抜打の突身も抜付と同じであるという。

奥の深い教義である。

詳しい考察は日本武芸新聞 『水月』 にて連載していく予定。
by japanbujutsu | 2014-11-28 17:14 | 秘伝書の部屋 Secret densho
正しい据物斬の姿勢

古流武術を伝承する現代人の形における姿勢が、江戸時代の武術家のそれとはまったく異質なものになってしまっていることを知る人は少ない。

筆者自身、正しい姿勢がわかっていても、まったくそのとおりに演じることができない形もいくつかあり、もどかしさを感じている。

刀を正眼に構えて左足の踵を浮かせたり、四股立ちになって爪先を前に向けたりするなどは、古流においては完全にタブーである。

明治中期以降、竹刀剣道で両足の爪先が前を向き、歩幅を狭くして踵を上げるようになったのは、剣道の技法から臑切りと組討が排除されたためである。すなわち攻撃箇所が上半身だけになったことと、投げ技や足搦みの技が消えたためである。現在の剣道の構えは、まさに現行のルールが生み出したものといえる。

空手も同じである。形では絶対に踵を上げてはならないのであるが、試合ではピョンピョンと跳ねて踵を上げている。形での突きは「突き放し」であるのに、試合では「突き戻し」としている。本来の空手が有している武術的体動や理念は、試合ではまったく活用されていない。試合は武術を蔑ろにする、とはまさにこのことである。
だから本場の沖縄では、古来からの伝統を固持している流派・道場は絶対に全国組織には加盟しない。

さて、話はそれたが、今回は制剛流居合における据物斬の体動姿勢を見てみたい。

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画像のように、両足の爪先は大きく左右に開いている。

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そして、下腹を大きく前に突きだしている。

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現在、試し斬りを見る機会が多いが、このような姿勢で斬っている人を見たことがない。
斬ることぱかりに夢中になって肝心要の姿勢の口伝を受けていないことがわかる。
by japanbujutsu | 2014-11-26 17:48 | 技法研究の部屋 Skill
八光流初代宗家奥山龍峰

八光流初代宗家の奥山龍峰吉治が大東流合気柔術を松田敏美に学んだことは広く知られている。

しかし、山形から上京して中澤流神伝護身術を学んだことはほとんど知られていない。

しかし、八光流各段の技法、教授システムを見ればわかると思うが、大東流よりもむしろ中澤流の影響の方が強い。

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ここで紹介する写真は中澤流の道場があった愛国神武会本部で撮影されたものであるが、開祖中澤蘇伯(前列中央)の右の人物は明らかに壮年時の奥山龍峰である。
by japanbujutsu | 2014-11-24 17:21 | 中澤流護身術 Nakazawa ryu
鷲尾流柔術の一本背負投

鷲尾流は鷲尾春雄柳藤斎(一に柳風斎とも:写真右)が真蔭流の今泉八郎に学んで明治期に開創した新しい流儀である。

上京して牛込に稽古場を開いたが、後に浦和警察署の師範になり、浦和に振武館を設立した。
平成の初めまで伝承者がいたが、現在も伝えられているかは不明である。

柔道の技法が混在しているかもしれない。

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写真は一本背負投であるが、腕の内側から入り、右肩に敵の右腕を乗せているので、これも柔道と同じである。
ただ、敵の脇腹に背を附けているのは、敵を大きく投げるためで、これは古流の趣を残している。
by japanbujutsu | 2014-11-22 17:38 | 技法研究の部屋 Skill
柳生流兵法抜刀術(制剛流居合)のこと

新陰流の修行者にもほとんど知られていない、新陰流(柳生流)の優れた研究書に『日本剣道及び刀剣』(萩尾孝之著)がある。

本書の第二章には尾張柳生に伝えられた制剛流居合が「柳生流兵法抜刀術」として写真入りで、また試斬についても詳細に解説されている。

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解説に真心流居合や関口流(柔新心流)居合の影響を受けたと書いているが、技法を見る限りにおいては影響はほとんど見られない。

戦前に発行されたため、全日本剣道連盟制定居合の影響を受けておらず、古流の真の居合を知る上で大変に貴重な本である。

また、本書の後半部分には、刀剣に関する簡潔な解説があり、武術を修行する者には大変参考になるテキストとなっている。

現在、公開されている柳生流(新陰流)居合は各派でかなり趣が異なっているが、転会系の居合がこの本で解説されている技法に近いと感じた。

門外漢なので、これ以上の解説は控えたい。
by japanbujutsu | 2014-11-19 17:43 | 技法研究の部屋 Skill
民弥流居合の対甲冑技法 3

今回も民弥流の古伝書からその技法を紹介する。

具足着して刀抜様
左の腰を張出して刀の柄を持、右の手を上の方へすらすらと抜也。如此しては大ていの刀もぬくる也。三四尺もある刀は中取をして抜へし。他流の如鞘よりぬきはなす処にて切付て勝と云事は徒膚の時の事なり。敵も六具を固めれは、抜討に切取るはなき者也。此理を知て居合の術古今の違を可考。


この記述が簡潔明解に説いているように、居合の抜き打ちで甲冑武者を斬ることなど不可能なのである。無知な現代人が「甲冑居合」(酷い場合には「介者居合」などという造語を使ったりしている)などと称して平服で演武している姿は何とも奇妙である。

繰り返し言うように、これはかつて民弥流居合に伝えられていた口伝であり、居合そのものの技法ではない。
馬上や白兵戦において太刀で戦う場合の心得を説いたものである。

今回は臥して敵の太刀を受け、敵の内冑(兜から覗く顔面)を突き上げる技法図を掲げる。

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まさに鎬を削る戦いである。
by japanbujutsu | 2014-11-17 17:38 | 秘伝書の部屋 Secret densho
民弥流居合の対甲冑技法 2

今ではまったく知られていないが、民弥流居合の甲冑伝に「明身之突」というのがある。

甲冑の胴の部分に「明身」という横一文字の緩い隙があり、ここを突き込む技法のことである。

敵が打ち込む刀を左手で受け止め、右の片手で突く。

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鎧通しで突くべきではあるが、ここではあくまでも「太刀」である。
by japanbujutsu | 2014-11-15 17:08 | 秘伝書の部屋 Secret densho
民弥流居合の対甲冑技法

富山から加賀にかけて伝承された居合に民弥流がある。

その教義のなかに甲冑伝がある。

もちろん、居合の抜き付けで倒すような非現実的な技ではなく、抜いてから斬り、突く技であり、どちらかといえば剣術的な指向が強い。

たとえば、今回、古伝書から紹介する敵の目を突くような技法がそれである。

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刃を上に向けて中取りで突く。

力信流や荒木流にも存在する技法である。

このような甲冑装着技法は江戸時代になっても心得、すなわち外物之事として伝えられた。
by japanbujutsu | 2014-11-12 17:48 | 秘伝書の部屋 Secret densho
陳元贇のこと

ここに良移心頭(神当)流の伝書がある。
流祖福野の前に、
「神当柔元祖大民国陳元贇 慶長年中来朝」
とある。

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陳元贇が日本武術の技術に対して与えた影響は皆無であることは論を待たない。
第一、中国には靴を脱いで座敷に上がる習慣がなく、座敷に座る習慣もない。帯に刀を差す習慣もない。

影響を与えたとすれば、それは中国思想であろう。
by japanbujutsu | 2014-11-10 17:50 | 武術論考の部屋 Study

by japanbujutsu