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国際水月塾武術協会 International Suigetsujuku Bujutsu Association

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本会が伝承している武術流派と古武道全般の技法・歴史・文化などを解説します。文章・記事・写真の転載は固く禁止します。

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北辰一刀流真実史

北辰一刀流は幕末期に全国に流伝したが、その正統が昭和の御代まで残り、平成の現在にまで伝承されているのは水戸藩伝ただ一つである。
わが甲斐国は天領であり、幕末の剣術は北辰一刀流一色になったが、最後の伝承者は皆、昭和初期に黄泉の客となり、流儀は悉く絶した。
水戸藩以外の他藩もほとんど同じ状況である。

北辰一刀流では刀身二尺三寸、柄八分の木刀を用い、鍔や反りに至るまで詳細に伝えられた。
水戸藩伝では「一つ勝」 から始まる表組の形を古伝の通りに稽古している。

北辰一刀流では剣術の他に居合や薙刀を併伝したが、総元締めの玄武館ではこれらの武術を教授した形跡はない。
居合は北辰流居合と称し、坐四本、立四本、抜構三本で、これがすべてである。
薙刀は長刀兵法と称し、桶町千葉道場で指南された。
これも甲斐国に伝承されたが、維新後に絶え、千葉佐那の死を以て桶町千葉道場の名跡も消えた。
坂本龍馬の有名な長刀兵法の伝書は、義理伝授であろう。

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龍馬は千葉重太郎から学んではいるが、稽古はもっぱら玄武館でしていたと思われる。

これらの居合と薙刀が維新後に相伝された形跡はない。

また、玄武館の名跡は、無刀流千葉長作(千葉周作の息子、東一よりその武門を継承)が継いだが、彼を以て玄武館の正統は世から消えた。
by japanbujutsu | 2015-09-30 17:36 | 武術論考の部屋 Study
心正則剣正 身直則剣直

関口流抜刀駿河館道場に第十四代師範青木規矩男直筆による 「心正則剣正 身直則剣直」 の額と掛け軸がある。

今回は額を紹介する。

心正則剣正 
身直則剣直


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心正なれば剣も正なり。
身直なれば剣も直なり。

青木先師の心が書から滲み出ている。
この書を道場に掲げ、青少年を厳しく教育したという。
青木が七十二歳のとき、亀谷師範に贈られた書。
その両側には短冊に書かれた武蔵の歌と居合の極意歌が添えられている。

青木先師の名は「規矩男」、号は「鐵心」。
心も身も名前も号も全部真っ直ぐ、曲がったことを良しとせず、まさに鉄のごとき人であった。

関口流抜刀一本目「抜打先之先身之金之事」の術と理は正に青木先師の言葉そのままの業前である。
形の最後に行う上段横一文字の残心構えは身体を垂直に保ち、胸を張る。

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決して上体が前傾してはいけない。

青木規矩男から関口流抜刀の正式な免許皆伝(仮にこれを完全相伝という)を受けたのは亀谷鎮、清長忠直、木原竹義の三氏だけであり、その他の弟子は同じ免許皆伝でも「一般相伝」だあったと思われる。
後に伝統の業前を変革して容易な動作にしてしまった会派があるのは残念である。
by japanbujutsu | 2015-09-28 19:45 | 関口流抜刀 Sekiguchi ryu
両分銅鎖とその袋

前回の続きとして、今回は両分銅鎖を入れる袋を紹介する。

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この袋に入れないで稽古をすると、実際に相手の腕に絡めた場合など、その皮膚を傷つける恐れが多分にある。
袋に入れることによって鎖に皮膚が挟まれることがなくなり、また操作が非常にスムーズにできる。
これを裸のままで携行すれば、当然衆人の目につくわけで、これは常識で考えても携行法として誤りであることがわかる。

袋にいれた両分銅鎖は鎖が袋の中で移動しないように分銅の付け根を縛る。
これを腰帯に挟んでおき、いざというときにはサッと引き抜くことができるようにしておく。

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武術の本家である日本の武術家が正しい知識を持たず、また正しい稽古法を知らないから、誤った日本武術が世界中に蔓延している。

師匠から教えられたことを正しく伝承することが第一ではあるが、さらにしっかりと故実を文献から学び、誤りや矛盾はわれわれの世代で江戸時代の正しい姿に復古していくこともまた重要なことである。
by japanbujutsu | 2015-09-26 17:13 | 武具の部屋 Arms
両分銅鎖用縮緬袋

「万力鎖」として世界中に知られている両分銅鎖。
これを万力鎖とよぶのは正木流だけで、他流ではいろいろに呼ばれている。
戸田流では両分銅鎖といい、村上流では鉄鎖という。

世の中に正式な伝承として残っているのは荒木流だけであろう。
私が伝える甲陽陣屋伝捕手術にもあるが、断片的に二十数手ほど学んだだけで、もとより皆伝ではない。

そして、現代ではそれらを模した創作流儀がいくつか出現している。
明府真影流のように新流儀であることを明示すれば問題はないが、伝承を捏造するのはよくない。

それは日本武術のルネサンスと言えば、聞こえはいいかもしれないが、古伝をしっかり研究して稽古をしないと、武術そのものの存在意義をなくしてしまう。
第一、現代の世でこのような道具を使うことは法制上許されないのであって(護身と称しても現在ではこのような道具を携帯することが許されていない)、武術として道場内で稽古する以外に目的はない。
ではやはり、きちんとした伝統に則って稽古すべきである。

この道具の正しい使い方は、これを布袋(ぬのぶくろ)に入れて使用する。

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                              『柔術剣棒図解秘訣』



布は縮緬がいい。

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                              『村上流鉄鎖秘術』


袋の一部に穴を空けておき、そこから両分銅鎖を入れ、分銅の付け根を外から縛る。
これは道具を露出して衆人を脅かすのを防ぐと同時に、衣類を傷めない工夫でもある。
それは袋に入れて外出する場合、これを懐中や袖中に入れ、あるいは右腰の帯に挟んで携行するのである。
敵を捕らえる場合でも、袋に入れてあれば、擦り傷をつくらせない便もある。

道場内の稽古では剥き出しでもいいのかも知れないが、本来の使用法を心得ることは武術の稽古として必須であり、また、そうした状態で稽古をする機会があってしかるべきである。
それが本来の使い方であるのだから。
by japanbujutsu | 2015-09-24 17:27 | 武具の部屋 Arms
仙台藩伝羅漢拳の介錯 ⑤ 打首之事

打ち首は随分と粗雑である。
介錯人は袴を着けていないし、三方その他の諸道具、検使その他の配役も厳密な規定はないようである。

介錯の場合は首の皮一枚を残して切るが、打首の場合は「首落し穴」に切り落とす。

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介錯人は罪人の左後方から立ったまま切り落とす。
by japanbujutsu | 2015-09-22 17:39 | 秘伝書の部屋 Secret densho
仙台藩伝羅漢拳の介錯 ④ 袈裟切

「けさは如斯く土段え居前より打」とある。

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袈裟切は土壇に身体を据え、前から切り落とす。
右腕は杭に縛り付けておき、左肩から右腰に掛けて切る(大袈裟)。
図にあるように「大袈裟」と「小袈裟(首元から肋下)」がある。
by japanbujutsu | 2015-09-20 17:28 | 秘伝書の部屋 Secret densho
仙台藩伝羅漢拳の介錯 ③ 胴附之事

胴付は据物斬において斬り付ける胴の箇所を示すものである。
据物斬は将軍の佩刀などのために特に厳粛な儀式として執り行われた。

その方法は、地面に竹の杭を数本打ち立て、その間に死体を挟んで固定する。
僧侶、婦女、賎民、廃疾者などの死体は用いない。
死体を置き据えるときは、死体の右の方を上に、左の方を下にして、また、背中は斬る人のほうに向ける。
刀には堅木のつかをはめ、重い鉛のつばを加える。
斬る箇所は、第一に摺付(肩の辺)、第二に毛無(脇毛の上の方)、第三に脇毛の生えた箇所、第四に一の胴、第五に二の胴、第六に八枚目、第七に両車(腰部)である。
以上の箇所を斬ってその利鈍を試みる。

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仙台藩伝羅漢拳の介錯においては胴体の上部より第一に脇毛、第二に雁金、第三に乳の下、第四に大雁金、第五に一の胴、第六に二の胴、第七に車、第八に置据、となっている。
by japanbujutsu | 2015-09-18 17:01 | 秘伝書の部屋 Secret densho
仙台藩伝羅漢拳の介錯 ② 御前介錯

図は御前の場合において、脇差で介錯する場面を描いている。

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右膝を立てて切り留め、すぐに身を捻るとあり、太刀でも同断とある。
関口流では左膝を立てるので逆である。

図で見る限り、切腹人は胡座をかいている。
今後の研究に待ちたい。
by japanbujutsu | 2015-09-16 17:38 | 秘伝書の部屋 Secret densho
仙台藩伝羅漢拳の介錯

江戸時代、仙台藩に驚異の武術、十六羅漢拳が伝承されていた。
インド起源で中国を経由して仙台藩に入った必殺インド拳法で、奥の深い打拳体術を伝えた。
この拳法に介錯の伝がある。
こちらはもちろん純和風である。

伝書ではまず最初に「介錯の大事」を説いている。
伝書には「手之伝」とある。
切腹用の短刀を載せた三方を切腹人の向こう三尺五寸の位置に置く。
切腹人が左の手をつき、三方を引き寄せるところを討つ。

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伝書の絵は粗画であるが、右手を出している。
御前の場合には短刀を腹に立てたところを討つ。

討つ方法は切腹人の左の膝を曲尺に踏み込み、一の骨を見込んで討つとある。
by japanbujutsu | 2015-09-14 17:14 | 秘伝書の部屋 Secret densho
袴のこと

武士の稽古事に袴は必需品である。
袴は大きく分けて行燈袴と馬乗袴がある。
武術の稽古にはもっぱら馬乗袴を用いる。

今年から私の欧州講習会では、袴を着用していない者には参加をさせないことにした。
稽古事には心掛け・心構えが必要であり、なかでも稽古着はもっとも重要である。
空手衣や柔道衣のようなこの上なくはしたない 「武士の下着姿」 はもってのほかであり、空手ズボンにTシャツで来る者にいたっては即時退場である。
それを許してしまったらいつになっても正しい日本文化を広めることはできない。

さて、その袴であるが、明治以前の稽古の様子を表した絵図を見ると、随分と丈の短い袴を着用している。
大抵は踝より上であり、七~八分丈になっている。
今の人たちの袴は概して長すぎる。
袴は自分の身長の一つ下のサイズを購入するのがいい。
天神真楊流柔術の明治時代の形用袴は丈が短く、ズボンのように細い。
現在、躰道で使用しているような袴である。
ここに示した図の袴は桜が染め抜きされている。

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また、現在市販されている袴は股立が非常に小さいが、明治時代までの袴は股立が膝のすぐ上くらいまで大きく空いており、股下の浅い作りであった。
欧州へ行くと、わが協会員以外の者たちは、誰一人として袴を正しく着用している者がいない。
武術は技だけを学んでいればいいというものではない。
by japanbujutsu | 2015-09-12 17:15 | 武術論考の部屋 Study

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