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国際水月塾武術協会 International Suigetsujuku Bujutsu Association

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本会が伝承している武術流派と古武道全般の技法・歴史・文化などを解説します。文章・記事・写真の転載は固く禁止します。

九字護身法

武術と真言秘密、九字護身法の関係については拙著で詳しく説明しているので割愛する。

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要は九字を切り、神仏の加護によって災厄を祓い遠ざける護身のための修法として武術の奥伝に採用されたものである。

筆者が学んだ流派の中では、柳生心眼流の奥伝に九字之大事があり、その伝授も受けたが、未だ修行も不完全であり、また筆者自身、このような神秘秘伝の修法を好まず、その効用について信用していないため、筆者の代では教授をしていない。

元より武術の本意とは異質の世界であるから、技術を真面目に修行する者には全く必要ではないと考えている。

ここに紹介する伝書は図入りで優れている。外国の支部に密教が好きな会員がいるので、差し上げたいと思っている。

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この伝書には十四の結印図が描かれ、また「九字三段之伝」の解説がある。

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# by japanbujutsu | 2013-06-20 20:52 | 秘伝書の部屋 Secret densho
柔道の創始者は嘉納治五郎ではない!

柔道とほとんど同質の乱取りは、すでに江戸中期には行われていた。

嘉納治五郎が創始したのは 「講道館」 であって、 「柔道」 ではない。

確かに技の整備はしたであろうが、これをもって創始者と崇めるのはとんでもない誤認である。

すでに幕末には東北地方を除いて全国的に柔術における乱取り試合が各藩で友好的に行われていたことは様々な資料に見られるところである。

以下に『武術絵巻』より、江戸時代の柔術の乱取りの様子を描いた三点を紹介する。

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最初が 「一本背負い」
次が 「巴投げ」
最後が 「十字締め」

その稽古着も乱取りでは袴を取り除いた講道館初期の姿と全く同じである。

現今の柔道着は袖も裾も長くなりすぎであるが、本来は肘も膝も出るのが正しく、そのために昔と今では技法も異なっている。

乱取り用の稽古帯も江戸時代にはすでに存在しており、嘉納が定めたのは色による階級制度だけである。しかも有段者の色を「黒」としたのは完全に近代の思想である。

古今東西、黒は「悪の色」として認識されているのは周知の通りである。

古来、日本人の色彩感では白と紫が最高位である。

武道・武術の正しい歴史認識は江戸時代の一級資料を用いてなされなければいけない。
# by japanbujutsu | 2013-06-19 20:05 | 武術論考の部屋 Study
居合術において座して大刀を差すこと

どこの道場や大会に行っても必ず、話題になるのが、居合術の想定。

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                              影山流居合術

すなわち、座して大刀を差すことが、江戸時代の武家社会において実際にあり得たことなのか。

常識的には、そして普遍的には 「ない」 という解答でいいだろう。

だから当然、殿中居合などというものは存在しない。

居合の眼目は、いかに速く刀を抜いて敵の攻撃に対処するかにある。

そのためにはもっとも動きにくい姿勢、すなわち正坐や安座から抜く稽古が便宜上成立したわけである。

座敷で大刀を差した者同士が、膝をつき合わせて座るなんて想定は現実にはあり得ない。

武術は、その技術の難易度を高めるために、日常想定されない状況下での稽古を行う。

そもそも大刀を差している者に短刀で切り掛かるなどという想定もおかしい(林崎夢想流)。

江戸時代の武術は武芸であり、教育であることをまず念頭に入れなければならない。

学校の授業だって、世の中の生活に直結しているのは実技科目だけである。

それでは、日常生活では使いものにならない教科をなぜ学ぶのだろう。

学問はその学ぶ過程にこそ人間的成長を見出す意義がある。

だから武術ほど現実離れしているものはない。

鎖鎌や十手、二刀などは実戦で使用された記録は皆無である。

その実戦で絶対的に不利である道具をどこまで使いこなすことができるか、そこに武芸教育の意義がある。

だから江戸時代の武術ほど即戦力に欠ける戦闘技術はないのである。

武術は武士教育、そして人間形成の道なのだから。

場合によっては一人前に使えるようになる(免許皆伝)まで十年も二十年もかかる。

だから即戦力を求めたヨーロッパ社会には、日本武術のような長い修行を必要とする稽古事は発達しなかった。

しかし、今、欧米の文化人はその長い修行を必要とする日本文化に魅力を感じて、日本まで修行にやってくる者も少なくない。

だから、武士が殿中で大刀を差すことなどありえないことで、これは武術の世界にだけ存在するものであることを知るべきである。

そして、居合の稽古・演武においては二刀差しにする必要はまったくない。

武士なのだからと演武で脇差を差している者を見かけるが、何回も言うように、武術は日常の生活規範からはまったくかけ離れて存在するものであり、むしろ居合の稽古は大刀の一本差しで行うのが正しいと言える。

なお、武士が城中での勤務を離れ、町屋でくつろぐときには大刀を差したままでいることもある。
# by japanbujutsu | 2013-06-16 18:30 | 技法研究の部屋 Skill
流祖 藤田銀八郎の肖像画

柴真揚流柔術流祖、藤田一覚斎銀八郎の肖像画を所蔵している。

青の裃に長袴、腰には脇差しを差している。

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この肖像画は四代目の渡辺監物一春斎源豊によって書写された。

だからその元となった肖像画があったはずである。

流祖が六十歳の時の姿と書き記している。

肖像画の上部には、柴真揚流柔術の免許皆伝巻に記される流儀の極意が書かれている。

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現在、日本全国でこの柴真揚流を伝承しているのは筆者ただ一人である。

筆者が伝えていることだけでも次代に伝える責務がある。
# by japanbujutsu | 2013-06-15 16:41 | 柴真揚流柔術 Shibashinyô
楊心流柔術秘中の秘 三年殺し

人口に膾炙している「三年殺し」。

しかしてその実際を知る人はほとんど存在しない。

それは殺活の大御所流儀、楊心流に秘伝された、まさに柔術における最高秘伝である。

その必殺の当身を喰らった者は、その時は何でもなくても、一年、二年と経つうちに次第に体調が悪化し、三年目には絶命するという恐ろしき秘術。

いつからか、名前だけが外部に漏れ、明治以降、その実態を知る者はいなくなった。

しかし、それはほんの一部の真面目な修行者によって、実は実際に今も伝えられている。

筆者も学んでいるが、ここではこれ以上のことは書けない。

その最高秘伝の秘術が、今回紹介する楊心流伝書の最後に、

「伝ニ言、水月ハ一旦生テモ、不越三年ヲ」

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と書き表されている。

しかし、実伝はすべて口伝である。
# by japanbujutsu | 2013-06-15 13:36 | 秘伝書の部屋 Secret densho

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