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国際水月塾武術協会 International Suigetsujuku Bujutsu Association

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本会が伝承している武術流派と古武道全般の技法・歴史・文化などを解説します。文章・記事・写真の転載は固く禁止します。

楊心流柔術のカエル絵目録

武術の絵目録には人間をいろいろな形態に簡略化して描くスタイルが普遍化している。

トンボ絵、スズメ絵、そして今回のカエル絵。

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実際にリアルな武士を描くのはものすごい手間のかかる作業となり(ほとんどの場合はお抱えの絵師に描かせる)、伝書も芸術性が高くなる。

簡略画であれば、それほど手間もかからない。

スズメ絵もカエル絵も筆者の命名によるもの。

カエル絵は人物の腹側を白く描くのが特徴である。

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アカガエルが捕、クロガエルが受で描かれている。

武士文化の遊び心が表れた伝書である。

この伝書は大江嶋右衛門が天明七年に差し出したものである。

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この大江とは、大江専兵衛の末裔であろうか。
# by japanbujutsu | 2013-06-27 21:17 | 秘伝書の部屋 Secret densho
日本における武道の誤り

中学校における武道必修化には大反対である旨、すでに述べた。

中学校の体育で柔道や剣道をやっても、高校へ入って柔道部や剣道部へ入る生徒がほとんどいないのは武道にまったく魅力を感じないからである。

それどころか、多くの生徒は二度とこんなことはやりたくない、とそう思っている。

さて、市中にある個人経営の道場ではどうか。

そこへ通ってくる者はほとんど子ども。

大人は指導者だけ。

しかも親が子どもの送り迎えをしている。

やりたいのは本人ではない。

親がやらせているだけなのである。

礼儀や躾はサッカーや野球だって教えることはできる。

では武道が武道たる所以は何なのか。

それは目先の大会に勝つことばかりを考えている今の柔道や剣道からはほど遠い世界にある。

まず、高校や大学へ行っても柔道や剣道を続けていなければ、武道の本質は語れない。

そして、仕事をもってからも続けて、初めて武道の本質が見えてくる。

しかし、今の日本人はそんなことをしない。

目先の楽しみと利益に直結しないようなことを、大人が好きこのんでするわけがない。

なんでも即席でなければ飛びつかない。

日本人の多くは第二次世界大戦後、「修行」という言葉を実践できない民族になってしまった。

長い修行を通して、精神生活を高揚し、自己の内面を問うような場を避けている。

どこの道場でもほとんどの場合、十年経てば、門人は総入れ替えである。

今の日本に武道を普及させる土壌はまったく存在しない。

誠に残念であるが、これが現実である。
# by japanbujutsu | 2013-06-24 22:55 | 武術論考の部屋 Study
柔術の源流 一日城無双一覚流捕手

一般に柔術の源流と目されているのは竹内流捕手腰廻で、天文元年(1532)に創始したことになっている。

それは現在に至るまで、その発祥地が明らかであり、かつ資料も残り、また武術でもっとも大切な技術(形)が伝えられていることで説得力もある。

しかし、伝承者が絶えたり、伝承地が不明であったりして、資料も散逸しているが、竹内流と同じ時代に多くの捕手(後の柔術)が萌芽していることは注目しなければならない。

その一つが、九州で佐藤一覚によって創始され、後に讃岐で隆盛した一日城無双一覚流捕手がある。

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これは後に讃岐では無相流新柔術として坂出の中条家に家伝し、西日本の柔術界を風靡して、その流裔は昭和に至ったが、香川県ではこれを顧みるものが無く、誠に残念ながら、昭和四十年代に絶伝した。

一日城無双一覚流は竹内流に遅れること約60年、天正十九年(1591)の創始であるが、竹内流の影響はまったく見られない。

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このころ、瀬戸内海沿岸には無双流、または夢想流と名の付く武術が群雄していた。一日城無双一覚流はその一つである。

難波一甫流もこの流儀から出たと伝書に書かれている。
# by japanbujutsu | 2013-06-23 21:55 | 秘伝書の部屋 Secret densho
宝蔵院流十文字鎌槍の形と仕合

現在、まったく見られなくなってしまった武術に槍術の仕合がある。

戦前までは広島の佐分利流と京都の貫流が京都の武徳祭で毎年五月に火花を散らした。

佐分利流の鍵槍はかなり苦戦を強いられたものと思われる。

なぜならば、槍は仕合になると 「突き技」 で勝負を決めなければならないからである。

佐分利流は鍵で敵の槍を固定して払い落とす技が特徴であるが、相手が管槍では引っかけることがなかなかできない。

しかも、佐分利流は槍を短く使うのが得意、貫流は長く使うのが得意である。

突き技の仕合では断然、貫流が有利なはずである。

しかし、毎年、同じ流派同士で戦うとなると、佐分利流も工夫をしたことだろう。

ここでは、現在はまったく見られなくなってしまった宝蔵院流の仕合の様子を形稽古の様子と合わせて 『武術絵巻』 から紹介しよう。

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槍術の仕合では左半身だけを防具で覆い、面を着ける。

左手で突く方向を定め、右手で突き出すのが鉄則。

だから右前の半身にはならない。

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こんな槍の仕合が残っていたら、間違いなく入門していたことだろう。

機会があったら復活してみたいと思っている。

現在、防具を付けて稽古を行っているのは名古屋の貫流だけになった。
# by japanbujutsu | 2013-06-22 20:27 | 技法研究の部屋 Skill
宮本武蔵真筆の書画

宮本武蔵は絵画や書にも優れた文化人であったことは誰もが知っている。

そして生涯にいくつもの作品を書き残している。

当協会も何点か所蔵しているが、筆者は書画の専門家ではないので、真贋を見極める眼力がない。

ここでは当協会が所蔵している武蔵の書画の中から三点を紹介する。

一点目は 「枯木鳥之画」 これには狩野常信の極書が付いている。

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そして、次は二行書。「秦晋桃分色李楊橘合歓」 と書かれているが、浅学の筆者には今ひとつ明解が出ない。

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三つ目は、『寒山拾得図』。 
このあたりになると真贋の判定が非常に難しく、専門家に鑑定していただかないとわからない。

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# by japanbujutsu | 2013-06-21 21:13 | 宮本武蔵 Miyamoto Musash

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