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国際水月塾武術協会 International Suigetsujuku Bujutsu Association

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本会が伝承している武術流派と古武道全般の技法・歴史・文化などを解説します。文章・記事・写真の転載は固く禁止します。

大阪伝渋川流柔術

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江戸の渋川家に伝えられた渋川流柔術は、明治時代に実質的伝承は絶えた。一般には単に渋川流といったが、正式には「関口正統渋川流」といい、関口流の古伝を墨守して伝えた。失伝したのは何とも残念で仕方がない。したがって、現在、その渋川流柔術を継承している人は皆無であるが、筆者が甲州伝の渋川流柔術を伝書から復元している。

一方、流祖澁川伴五郎について修行を重ねた広島藩森島求馬勝豊は、免許皆伝を得て同藩にこれを伝え、数多くの家臣に渋川流を教えた。しかし、この渋川流は他流から形を持ち込んだもので、渋川流古伝の業は全く残していない。ウィキペディアにはこの渋川流が難波一甫流の影響を受けたとあるが、そのような史実はなく、現在その母流儀は分かっていない。従って、渋川流というのはその名称だけを名乗っているのであり、本家の渋川流とは全く異なる武技体系となっている。

広島の渋川流はその後、明治に至り、大山善太郎正勝によって大阪に伝えられた。現在、関西に伝えられている古流柔術は、その多くが創作されたものや、変質が激しく、また流派内での反目も多いと聞いている。しかし、この渋川流は、そのような関西の古武道界にあって、昔からの稽古体系・様式を崩さず、古流の趣を保持した貴重な流儀の一つであり、紀州関口流と並んで健全に継承されている流儀である。

一つだけ重要な点を指摘しておくと、この渋川流では流祖を「渋川伴五郎代喬」としているが、これは歴代相伝者のだれかが誤読をしたもので、正しくは「渋川伴五郎氏喬」である。「代」と「氏」は崩すと似た字体となるために誤読をしたのだろう。この「氏」の一字は明らかに関口家から踏襲したものである。

今回、紹介した伝書は昭和の戦前に発行されたもので、人体急所図の面白さから入手した。流儀の益々の繁栄を期待したいと思う。

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# by japanbujutsu | 2013-02-26 20:51 | 秘伝書の部屋 Secret densho
起請文のこと

起請文とは入門や免許伝授に際して流儀の掟を厳守することを師範、そして日本国中の神に誓うことを示す一枚証紙である。内容は流儀によって多少の違いはあるが、大抵は流儀の内容を他見他言しない、他流を誹謗中傷しない、などの条項が列挙されている。

門人が師匠に差し出すものであるから、署名(授受)は普通の免許皆伝巻などとは逆になる。

ここに紹介するのは、幕末の仙台藩において武術指南としては最右翼だった手裏剣の名人今野元三郎に門人の栗村助三郎が安政三年に差し出したものである。

流儀は香取真魂流飛刀術手内剣追加 中段真月流手裏剣。

三ヶ条の条目が記され、最後に、

右三ヶ条於相背者当流鎮守外日本六拾余州大小之神祇眼前に可蒙御罰者也依神文如件

とある。

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今の競技武道とは、その心構えからして大きな差異がある。古流の道場でもこのような起請文を差し出して血判を行う道場がどれほど残っているのだろうか。
# by japanbujutsu | 2013-02-24 22:17 | 秘伝書の部屋 Secret densho
演武における捕と受

古流における演武では上級者は必ず受(攻撃・敗者)を行い、下級者は必ず捕(防御・勝者)を行う。

だから師範は必ず攻撃側となり、弟子は師範に勝つ防御側を演ずるのが鉄則である。

武術は弱者が強者を倒すのが大前提。

現代でも剣道では必ず師範は打太刀(攻撃)を行い、弟子や下級者が仕太刀(受けて勝つ側)を担当している。

ところが、徒手武道はどうだろう。

空手の師範が演武で弟子を蹴り倒したり、合気道で男性の師範が女性の弟子をバッタ、バッタと投げている。

強い者が弱い者に勝つのはいじめや暴力であり、武道ではない。師範は弟子を導くのが役目。だから演武では弟子に攻撃を仕掛けて、負ける側を演じなければならない。

筆者はヨーロッパの門人たちに厳しくこの教えを説いている。しかし、最初は理解しなかった。

彼ら曰く「弟子は師範に投げられることを誇りに思っている」。だれがこんなデタラメな思想を海外に広めたのだろうか。

稽古ではもちろん師範は弟子を投げて、その技術を正しく教えることが必要である。しかし、演武は完成した技を披露する場である。弱い者が強い者に負ける当たり前の出来事が武道の本質を表しているのだろうか。そんなことは絶対にありえない。

古流を、そして真の武士文化の教えを知らない現代の競技武道を指導する者が、誤った方法を検証もせずして盲目的に踏襲するから、世界にまで日本武道の誤った思想が流布してしまっている。

これを是正していくのは容易な作業ではないが、少なくとも我が協会だけは正しく古流の在り方を教え導き、徐々にでもその正しい方法論を認識させていくことを目指したい。

彼らも、最近になってようやくそのことに理解を示すようになってきた。

これからまだまだ正していかなければならないことがたくさんある。
# by japanbujutsu | 2013-02-24 01:06 | 武術論考の部屋 Study
忍術は武術ではない!

ヨーロッパの都市に行くと、たいてい忍術の道場がある。

皆、黒い上下の空手着に黒い足袋(時には地下足袋を履いている輩も)を身に纏い、空手とも柔術とも区別のつかない、格闘技を練習している。それは何だと聞くと「ニンジュツ!」「ニンポー!」と返事をする。

そもそも、忍術道場の存在がおかしい。忍術とは諜報、すなわち人知れずに情報収集を行うこと・技術である。だから忍術道場へ通うなどということは「私は忍者です」、「私は忍術を練習しています」と公表していることであり、その時点でその者はすでに忍者ではあり得ない。

また、忍者という身分は存在しない。忍術集団はフリーメイソンと同じ、いわゆる秘密集団であり、自分が忍者であることを誰にも知られてはならないのである。武術を修行している武士が忍者になることも完全に不可能である。

忍者は特殊な場合を除いて、ごく普通に町中で生活をしている。だれもその人物を忍者だとは思わない。完全に身分を変えて、あるいは自分の生業を以て市中に入る。

忍びとして相手の土地に入った者が、他人と武術を以て戦うことなどありえない。

武術流派の内容に忍術が含まれている例がある、などと論じている人たちもいるようだが、筆者はそのような例を知らない。武術の小道具を忍びの武器と間違えているのだろうか。大体、本物の忍びは武器など携帯しない。

服部半蔵を忍者であるとするのは、今に始まったことではないが、半蔵が忍びであった記録など一つも残っていない。後世の創作である。半蔵は初代も二代目も武士である。伊賀者を統率しただけで、彼が武術を稽古した記録などどこにも残っていない。

筆者が住む町には戦国末期、忍者がいた。彼らの本業は富士浅間師職の神官であり、全国に信徒を擁していた。そして全国を旅しながら信徒に御札を売り歩いたから、各地の情報を入手することができた。甲州武田家では彼らを利用して、全国の情報を収集していたことが記録に見えている。彼らはスッパと呼ばれた。日常は神官の姿で、しかも札売りが仕事だから、だれも彼らを忍びだとは思わない。だから忍びになりうるのである。

したがって、○○流忍法など称して格闘技を練習する道場など、江戸時代に存在するはずもなく、入門に際して姓名を書いて血判を行う武術道場に「忍者」がいるわけがない。

もし、明らかに忍者だとわかる服装をして、それがだれかに見つかり、格闘をして負けたらどうなるのであろうか。その忍びを放った主は、取り返しのつかない事態に陥ること必定である。

ここに加賀無拍子流の伝書『水鏡』がある。ヨーロッパではこれが忍術の伝書であると思われているらしい。このブログに無拍子流の別の記事を載せたところ、早速ヨーロッパから『水鏡』に関する問い合わせがあった。
日本では何の反響もないが、遠いヨーロッパでその記事を翻訳して読んでくれている人がいる。何と熱心なことだろう。彼には丁寧に返事を認めてやると、この春、筆者を訪ねてくるという。ちなみに『水鏡』に記載されている事柄は武士の心得である。

日本の文化は全部、外国人に持って行かれるだろう。悲しいことだが現実である。

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                          無拍子流秘伝書『水鏡』
# by japanbujutsu | 2013-02-23 17:58 | 武術論考の部屋 Study
偽流儀=捏造武術のこと

世に本物があれば、必ず偽物がある。これは世の常。しかし、それにまんまと騙されて、それが真実だと信じ切って、大切な人生を無駄にしている人たちも多い。

本日は、偽流儀、すなわち捏造(でっちあげ)武術の話をしよう。

現在、伝統の古流武術と見せかけて、実際は昭和の戦後になってから創作された武術がいくつもある。特に東京及びその周辺に多く、全国の捏造流儀の九割以上に及ぶ。歴史が明瞭な地方にはほとんど捏造武術なるものは存在しない。

中国武術では昔から「3年かかって良師を探せ」という言葉があるらしいが、現代の若者には良師も流儀も見極める能力がない。情報過多の時代にあってはなおさらのことである。

本当の伝統武術をやりたくて入門したのはよいが、それが昭和の捏造武術だと気が付くまでには、素人の場合、やはり「3年かかる」。

現代においてこれだけ豊富なメディアが存在していても、事実を隠し通す者はいくらでもいるし、その数だけまた犠牲者もいる。

それでは、正真正銘の古流武術と、捏造武術の見分け方について、いくつかの判断事項を挙げてみる。もちろん、真の伝統流儀であっても一つ位は該当事項があるかもしれないが、ここに掲げるすべての事項をクリアーしていれば、まずその流儀は捏造であると考えた方がよい。

一、先代師範、または現師範に相弟子(兄弟弟子)がいない。
二、明治・大正・昭和戦前の稽古・演武記録や写真がない。
三、今、伝えられている形の名目と同じ名目を記した江戸・明治期の伝書がない。
四、歴代の直筆伝書がどこにもない。
五、戦前までどこに伝承していた流儀か言及できない(系図がある場合、それは決まって武術の系図とは無関係)。


八光流柔術のように昭和になってから創られた流儀であっても、その成立過程を明白にし、開祖奉告祭を執行して新しい流儀であることを公表するのであれば全く問題はない。

しかし、多くの場合、武術の伝統とは全く関係のない家系図や講談本の系図を引用して、それがあたかも武術の相伝系譜のごとく見せかけている。

ここで流儀名を一々挙げるのは、よくないことなので、その判断は各自に任せたい。武術の本家日本に「嘘」があっていけない。今、ここで糺しておかなければ、今後、武術はますます誤った方向に流れてしまう。欧米では最早、その是正ができないほど偽流儀・捏造武術が蔓延っている。

わが協会の使命は、あくまでも真実を伝えることである。
# by japanbujutsu | 2013-02-23 12:46 | 武術論考の部屋 Study

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