ブログトップ

国際水月塾武術協会 International Suigetsujuku Bujutsu Association

japanbujut.exblog.jp

本会が伝承している武術流派と古武道全般の技法・歴史・文化などを解説します。文章・記事・写真の転載は固く禁止します。

柳生心眼流の歴史

古武道としては大東流と並んで若者に人気のある流儀なので、柳生心眼流に関する情報は巷にあふれている。ここではその概略にとどめたい。
b0287744_222414.jpg
開祖は竹永隼人。仙台藩北部に広く伝播した総合武術である。

幕末に柳生心眼流の一部の派は拳法技法を伝えるようになり、明治になって星貞吉が現れて、登米郡から栗原郡一帯にさらに広く普及した。特に拳法では高橋彦吉が優れ、その門人鈴木兵吉(右写真)も達人と称された。
b0287744_2122383.jpg
                  鈴木兵吉から齋田茂七に授けられた『神通秘法巻』


栗原郡には他にも明治時代に高橋市内勝義の柳生志限流柔拳法があり、この伝は後に岩手県釜石に伝えられた。

これらの伝とは別に桃生郡には竹永の古伝が残り、昭和の代まで残っていたが、会長が昭和末年に訪ねたときには古老が伝えるのみで、後継者はいなかった。

星貞吉の伝はその後、数系統に分かれ、現在でも稽古が続けられている。

会長は最初、大学時代に西郡多喜雄師範に学び(この系統は21箇条を伝えるのみ)、大学卒業後、島津兼治師範にマンツーマンで3年間師事し(外弟子のため未相伝)、さらに宮城県鹿島台で鈴木兵吉伝の兵術柔を遠山国男師範及び奥山清太郎師範に学んで相伝し、また、釜石伝を宮本鶴松師範に学んだ。

b0287744_21374358.jpg
        鹿島台大迫の遠山国男師範宅にて(左から遠山師範、武田軍虎師範、熊谷、小佐野)


系譜
b0287744_18292023.jpg
流祖 竹永隼人
二代 吉川市郎右衛門
三代 伊藤久三郎
四代 小山左門行房
五代 相沢忠之進
六代 千葉義祐
七代 佐竹森之助
八代 加藤権蔵
九代 星貞吉義治右写真
十代 高橋彦吉政治
十一代 鈴木兵吉武盛
十二代 鈴木専作猛盛
十三代 佐藤金兵衛清明(21箇条のみ)
十四代 西郡多喜雄明盛
十五代 小佐野淳(21箇条相伝)




b0287744_2232467.jpg

十二代 斎田茂七義則右写真
十三代 阿部睦男忠則
十四代 武田軍虎仁則
十五代 遠山国男国義
十六代 小佐野淳忠盛(77箇条相伝)

十四代 箭内一孝則
十五代 奥山清太郎武則
十六代 小佐野淳常則(77箇条及び陰陽鍛身流相伝)
b0287744_18563452.jpg
                            陰陽鍛身流二丁短棒術





b0287744_21323529.jpg
                     会長が西郡多喜雄師範から授けられた伝書 


b0287744_21332975.jpg
                   会長が遠山国男師範から授けられた免許御免目録


b0287744_213427100.jpg
                  会長が奥山清太郎師範から授けられた免許御免目録


b0287744_18463494.jpg
                斎田茂七(鈴木兵吉門人)から菅原司に授けられた「大巳貴命伝」

b0287744_18485356.jpg



















菅原司

# by japanbujutsu | 2012-11-05 21:37 | 柳生心眼流兵術 Shingan ryu
穴澤流薙刀の歴史

穴澤流は武術の名門新当流から興り、江戸時代には全国諸藩に伝播した薙刀術の最大流派である。その流裔は山形の新庄藩と青森の八戸藩に残り、両系統とともに現在まで伝統を保持している。

当協会で教授している穴澤流は新庄藩に伝播したもので、十五本の形からなっている。幕末の新庄藩武芸指南役であった松坂次郎左衛門と堀雄次郎の二人が明治44年、薙刀廃絶の危機に小学校での教授を申し込んで以来、新庄小学校の正課として児童に教授された。

松坂道場で学んだ大沼みどりは小学校で教えながら後進の指導にも余念なく、会長の恩師五十嵐きぬ師範も大沼から学んだ。

五十嵐きぬ師範は明治44年、新庄藩士の家に生まれた。祖父は藩の棒術師範であった。小学校5年のとき、薙刀が正課となり、大沼から初めて穴澤流を学んだ。以来、師範学校を卒業するまで稽古を続け、大沼の後継者として小学生に穴澤流を教えた。昭和6年には澄宮殿下の台覧に供している。晩年は埼玉県に移住、薙刀の教授は一切せず、もっぱら茶道を教授していた。

b0287744_1321616.jpg
             五十嵐きぬ師範の演武「獅子の歯噛之事」(山形県古武道大会にて)


会長は昭和六十年に唯一人、五十嵐門下に薙刀の門人として入門を許され、個人教授により後継者として破格の早さで翌六十一年に相伝を受けた。

b0287744_13224174.jpg
                           会長が授与された皆伝証書


会長の門下では薬袋貴久、河村晋介、山根章、光武修治、ミヒャエル・ランイハート、吉元恵美の諸氏が学んでいる。免許皆伝者は山根章一名。

b0287744_1323790.jpg
                  水月塾設立30周年記念大会(ベルリン)における演武


相伝系譜

流祖 穴澤如緊b0287744_21541881.jpg
二代 梅田杢之丞
三代 小磯粂左衛門
四代 佐久間浅右衛門
五代 瀬川仙理
六代 瀬川勇本
七代 戸沢矢一左衛門
八代 戸沢治左衛門
九代 上村孫太夫
十代 戸沢求
十一代 松坂次郎左衛門
十二代 大沼みどり
十三代 五十嵐きぬ(右写真)
十四代 小佐野淳
# by japanbujutsu | 2012-11-04 13:28 | 穴澤流薙刀 Anazawa ryu
b0287744_2352335.jpg中澤流護身術の歴史

中澤流護身術は中澤流神伝護身術とも神伝流護身術ともいう。流祖は神道大教正の中澤蘇伯。明治元年、山梨県中巨摩郡睦沢村字亀沢の生まれ。明治末年に山梨に伝えられていた渋川流柔術と武田流柔術を修行し、甲州兵法を基盤として中澤流を開いた。

講習会方式の速成教授法を武術界で初めて採用し、女学校でも広く教授された。




                                 開祖 中澤蘇伯


b0287744_2341383.jpg
                               中澤流護身術


昭和初年、東京下谷区新坂本町5番地に愛国(大日本)神武会・東京武徳学会を開き、会長となる。その間、四千人以上の門人を育成したが、昭和6年に死去した。

その後、一時中断したが、昭和三十年代に蘇伯の弟輝一が二代目を継承し、孫の好夫が三代目を継承して復活を試みたが、流布しなかった。

平成初年、小佐野会長が中澤好夫師範に入門し、平成23年に全技を習得、免許皆伝を許された。

なお、中澤師範は現在、指南をしておらず、門人もとっていないため、中澤流に関する一切のことは会長が掌握している。問い合わせ・連絡は国際水月塾武術協会まで。また、中澤流は水月塾関西支部でも教授している。

中澤流は他武道にさまざまな影響を与えたが、八光流柔術と日本少林寺拳法には特に大きな影響を及ぼしている。また、武田惣角が創始した大東流柔術とは技法において多くの共通点を持つが、未だ両流儀の関係については不詳のままである。

b0287744_23384623.jpg
                              中澤流護身術形


b0287744_23392148.jpg
                             中澤流護身術捕縄形


系譜

開祖 中澤蘇伯
二代 中澤輝一
三代 中澤好夫
四代 小佐野淳
四代門人免許皆伝師範 山根章(兵庫)、Carsten Schroeder(ドイツ)

b0287744_23373475.jpg
                     会長が中澤師範より授与された伝授巻


b0287744_23404164.jpg
                 中央:中澤好夫師範 右:会長 左:関西支部長山根章
# by japanbujutsu | 2012-11-03 23:48 | 中澤流護身術 Nakazawa ryu
力信流の歴史

力信流の祖は、官部嵯峨入道家光。永禄年間に肥後熊本で生まれたというが確証を得ない。江戸初期より現岡山県下に広く伝播した。柔術は特に竹内流の影響下に成立したというが、他の武術は独自性の強い内容となっている。中興祖は杉山縫殿之助で、その門人大江安左衛門によって現岡山市の畑鮎に伝えられ、山の上にある寒村は武術で熱気に溢れた。

b0287744_19581624.jpg
                              力信流伝書巻頭部分


b0287744_1957677.jpg
                     大江安左衛門の次代大江和三郎(中央)一門


明治時代には幾多の名人を排出したが、特に大長九郎は稀代の達人で、後に静岡県に移住して警察関係を中心に指導した。特に棒術は昭和30年に武術としては全国で初めて県の無形文化財に指定された。しかし、昭和39年に大長が他界してからは、一気に衰退していった。

会長の恩師美和靖之師範は、大長の弟子で剣術と居合を極めた美和勝治郎の孫に当たり、祖父から居合と剣術を、鎌田忠義(大長の門人)から棒術を学ばれた。美和師範は若くして三島市内に剣道場「武修館」を設立し、現在に至るまで青少年に剣道を教授されている。

b0287744_19555314.jpg
                            大長と鎌田による棒術


力信流では免許皆伝を受けた者の諱に「光」の字を与えることになっている。

なお、流祖官部嵯峨入道家光は、昭和29年に発行された『日本武道流祖伝』に姓の官部(かんべ)を「宮部(みやべ)」と誤植され、以降、これが元となって多くの書籍・雑誌がこの誤記を検証もせず、門外漢によって盲目的に引用されてしまった。ここに訂正をする。


b0287744_1955449.jpg
                            力信流の系譜を記した伝書



系譜
b0287744_148980.jpg
流祖 官部嵯峨入道家光
二代 官部八郎左衛門藤光
三代 荒川八郎吉光
四代 片岡与八郎氏光
五代 官部逸八宗光
六代 杉山縫殿之助勝光
七代 大江安左衛門吉光
八代 大江和三郎家光
九代 大長九郎行光(右写真)
十代 美和勝治郎広光
十一代 市川弘塘光
十二代 美和靖之義光
十三代 小佐野淳藤光
十四代 山根章武光(兵庫) 平成二十六年現在、免許皆伝者一人




b0287744_13525074.jpg
                          会長が美和師範から授けられた伝書


b0287744_200930.jpg
                                武修館の額


b0287744_227862.jpg
              力信流一門が畑鮎の山上に祀った流祖神愛宕山大権現の石塔
# by japanbujutsu | 2012-11-02 20:00 | 力信流武術 Rikishin ryu
他流を稽古している者・他武術の経験者大歓迎

入門条件
 免許皆伝後、道場を開設して後継者を育成することができる者。ただし近隣・近県から通う者はこのかぎりではない。

年齢制限
 18歳以上50歳未満。近隣から通う場合は制限なし。

遠隔地から通う場合
 年間数回の通い稽古でも可。初心者は受け付けない。他武道でおよそ三年以上の経験が必要。ただし、特に武術に関する興味が強く、運動神経に優れている場合は、面接により初心者でも入門を許可する場合がある。

教授方法
 すべて個人教授。二人で通う場合は、二人で同時進行する。

流儀は選択可

段位
 国際水月塾武術協会を組織しているため、外国支部との交流を持つ必要があり、そのため世界共通の修行課程による共通の段位を与える。ただし、日本人の場合はそれとともに、古式に則った相伝方式(巻物・伝書)を採用する。

費用
 遠隔地通いは無料。近県・近隣から定期的に通う場合には、会の運営費を徴収する。


その他、入門に関する一切の問い合わせは郵便にて下記へ

403-0013
山梨県富士吉田市緑ヶ丘2-7-2
国際水月塾武術協会本部
小佐野 淳 宛て
# by japanbujutsu | 2012-11-01 21:33 | 入門要綱 Enrollment

by japanbujutsu