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国際水月塾武術協会 International Suigetsujuku Bujutsu Association

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本会が伝承している武術流派と古武道全般の技法・歴史・文化などを解説します。文章・記事・写真の転載は固く禁止します。

流儀の規則のこと

古流の武術を学ぶにあたっては、弟子が師匠に差し出す神文書(誓詞) の他に、師匠が弟子に対して差し出す流儀の規則というのがある。

ここに二つの例を紹介しよう。

一つは柳剛流(柔術・六尺棒・縄手)の「教授規則」で、次のような規定がある。

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第一條  一、我カ手術授ケルハ親又ハ親戚為リト雖承諾有ニ非レハ必ス教ル事勿レ
第弐條  一、我ヨリ授ケル所ノ手術ハ千死一生際ニ非レハ必用ユル事勿レ
第三條  一、我カ門人ニシテ前ノ二條ノ規則ニ違背スル者直ニ放門申付ル事

とある。これなどはまだ、かなり束縛の少ない方であり、次の『関口流法令』になると、かなり厳格な規則となる。

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一 弟子取候事人柄見立不信不実之者ニハ教申間敷事
一 他流致稽古人ニ教申間敷事
一 柔居合剣術棒一ツ宛分ケ教申間敷事
(以下省略)  

こちらの法令は文化十年(1813)に阿波藩関口流師範の井上齋助成政が差し出したものである。他流を稽古する者には教えてはならない、というのは閉鎖主義の強い現れで、地方の流儀の特徴をよく表している。術の分割伝授も認められていないわけだから、それは厳しい流規である。
# by japanbujutsu | 2013-03-19 13:34 | 武術論考の部屋 Study
古武道を学ぶ全世界の人たちへ

古武道を修行している外国人を見ると、現代武道との区別がほとんど付いていないまま、稽古をしていることが分かる。

それはほとんどの場合、技術だけを学び、そして稽古をしている姿である。古武道はスポーツではない。だから競技をしない。流祖が案出し、歴代師範が伝えてきた技(形)を繰り返し稽古をすることに意義を見出す日本が世界に誇る伝統的文化遺産である。伝統文化ゆえに、古武道には技以外に学ばなければならないことがたくさんある。

あなた方がご存じのように、この日本の大切な文化である古武道に対して、現代の日本人はまったく関心を示さない。もはや、今の日本には古武道を継承していく社会的環境が存在しない。

一方、あなたがたは、熱心に日本の古武道を修行している。その前向きな姿勢には敬意を表する。しかしながら、残念なことに、あなた方の多くは日本語が話せず、書けず、読めない。これは古武道のみならず、日本の伝統文化を学ぼうとするとき、かなり致命傷なのである。

伝書(巻物)をいただいても、そこに何が書いてあるかわからず、その巻物と一枚紙の証書との区別がつかない。第一、あなたがあなたの弟子に巻物を授けようとするとき、あなたは自分で文字を書くことができますか。
日本の武士名と花押を持っていますか。

あなたが師匠にしていただいたこととまったく同じことを、あなたの弟子にもしてあげることができますか。だから私たち日本人があなた方に古武道を教え、たとえ伝書を授けても、それはすべてを伝えたことにはならない。

もし、あなたにまだ時間的余裕があるとしたら、あなたは日本語を充分に学ぶ必要がある。日本語が話せて、書けて、読めて、初めてあなたは日本の文化を理解することができるだろう。
# by japanbujutsu | 2013-03-14 20:22 | 武術論考の部屋 Study
稽古着のこと

近年、稽古着のことを「道着」と呼んでいるが、少なくとも古流を学ぶ者は稽古着と言わなければいけない。道着などという言葉は江戸時代には存在しないのだから。

さて講道館柔道の稽古着は、武士の正装から紋付き袴を取り除いたスタイル、つまり襦袢と股引で、これは日常服で言えば、下着姿であり、極めてはしたない姿である。沖縄から入ってきた空手までもがこのスタイルを採り入れているのは、まったく理解に苦しむ。

私が柳生心眼流や渋川一流に入門した頃は、師匠たちも皆、柔道と同じスタイルで、私がそれでは駄目だと説得して、改善してきた。一方、柴真揚流の町川師範はしっかりと最初から袴を着けており、古流としての伝統を墨守していた。

昨年、わが協会のドイツでの大会で、某古流の団体が、師範以外全員袴を着用しておらず、全く遺憾に思ったが、他流のことだから口出しはしなかった。日本の師範はもっとしっかりと指導して欲しい。初心者に袴を着けさせない、などという頓珍漢なことを始めたのは合気道であり、そんなことを古流は決して真似をしてはならないのである。

渋川一流でも明治期まではしっかりと袴を着用していたことが、伝書に表れている。

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# by japanbujutsu | 2013-03-13 21:44 | 武術論考の部屋 Study
不動真徳流と森本千吉

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鞍馬山で修行した牛若丸を遠祖と仰ぐ不動真徳流と称する武術がある。内容からやはり楊心流の影響を受けていることがわかる。

内容は柔術と棒術からなり、柔術はその目録から激しい乱取り稽古を行っていたことが推測される。

この流儀は紀州の指南役であった内藤利右衛門正次が明治になって阿波川内寒川新田に移住し、近隣の若者に伝えたのが阿波での始まり。その印可を久次米直吉信雪が受け、その高弟に直江一専斎信男があった。

直江は板野郡藍住町矢上の春日神社の神職で人格高潔であったと伝えられている。その高弟が森本千吉である。

森本千吉は明治19年、矢上に生まれ、若年にして不動真徳流の免許皆伝を受けた。今回紹介する伝授巻は明治45年の発行であるから、森本が27歳のときのものである。

森本は昭和21年に徳島県で初の講道館八段となった人物。昭和25年に亡くなるまで多くの弟子を育成した。

不動真徳流が現存していないのが何よりも悔やまれる。

伝統や文化を蔑ろにし、正しい武道教育を為さなかった日本の政治体制、つまりは国家にすべての責任がある。

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# by japanbujutsu | 2013-03-11 20:39 | 秘伝書の部屋 Secret densho
一伝流縄之巻

ここに紹介する一伝流は浅山一伝流とは異なり、単に一伝流と称し、捕縄術の専門流儀である。

一伝流の縄は鍵縄で、この伝書にも鍵針の図が出ている。

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流祖は高木流柔術二代目の高木右馬之助である。

高木流には捕縄が伝えられていないから、この一伝流捕縄は、別の流儀から採用したものであろう。

右馬之助は竹内流も相伝しているから、その流れかもしれない。

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「英雄色を好む」と言うが、彼こそはその醜態を絵師に描写されてしまった張本人であることは意外に知られていない。
# by japanbujutsu | 2013-03-06 22:53 | 秘伝書の部屋 Secret densho

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