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国際水月塾武術協会 International Suigetsujuku Bujutsu Association

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本会が伝承している武術流派と古武道全般の技法・歴史・文化などを解説します。文章・記事・写真の転載は固く禁止します。

第22回松代藩文武学校武道会 春の演武会

昨日、長野県長野市松代町の松代藩文武学校において、松代藩文武学校武道会主催の春の師範演武会が開催された。
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今回は参加流派は少なかったものの、盛況裡のうちに幕を閉じた。

水月塾からは筆者と関西支部長の山根章氏および埼玉支部長の瀬沼健司氏が参加した。
山根氏とは柔術渋川一流のうち柔術と三尺棒を、

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瀬沼氏とは柳剛流兵法のうち、剣術と長刀を演武した。

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一つの流派しか修めていない人たちは毎年、決まって同じ形を演じているが、水月塾はかつて一度も同じ流派の同じ形を演じたことはない。
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(完)
# by japanbujutsu | 2017-05-29 20:10 | 演武会・講習会 Seminar
天神真楊流柔術 誘活

手元に天神真楊流柔術で最初に授けられるもっとも基本的な活法である 「誘活」 の切紙伝書がある。

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これは各階梯の相伝巻 (天・地・人・陰・陽) とは別に授けられる。

その活法の内容は広く知られているので、それをここに述べても仕方がない。

今回はここに紹介する伝書により、これまで語られてきた天神真楊流の歴史が塗り替えられる可能性があることを示しておく。

すなわち、この伝書が出されたのが天保七年であり、その差出人山本末之丞一心斎は流祖磯又右衛門正足の直門である。

何が問題かというと、磯が楊心流を修行したのは文政年間とされており、さらにその数年後、真之神道流を学んでいることから、それが正しいとすればこの伝書は磯が天神真楊流を開く前か、あるいは開いて直後の差し出しということになる。
磯の文化元年出生説も完全にひっくり返る。

伝書は山本の直筆であるから家元制度もまだ整備されていなかったということだろうか。
免許者の号、柳○斎もまだ見られない。

古流では新しい流派であるのに、まだまだ不明な点が多い。
この流派が研究者に恵まれなかったことが原因の一つだろう。





(完)
# by japanbujutsu | 2017-05-25 22:42 | 秘伝書の部屋 Secret densho
袴帯の結び方

先日の居合道演武会で某師範が私の袴の結び (結びきり) を見て言った。
「そういう結び方をしていたら審査には絶対に受からない」 と。
それで言い返した。
「私はそんな団体に入るつもりは毛頭ないし、大体、審査なるものを受けない」 と。
下の画像が私がしている結びきり。

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聞くところによれば、その流儀では決まりで私が一番嫌う 「十文字」 に締めないとダメらしい。
その流儀はというと実は戦後創作されたものであることをご当人は何にも知らない。
そして、彼らがしている十文字結びなるものが、戦後になって一般化したことも彼はまったく知らない。
つまり、指導者が教えたことに対して何の疑問も持たず、何の勉強もせず、ただ盲目的に 「審査」
のためにやっているだけなのである。

さて、それでは袴帯の結び方について少し述べてみよう。
袴帯の結び方には十文字、一文字、重ね片結び、結びきり (武者結び) 、蝶結び (花結び) などがあり、またこれらの変化結びが多くある。
これらの中で袴帯の結び方は本来 「結びきり」 あるいは 「一文字」 が武家では普遍的であった。
一文字結び。

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袴帯は特殊な事情がない限り、解けないように結ぶのが当然である。
十文字はもっとも解けやすい結び方であり、まったく実用的ではない。

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上の古写真では右前で捻り結びにしている。
これで絶対に解けない。
すぐ解けるように結んだり、外出から帰ってきて結び方が違うと厳しく追及される。
徳川慶喜の写真を見ても一文字の団子結びで解けないようにしている。

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しかし常に結びきりで袴を着用すると、すぐに紐が傷んでしまうので、十文字結びなどが明治時代後期以降に考案された。
特に戦前までは、十文字結びはおめでたい席などでしか使わなかった。
江戸時代の武術伝書に見る袴帯はほとんどが一文字である。
十文字は一つもない。
要は、元来、袴帯の結び方には規則も強制もなく、個人の好みで自由に結んだということである。
下は影山流の大正期の写真。

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結びきりで一端を垂らしている。
一つの流儀の固定観念で他流を批判してはいけない。

なお、諸氏が十文字結びにしているのを非難するつもりはまったくない。
誤った指摘をされたから持論を述べたまでである。






(完)
# by japanbujutsu | 2017-05-23 17:21 | 武術論考の部屋 Study
順体に拘る

武術の大原則から言って、手内剣を左足前で打つのはあきらかにおかしい。
武術は術の種別を問わず、順体が原則である。

武術が用いる俗に 「ナンバ」 という右手右足前、左手左足前の半身・一重身の姿勢は力を出す行動則の原理に立つものであり、絶対に体の捻りをつくってはならない姿勢である。

逆体(左足前、右手打ち)による打法は体に捻れが生じ、右足の踵が浮きやすく、武術がもっとも嫌う前傾姿勢に陥りやすい。
こんな武術の原理から逸脱した姿勢でいくら命中率を上げても、それは決して武術ではありえない。
手裏剣術が武術である以上、逆体は原則的にありえない。

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手裏剣に関して筆者は後発の人間であり、先輩諸氏に色々言う資格はない。
しかし、いわゆる武芸十八般に関しては持論がある。
その持論が普遍的な正論であるとは、あえてここでは言わないことにする。
あくまでも持論であり、ピンポイントで他流を批判するものではない。
念のため。






(完)
# by japanbujutsu | 2017-05-21 17:20 | 手内剣探究 shunaiken
殿中武芸

殿中武芸などというものが江戸時代に存在した記録はない。
殿中で着用する長袴は、当時の武士の正装である。
殿中では走ってはならず、刀を抜くことは切腹にあたる重罪である。
謀反・刃傷沙汰を防ぐために、殿中差 (短刀) を差し、長袴をはいて歩きにくくしていた。
それと同時に長袴は戦意のないことを表すものだった。
この長袴のために殿中では自分の袴でつまづいたり、他人の袴を踏んでしまったりという失態が絶えなかった。
ちなみに忠臣蔵において浅野内匠頭が吉良上野介を討ち損じたのは、殿中差しと長袴のためと考えられている。

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長袴の浅野に対して、吉良は狩衣という衣装で逃げやすかった。

俗に言う殿中居合に殿中柔術。
殿中において彼我が大刀を差して対座し、敵意を見せたら切り伏せる・・・
これでは殿中血だらけ。
長袴で座してどうして瞬時に片膝が立つのだろう。
「近う寄れ」 と言われても、実際には間を詰めることなど許されなかった時代に、互いに胸倉を掴める位置で対座することなど99%あり得ない。
ましてや三尺三寸に対して相手は九寸五分などという不自然極まりない想定が殿中に存在する余地はない。
武芸という、特殊な状況下を 「想定して」 、 「洗練された技を極める」 稽古を実生活における武家の行動に当てはめてはならない。

何度も繰り返し書いているとおり、武術における形の多くの想定は、芸を演じるための彼我の美的表現方法であって、それを以てストリートファイティングのようなルール無用の喧嘩と同一視してはならない。
武術形は実生活では存在しないような想定の下で、いかに困難な技を極めるか、それが主眼である。





(完)
# by japanbujutsu | 2017-05-19 17:40 | 武術論考の部屋 Study

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