ブログトップ

国際水月塾武術協会 International Suigetsujuku Bujutsu Association

japanbujut.exblog.jp

本会が伝承している武術流派と古武道全般の技法・歴史・文化などを解説します。文章・記事・写真の転載は固く禁止します。

殿中武芸

殿中武芸などというものが江戸時代に存在した記録はない。
殿中で着用する長袴は、当時の武士の正装である。
殿中では走ってはならず、刀を抜くことは切腹にあたる重罪である。
謀反・刃傷沙汰を防ぐために、殿中差 (短刀) を差し、長袴をはいて歩きにくくしていた。
それと同時に長袴は戦意のないことを表すものだった。
この長袴のために殿中では自分の袴でつまづいたり、他人の袴を踏んでしまったりという失態が絶えなかった。
ちなみに忠臣蔵において浅野内匠頭が吉良上野介を討ち損じたのは、殿中差しと長袴のためと考えられている。

b0287744_20591452.jpg

長袴の浅野に対して、吉良は狩衣という衣装で逃げやすかった。

俗に言う殿中居合に殿中柔術。
殿中において彼我が大刀を差して対座し、敵意を見せたら切り伏せる・・・
これでは殿中血だらけ。
長袴で座してどうして瞬時に片膝が立つのだろう。
「近う寄れ」 と言われても、実際には間を詰めることなど許されなかった時代に、互いに胸倉を掴める位置で対座することなど99%あり得ない。
ましてや三尺三寸に対して相手は九寸五分などという不自然極まりない想定が殿中に存在する余地はない。
武芸という、特殊な状況下を 「想定して」 、 「洗練された技を極める」 稽古を実生活における武家の行動に当てはめてはならない。

何度も繰り返し書いているとおり、武術における形の多くの想定は、芸を演じるための彼我の美的表現方法であって、それを以てストリートファイティングのようなルール無用の喧嘩と同一視してはならない。
武術形は実生活では存在しないような想定の下で、いかに困難な技を極めるか、それが主眼である。





(完)
# by japanbujutsu | 2017-05-19 17:40 | 武術論考の部屋 Study
武術の美学

武術は別に武芸というとおり、その技に一定の美学が要求される。
ただ、殴り合えばよいのであれば、それは野蛮な喧嘩になる。
強いて言えば、ボクシングやレスリングは言うに及ばず、身体を揺らす剣道や空手の試合も武術・武道ではない。
柔道も今の醜いスタイルは武道ではあり得ない。
武術は武士の教育であり、教養であり、学問である。
だから武術は学問の場、藩校で教授、指南される。

その美学の一つに形における捕と受、仕太刀と打太刀双方の表現上の姿がある。
一部の大東流における見苦しく無様なスタイルでの固め技は近世古流の世界には存在しない。
演武において受は上級者が担うのであり、絶対に無様な格好にはならない。

b0287744_20524085.jpg

合気道のように師範が弟子を雑巾のように投げ捨てる醜態は絶対にあり得ない。
合気道の師範が多人数捕りで見せるような、間を無視し、呼吸を無視し、目付を無視し、姿勢を無視した動作はもっとも下級な演武である。
それを素晴らしいなどと勘違いをしてはならない。
その醜態を親流儀の大東流が逆輸入しているのだから手に負えない。
別に明治以降にできた武術を非難するつもりはない。
無刀流をはじめ、神道六合流や十剣大神流、中澤流や八光流、鉄仲流や兼相流など優れた流儀はいくらでもある。
膝行などという無様な移動方法を殿中作法などとうそぶいている時代は終わりつつある。






(完)
# by japanbujutsu | 2017-05-17 17:29 | 武術論考の部屋 Study
居合稽古場

我が家には十五畳敷きの居合稽古場がある。
約三間四方あり、天井の高さも二間ある。

b0287744_11461024.jpg

今は周りに武具や家財が置いてあるので、使っているのは二間四方。
五人掛けの見分席もある。
ここで半刻居合を抜き、庭の手裏剣場で四半刻手裏剣を打つのが日課。




(完)
# by japanbujutsu | 2017-05-15 11:46 | 武術論考の部屋 Study
『撃剣神通録』

『 撃剣神通録 』 (中) を入手した。
これは未だこの世に公開されていない。
内容は先意流薙刀の図解書で、薙刀対太刀の形を漢文で解説している。
薙刀研究に大いに参考になる。

b0287744_21333665.jpg


詳しくは 『水月』 紙上にて考証予定。





(完)
# by japanbujutsu | 2017-05-11 21:33 | 技法研究の部屋 Skill
諸賢がご存じのように、古来から芸事の伝授においては伝授巻が用いられた。

現在では古流、古武道を称していながら伝授巻を差し出していない流儀が多いという。
もはやそれは古武道ではないと知るべきである。
伝授の証明に伝授巻がないなど、日本の伝統武士文化として失格である。

階級に段位制度を設けるのはかまわないが(当会も海外との相関性を持たせるため採用している)、
元来、武術は他者と資格を競合するものではなく、自己実現のための稽古事である。
段位なるものは己の相対的位置を知るためだけのものであり、流儀の相伝にはまったく関係しない。

海外でもこうした日本の故実を知る師範クラスの者は伝授巻の発行を望むが、普通の稽古人レベルでは関心もないようである。
しかし、それは日本の師範が彼らに本来の正しい古流伝授の在り方を示さなかったための弊害であり、彼らに何ら責任のあることではない。
むしろ日本人で古流を修行していながら伝授巻の発行を望まない者がいるのはどうしたことかと思う。
そんな者は古流の修行は止めた方が良い。

画像は来月修行にやって来るハンガリーのブダペスト支部長に差し出す甲陽水月流柔術の伝授巻。
b0287744_16111344.jpg







(完)
# by japanbujutsu | 2017-05-08 17:52 | 秘伝書の部屋 Secret densho

by japanbujutsu