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国際水月塾武術協会 International Suigetsujuku Bujutsu Association

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本会が伝承している武術流派と古武道全般の技法・歴史・文化などを解説します。文章・記事・写真の転載は固く禁止します。

お江戸剣豪墓碑巡り(6)三浦源右衛門

続いて池袋の祥雲寺へ。

ここには無眼流々祖、三浦源右衛門政為の墓がある。

お江戸剣豪墓碑巡り(6)三浦源右衛門_b0287744_16132098.jpg


墓石の下には蓮が彫られ、その上の大きな円の中央に法名「三室全浦居士」、右に「無眼流」、左に「視観開闢」

と刻まれている。

小倉藩士の源右衛門は江戸で生まれ、十二歳から三十七歳までの間に、一刀流、山口流、戸田流、心流、吉岡流、眼志流、慈眼流、心陰流、新心流、鞍馬流、東軍流、武蔵流、今枝流、浅山一伝流、楊心流、稲妻流、卜伝流、随変流の十八流を極めた。

その極意を集めて輯合流として教えていたが、「諸流の極意と極意を打ち合わせれば悉く相討ちになってしまう。その限界をなんとか打ち破る工夫をしなくては」と考えていた。

ある夜、鐘の音を聞いて悟りを開き、合体、動体の気術を加えて無眼流と流名を改めた。
宝永六年(1709)、六十五歳で他界した。

この祥雲寺は面白い。
山田浅右衛門の墓碑もある。
もう一度、訪問したいと思う。






(つづく)
# by japanbujutsu | 2020-03-30 07:12 | 武術論考の部屋 Study
お江戸剣豪墓碑巡り(5)心形刀流歴代

次にお参りしたのは、沼袋の貞源寺にある心形刀流伊庭師範家歴代の墓である。

こちらは墓地を背にして左から右へ流祖伊庭是水軒以来の歴代が一列に整然と並べられている。

お江戸剣豪墓碑巡り(5)心形刀流歴代_b0287744_150752.jpg


流儀の関係者によって建立された心形刀流を説明した立派な御影石の碑もある。

墓前中央には供花も見られ、今回参拝した墓碑の中ではもっとも整備されていた。

願わくば、正面から見て右から流祖、二代、三代と並べるべきであった。

墓地においては正面から見て右が最上座(右から左へ歴代が並ぶ)となる(註)。

心形刀流は我が継承する柳剛流の親流儀である。



註:日本には伝統的に「左上右下(さじょううげ)」という礼儀作法がある。
意味は「左が上位、右が下位」。
「左上右下」というのは「天帝・当事者・墓」側から見た場合の「右左」。
正面から対面した場合は左右逆になる(正面から見て右が上座、左が下座)。







(つづく)
# by japanbujutsu | 2020-03-28 07:11 | 武術論考の部屋 Study
お江戸剣豪墓碑巡り(4)岡田十松

さて、次は鈴木斧八郎の師匠、岡田十松の墓である。

上高田の宝泉寺に眠っている。

こちらも「撃剣館岡田先生之墓」と立派に彫られている。

お江戸剣豪墓碑巡り(4)岡田十松_b0287744_1493542.jpg


武蔵国埼玉郡砂山村の農民、岡田又十郎の次男として生まれ、15歳で志多見の松村源六郎に師事し頭角を現した。
江戸に移り、麹町の戸賀崎暉芳に入門すると、22歳には印可され武者修行で剣名を上げた。

天明三年(1783)、牛込行元寺で大橋富吉の親の仇討ちに十松は戸賀崎門弟として加勢した。
後、師の稽古場を継いだが、門弟が増えたため、神田に移り撃剣館を開いた。

門人は藤田東湖、江川太郎左衛門、豊田天功、鈴木斧八郎、斎藤善道、秋山要助、宮本佐一郎、永井軍太郎、金子健四郎、佐藤万次郎がいる。吉利以後は、子・岡田吉貞が継いだ。







(つづく)
# by japanbujutsu | 2020-03-26 07:55
お江戸剣豪墓碑巡り(3)鈴木斧八郎

続いて訪ねたのは高円寺の宗泰院に眠る神道無念流鈴木斧八郎重明の祈念碑である。

お江戸剣豪墓碑巡り(3)鈴木斧八郎_b0287744_13314878.jpg


側面に碑文があり、法名も記されているのであるが、これを「記念碑」としているのが腑に落ちない。

一体、何を記念して建碑されたのであろうか。

また、墓石が別に存在するのか、あるいはこの碑が墓石を兼ねているのかも判然としない。

彼は一般には〝鈴木派無念流〟の祖と言われており、記念碑にもそのように刻字されているが、伝書では相伝を墨守して神道無念流と記している。

岡田十松の門弟中、斎藤弥九郎と並ぶ撃剣館の双璧であった。

三達人の墓碑が比較的近い場所にあるのは、流儀の関係者にとってありがたいことである。







(つづく)
# by japanbujutsu | 2020-03-24 13:02 | 武術論考の部屋 Study
お江戸剣豪墓碑巡り(2)平山行蔵

次にお参りしたのは忠孝真貫流(講武実用流)の祖、平山行蔵の墓。

下高井戸の永昌寺本堂脇にある。

お江戸剣豪墓碑巡り(2)平山行蔵_b0287744_12404982.jpg


本ブログの愛読者には言わずと知れた武芸者である。

お江戸剣豪墓碑巡り(2)平山行蔵_b0287744_1245375.jpg


真貫流剣術を山田松斎に、長沼流軍学を斎藤三太夫に、大島流槍術を松下清九郎に、渋川流柔術・居合を渋川伴五郎時英に、砲術を井上貫流左衛門にそれぞれ学んだ。 このほか、水泳、馬術、弓術、棒術など武芸百般に通じ、学問についても昌平黌で古賀精里に学んだ儒学を基礎に、農政・土木学に至るまで習得した。

今でもときどき墓参する人がいると、近くにいた婦人が教えてくれた。









(つづく)
# by japanbujutsu | 2020-03-22 07:28 | 武術論考の部屋 Study