撞木足について考える
剣道における撞木足の構えは悪い足の踏み方として教えられている。
それはそれでよい。
江戸時代から竹刀を使った撃剣では、両足の爪先を前に向け(平行足)、踵を上げて歩幅を狭くし、正面体で向き合う構えが用いられていた。
それはもちろん撃剣における最も有効な構えだったからであろう。
しかし、それを良しとせず、撞木足で試合をする流儀も確かに存在し、多くの流儀ではむしろ平行足と撞木足を技法によって使い分けていたようである。
ここに『剣道独稽古』という古文献がある。
そこには防具を着けて相対している様々な構えが図示されている。
その足構えを見ると、平行足と撞木足がほぼ同じ数で登場しているのである。
下の画像を見ると上が平行足で下は撞木足以上に爪先を開いた「一文字腰」の構えになっている。


そして、次に示すのは江戸時代の武術稽古の様子を図示した『武術絵巻』であるが、双方左足の踵を上げているのがわかる。
しかし、その次の棒対剣の技になると剣を持つ者は一文字腰に近い撞木足で棒に打ち込んでいるのがわかる。


さらに次に紹介する写真は、昭和11年(1936)3月18日に弘前市の東奥義塾大講堂で行われた青森県古来武道振興会による秩父宮台覧古来武道大会における梶派一刀流の演武写真である。

歩幅が広く、腰を割り、足は完全に撞木足となっている。
竹刀で稽古をするときには平行足になるが、木刀や真剣で形を演じるときには撞木足になる。
近代剣道の祖高野佐三郎の小野派一刀流は平行足であったが、弘前藩士小野派一刀流剣術師範中畑英五郎は撞木足を使ったことが、両者が形を演じている写真から判明している。
古流は競技・試合すなわちゲームではなく、術理を学ぶ武術である。
相手は一人とは限らない。常に相手が一人と決まっている競技ならば平行足でよいが、実戦では相手は前後から挟み撃ちに来るかも知れない。
辻で四方から囲まれることもある。だから古流の剣術や居合は、あらゆる状況を想定して形や構えができている。
二人の敵に前後から挟まれた場合、平行足では前の敵を打った後、後ろの敵を打つためには両足の爪先を180度返さなければいけない。
これが撞木足だと90度ずつ返せばすぐ後ろを向ける。さらに身体も正面体の剣道は真後ろを向かなければならないが、一重身の古流は体変換の必要がない。
何の構えが正しい、何はダメだと体験も実践もせずに、盲目的に現代剣道の考えを受け入れるのではなく、武士たちによって長い年月の中で培われてきた伝統の技術を研究し、考査し、淘汰して、培養していくことが重要ではないだろうか。
武術は決して一元論で語れるものではない。
(完)