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国際水月塾武術協会 International Suigetsujuku Bujutsu Association

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本会が伝承している武術流派と古武道全般の技法・歴史・文化などを解説します。文章・記事・写真の転載は固く禁止します。

釈迦と金鷹拳三戦

釈迦と金鷹拳三戦

時は春。
摩耶夫人は旅をしていた。釈迦国の首都、カピラ城から里方のコーリヤ国に里帰りして出産するためである。途中、ルンビニーの園で、小憩をしたそのとき、彼女の右脇下を破って、1人の男児が出生した。摩耶夫人と釈迦国の王である浄飯王とのあいだの子、シッダールタ太子の誕生である。後に出家をし、悟りを開いて仏陀となった、釈迦、その人である。
西暦紀元前566年の4月8日のことだった。
摩耶夫人の右脇下を破り出た、シッダールタ太子をしっかり受け止めるべく、地上に忽然として七茎の蓮の花が咲き出した。太子はその上に降り立った。そして、ゆっくりと、着実に、だれの助けも借りることなく、七歩を歩く。七歩目、彼は立ち止まる。
右手をあげ天を指し、左手は地を指し、太子はりんりんと響き渡る声をもって宣言した。

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「天上天下唯我独尊」。
それは、太子の産声。
「天にも地にもただ我ひとり尊い」 とは、のちに太子が「仏陀」となって、この世の人々を救済することの、いわば予告的な宣言であった。

さて、この物語が中国に入り、後世の拳法の形成に大いに影響した。
わが金鷹拳の最初の套路 「正三戦」 は正にこの物語を形に表現したものである。
そして三番套路の「四門三戦」は釈迦の出家の様子を表現している。
拳法はただ単に戦うための技に固執しているわけではなく、こういった宗教的・芸術的表現を多分に含む意味深長な身体文化なのである。
by japanbujutsu | 2016-04-20 17:43 | 台湾彰化金鷹拳 Kung-fu