稽古道具は各自が所有するもの
武術(古武道)は技だけの狭い稽古事ではないことは何度も述べているとおりである。
それに関連して、道場に入門してある流儀を習っても、その流儀で使用する道具(武器・武具)を各自が調達しないのはどういうものだろうか。
つまり、師匠が用意するもので事足りようとするのである。
剣道場に通うのなら、竹刀と防具一式は自己調達するし、そろばん塾に入ったら自分のそろばんを用意するだろう。
しかし、武術の場合、居合では各自が居合刀を用意することは当然であるが、これが棒杖や薙刀、鎖鎌、十手など、当塾のようにいろいろな道具を使う場合、海外の会員も含めてほとんどの弟子はそれらを購入しようとしない。
その時点で興味関心が薄いことがわかり、流儀を継承する意志もないことがわかる。
まあ外人は「流儀」の意味をしっかりと理解できないから仕方ないかもしれないが、日本人はそれでは困る。
筆者は門人に武具の購入を強制するようなことはしないので、皆、刀以外の武具は持っていない。
今回もプラハの講習会では新免二刀流剣術を指導したが、技だけ習ってだれも流儀で使用する正式な大小木刀を筆者に注文しなかったのは誠に情けない。
その流儀のその術を学び、継続して稽古をする意志があるのなら、武具はすべて自前でそろえるべきである。
肝に銘じてほしい。
水月塾の日本柔術で使用する十手と鉄鎖