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国際水月塾武術協会 International Suigetsujuku Bujutsu Association

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本会が伝承している武術流派と古武道全般の技法・歴史・文化などを解説します。文章・記事・写真の転載は固く禁止します。

白井亨

白井亨

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白井亨については次のように解説されている。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説
白井亨(1783―1843)
江戸後期の剣術家。天真白井流の祖。江戸の人。本姓大野氏、名は義謙、鳩洲・錬丹舎と号す。8歳のとき剣術に志して機迅流依田秀俊の門に入り、15歳のとき改めて一刀流中西忠太子啓の門に入り、めきめきと腕前をあげた。1805年(文化2)中西の道場を出て武者修行を試み、11年江戸へ戻り中西道場の先輩寺田五右衛門宗有に改めて師礼をとった。1815年寺田より天真伝一刀流の印可を受けて、下谷御徒町に道場を開き、19年(文政2)36歳、『明道論』『神妙録』『天真録』の3巻の伝書をまとめ、一刀流別伝天真伝兵法と称した。晩年は著作に打ち込み、41年(天保12)大野家を再興し、43年天真白井流と改めた。[渡邉一郎]

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
白井 亨(天明3年~天保14年11月14日)は、江戸時代後期の剣客。天真一刀流二代目、天真伝兵法(天真白井流)の開祖。一説に白井流手裏剣術の開祖とも。諱は義謙。号を鳩洲。身長168㎝。中西派一刀流弟子時代は、寺田宗有、高柳又四郎と並んで「中西道場の三羽烏」と謳われた。

渡邉一郎氏による 『 ジャポニカ 』 の解説には白井が手裏剣術の祖であることは一言も述べられていない。
ところが、ウィキには 「一説に白井流手裏剣術の開祖とも」 と確定は避けているものの、根拠のない妄説を引用している。

以前にも書いたが、白井は手裏剣など、相伝も創始もした記録は皆無である。
『会津教育考』 に記述されている文章の読み違いで、勝手に白井流なる架空の流派が戦後、登場した。

歴史を捏造している流派の皆さん、早く真実を見る目を持ってください。
この世に汚名を残すだけです。
弟子には真実を語ってください。
「先生の師匠はだれですか?」 と門人に尋ねられたら、また嘘を語るのでしょうか。
いい加減に目覚めてください。






(完)
by japanbujutsu | 2018-12-07 23:10 | 手内剣探究 shunaiken