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国際水月塾武術協会 International Suigetsujuku Bujutsu Association

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本会が伝承している武術流派と古武道全般の技法・歴史・文化などを解説します。文章・記事・写真の転載は固く禁止します。

カテゴリ:武術論考の部屋 Study( 291 )

撃剣の稽古

今回の錦絵は江戸城千代田の御表における武術上覧における撃剣試合の様子を描いたもの。

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現行の剣道と異なるのは、

① 袴の股立ちを取っていること。
② 両足を広げ、踵を上げずに打ち込んでいること。
③ 上衣の袖が短く、肘が露出していること。
④ 袴の柄が不統一であること。
⑤ 胴の色が赤対黒になっていること。

の5点である。

故意に現実と異なる部分があることを承知していれば、錦絵は当時の風俗を知る上で極めて有用な資料となり得るのである。







(完)
by japanbujutsu | 2018-09-14 17:18 | 武術論考の部屋 Study
薙刀対剣の試合

千葉撃剣会の図である。
維新後、稽古場経営に困難を生じた剣術家たちは興業で生計を立てた。

薙刀で仕合っているのは千葉さなである。
これまた不思議なのは、竹刀を持つ磯貝忠友が胴の防具を着けているだけで、素面・素小手であること。

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普通、薙刀と仕合うときには、臑当てを着けるのであるが、それもない。
さなの方は一切の防具を着用していない。

薙刀は竹製ではなく木製なので、一打浴びただけで大怪我をすること必須である。

理解に苦しむ。






(つづく)
by japanbujutsu | 2018-09-12 17:03 | 武術論考の部屋 Study
撃剣の試合

錦絵の二回目は撃剣の試合を描いたもの。

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まず、撃剣の試合が何故に円い土俵の中で行われているのだろうか。
これは榊原鍵吉撃剣会の図であるが、相撲の興行と一緒に組み込まれていたのだろうか。

もっとも理解できないのは、両者ともに面の防具を着けていないことである。
これはあり得ない。






(つづく)
by japanbujutsu | 2018-09-10 20:51 | 武術論考の部屋 Study
江戸期の女性による薙刀稽古

ここに一枚の江戸期における婦女子の薙刀稽古の様子を描いた錦絵がある。

この錦絵に描かれた場面にはさまざまな疑問がある。

まずは豪華絢爛な、そして裾を引きずるほど長丈の着物である。
こんな着物で果たして薙刀が扱えるのだろうか。

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襷と鉢巻きはいいだろう。

次に道具に目を移すと、薙刀は稽古用の木製薙刀を使い、打太刀は袋竹刀を使っている。
これはどういう稽古の想定なのかよくわからない。
双方が防具を着けていないので、二つの可能性がある。

一つは、単純に形を稽古している場面。
もう一つは、打太刀が自由に打ち込む竹刀を薙刀が専ら受けて、外す稽古。

このどちらかでないと、この想定は成立しない。

錦絵にはこれが現実に行われていたのかと思うようなものが多い。
次回も考察してみたい。






(つづく)
by japanbujutsu | 2018-09-08 17:16 | 武術論考の部屋 Study
松代藩の一刀流

松代藩の武術は廃藩置県の藩校閉鎖によって悉く伝統が途絶えた。

しかし、中には継続して教授した武術もあるにはあった。

一刀流である。
正式には小野派一刀流、中西派というのは俗称である。

廃藩後の明治十年、松代藩の剣術師範であった中澤源造が門人に差し出した伝書が現存している。

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これらの武術がいつ頃壊滅したのかは定かではない。
少なくとも松代藩の武術で昭和の戦後まで伝承されていた流派は一つもない。






(完)
by japanbujutsu | 2018-09-04 17:00 | 武術論考の部屋 Study
居合道八段審査の不正

今さらという感ではあるが、居合道の八段審査で多額なカネが飛び交う事実が暴露された。

こんなことは半世紀も前からあることは、武道を長年やってきた人なら誰でも知っている。

でも自分が好きでそのような不正が横行している連盟に入ったのだから、すべては自業自得であり、審査する者 (カネを受け取る者) も審査される者 (カネを渡す者) も両成敗である。

剣道の八段だって不正だらけであることは皆知っているはず。
気鋭で技の冴える壮年の七段が落ち、ヨレヨレで打突もままならない古老の七段が合格したりしていた。
それが居合道界・剣道界の慣習なのだから、部外者から見れば、今さら・・・の感である。

こんなものは寺の住職が付ける戒名と同じ。
生前多額の寄付をした者には院号を与えるが、そうでない者には与えない。
もしも亡き親に院号を付けてやりたかったら、施主は寺に多額の 「お布施」 を用意しなければならない。
院号も八段も同じ。

悪習を一掃するのもいいかもしれないが、全日本剣道連盟は 「収入」 が減って運営に影響が出ること必須であろう。

私の古流の師匠の何人かは、全日本剣道連盟や全日本居合道連盟の高段者であり、私に入会を勧める師匠もいたが、いずれも固辞した。

知らないおじさんに審査されるのは御免だし、知らないおじさんからもらう段位なんか欲しくない。
それよりもまず、技が気に入らない。

私は多くの人間がやることと同じ事をするのが昔から大嫌いなのである。

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(完)
by japanbujutsu | 2018-08-21 20:18 | 武術論考の部屋 Study
夏着

古の武術の稽古では季節による衣替えがあったのだろうか。
現代武道ではほとんどの種目で夏も冬も同じ稽古着を使っている。

それで、夏の男子の更衣室に入ると、汗と稽古着の臭いが混じった悪臭が漂っている。
剣道では夏用の軽量薄生地の稽古着が販売されているが、着用しているのをあまり見かけない。

武術の伝書を見ると明らかに夏用の衣服で演じていることがわかる絵図がある。
この絵を見ると、捕方の着物の袖は完全に半袖であることがわかる。

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生地もおそらく浴衣のように麻か木綿の薄いものであろう。

もっとも仙台藩領柳生心眼流兵術の夏の稽古は裸に藁縄襷を掛けてでやったというから、特に町の稽古場での服飾は自由であったことがわかる。

筆者も季節によって稽古着は替えている






(完)
by japanbujutsu | 2018-08-13 17:40 | 武術論考の部屋 Study
着流し

着流し(きながし)は、男子が和服を着る際に袴を穿かない様。またその着こなしかた。
古くは羽織を略したもののみを特に着流しと称し、袴をつけなくとも羽織を着ていれば礼装にかなうとされていたが、現在では羽織の有無にかかわらず袴を着けない様を指すことが多い。江戸時代には、武家方では袴を着用することが常であったのに対し、町人にはその習慣がなかったため、町方特有の風俗であるとされた。〈以上、ウィキから引用〉

しかし、以上の説明は武術の場合には相応しくない。
それは武家方であっても武術の稽古の際には袴を着けなかった例が散見されるからである。
特に楊心流の例を見ると、稽古において袴の着用の有無は自由であった。

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しかし、これは現代の合気道に見られるような階級上の差別とは違う。
袴を穿くか否かは個人の自由であった。

それからもう一つ。
江戸時代中期までは、特に「稽古着」なるものがなかったようであるが、日常の服装と稽古時の服装は分けていたようである。
やはり汗をかくような場合(野良仕事や武術の稽古)には仕様は同じであっても専用のものを用意した(必ず着替えた)ようである。






(完)
by japanbujutsu | 2018-08-11 17:17 | 武術論考の部屋 Study
歴史の捏造、改める勇気

現在、古武道と称している中に、明らかに歴史や歴代師範系図を捏造している流儀がある。

特に目立つのが、ある道場を辞め、あるいは破門された人が、伝承がとうの昔に途切れている別の系統を引っ張り出して、その家系に連なる武術の稽古をしたことのない人を勝手にわが師範とし、あたかも流儀が途切れずに伝承されているように捏造するやり方。

もう一つが、かつて近世に同名の流儀が相伝されていた藩の系図を引っ張り出して、その流儀が綿々と明治以降も相伝されていたかのように捏造するやり方。

この二つを見破るのはいとも簡単である。
一、自分の師匠に相弟子がいないこと。
一、自分の師匠が先代から授かった伝書がないこと。
一、自分の師匠が先代と稽古している写真がないこと。
一、明治から昭和の初めにかけて伝承されていた形跡がまったくないこと。

こんなことはすぐにわかるはずであるが、どうも習う側も伝統などどうでもいいらしい。
せめて、その人にわずかでも 「良心」 というものがあるのなら、早急に真実を述べ、自分のなしてきた過ちを正すべきではなかろうか。

汚名を残す前に、悔い改める勇気をもってほしい。






(完)
by japanbujutsu | 2018-08-05 17:57 | 武術論考の部屋 Study
武術の教習

今回の海外のセミナーで、ある会員から○○流の○○を教えてくれと言われた。

武術の教習には階梯 ( 順序 ) というものがあり、その一部だけをつまみ採って教えるということは元来あり得ない。

だから、筆者が学んだ荒木流居合にしても本来は柔術から修行すべきなのである。
(ただし、これには理由があり、居合を故意に切り離して相伝させた経緯がある)

もちろんそのような申し出は断り、今まで教えた流儀の復習を徹底的にやらせた。

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あまりにも形が崩れ過ぎているからである。
そのままもし新たな流儀を教えたら、なにもかもが中途半端になってしまう。

筆者にしても今は十流派を上回る流儀を相伝しているけれども、一度に学ぶのは二流儀が限度であった。

筆者の門人にはいたずらに同時に数多の流派を学ぶ者がいるが、果たしてそれらをすべて次代に残すことができるのであろうか。
本来、自分が免許を得て数年を経過したら、自分の門下からもすでに免許クラスの門人が出ていなければいけない。

指導する能力のない者は、いたずらに武術をかじるべきではない。
特に古流は次代に継承させるのが大きな眼目である。

海外で技だけ一人歩きしている古流は、まったく健全な相伝であるとは言いがたい。
弟子を育成することがすべてではないけれど、師匠とともに流儀を残す努力はなすべきである。






(完)
by japanbujutsu | 2018-08-03 17:37 | 武術論考の部屋 Study