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国際水月塾武術協会 International Suigetsujuku Bujutsu Association

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本会が伝承している武術流派と古武道全般の技法・歴史・文化などを解説します。文章・記事・写真の転載は固く禁止します。

カテゴリ:武術論考の部屋 Study( 341 )

黒綿袴のこと

古流の稽古は綿袴に限る。

色から言えば、古来から紫がもっとも格上で、黒はもっとも格下である。

ところが講道館が悪を代表する色である黒色を有段者の帯色に採用したから、明治以降は色の観念がすっかり失われてしまった。

近世から稽古着は木綿の藍染めがもっとも普及していたのは言うまでもない。
藍は虫を寄せ付けず、また消毒の役目もしていたから、綿織物にはなくてはならい染料だった。

しかし、直接組み合う柔道では藍は色落ちするため好まれなかった。
さらに柔道着は分厚いために藍染めが綺麗にいかないという欠点もあり、柔道では上下共に白が用いられるようになる。

そして白には黒が合うことと、剣道との差別化を図るために、合気道が黒袴を採用し、学生層に普及した。

しかし、しかし・・・
これも時代の変化で、その頃になると黒袴は安くて軽く、洗濯も楽な 「化繊」 が普及し、今では黒の綿袴はほとんど見ることができなくなったしまった。

極めて稀に黒の綿袴を製造している業者もあるが、国内ではほとんど需要がないため、もっぱら海外に輸出している。

筆者が今、使っている黒綿袴は水月塾のカナダ支部長に依頼してカナダから持って来てもらったものだが、実はこれ、日本からイギリスに輸出されたものが、カナダの武道メーカーに買い取られ、そして日本の筆者に届けられたのである。

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まことに変な話で、この袴は世界一周してきたわけである。

東京では唯一、水道橋にある水道橋商会が黒綿袴を売っているが、仕立てが悪い。

いずれにしても江戸時代には化繊などという新素材はなかったのであるから、稽古着も古式に乗っ取って綿製品を使いたいものである。

欲しい方はいろいろ探してみてください。






(完)
by japanbujutsu | 2019-07-01 07:52 | 武術論考の部屋 Study
猿臂???

筆者は古流を継承していることから、現代武道で使われる新語に非常に違和感を感じるものである。

極真空手の 「押忍=オッス」 などは言語道断、ヨーロッパの講習会でもそのような無礼不躾極まりない挨拶は毎回厳しく注意している。

それから空手家が肘打ちの替語として使う 「猿臂」。

いったいだれがこんな意味不明な言葉を使い出したのだろうか。

筆者はこの言葉も大嫌いである。

猿臂とはなんぞや。

かつて国際武道院の技術講習会で和道流の師範が盛んに 「 猿臂 」 を連発していたのには、いささか気分が悪くなった。

「 稽古着 」 がいつのまにか 「 道着 ( 胴着 ) 」 となり、「 稽古場 」 は 「 道場 」 となってしまった。

水月塾では今でも稽古着、稽古場の言葉を大切に使っている。

明治時代の天神真楊流柔術のバイブルにも 「 臂にて受身の水月を当て 」 とある。

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猿臂などというわけもわからぬ用語は使っていない。







(完)
by japanbujutsu | 2019-06-27 07:54 | 武術論考の部屋 Study
演武用和服

いつから居合演武用和服は冠婚葬祭用礼服と同じになってしまったのだろうか。

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しかも白房付きの羽織紐を付けるなど、まるで結婚式の新郎そのものである。

全日本○○連盟のみなさん、もう少し武術の故実を学んでください。

しかし、すでに今の 「居合道」 は武術でも武道でもないから、勝手にやらせておけばいいのだけれども・・・

間違っても 「古流」 のみなさんはこんな礼服で演武会へ行かないようにしてください。






(完)
by japanbujutsu | 2019-06-16 21:32 | 武術論考の部屋 Study
無双直伝流和の復元

かつて江戸時代に北信濃で伝承された無双直伝流武術。

明治維新後は松代藩の武芸と同じく、周辺の農村地帯に伝承されていた武芸も悉く絶伝した。

だれも伝統の武芸を再興しようとする者がいなかったのだろうか。

全国諸藩の領内では明治になると農民に武芸が開放されたので、どんな田舎の村へ行っても二流や三流は武芸の稽古が行われていたものである。

北信濃で武芸が全滅したのは何か理由があったのだろうか。

さて、水月塾はで松代藩文武学校武道会の依頼を受けて、かつて伝承されていた無双直伝流和の復元を行い、演武会では毎回披露している。

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実伝を受けているわけではないので、普段は稽古などまったくしていない。

演武会の直前に形合わせをするだけである。

さらに今回、棒術の演武も依頼されたが、こちらは復元も稽古もしたことがないので、次回の秋の演武会で披露しようと思っている。

昨今は、無双直伝流と根源を同じくする絶伝したはずの流派が全日本古武道演武大会で演武しているが、そこには 「復元」 の文字はまったく存在しない。

誤った道を歩み続けると、気が付いたときにはすでに引き返すことができなくなっている。






(完)
by japanbujutsu | 2019-05-31 07:54 | 武術論考の部屋 Study
『週刊朝日』 昭和13年6月号

この号には座談会 「古武道の神髄を語る」 の記事が掲載されている。

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座談会の出席者は、杉野嘉男 (香取神道流)、国井道之 (鹿島神流)、竹内藤十郎 (竹内流)、大長九郎 (力信流)、上野光斎 (戸塚派揚心流)、和田喜伝 (新陰流)、古賀栄信 (二天一流)、杉山正太郎 (双水執流)、市来政芳 (示現流)、増尾寅次郎 (念流)、菅野雄武 (武田流陣貝)。

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彼らは当時からすでに若者の古流離れを嘆いている。

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座談会の内容が膨大なため、ここでは省略するが、いずれ再録しようと思っている。

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大長の演武写真がないのが真に残念である。

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(完)
by japanbujutsu | 2019-05-19 07:44 | 武術論考の部屋 Study
明治末期 難波一甫流一門の写真

かつて難波一甫流を指南していた広島の宇高家に、さまざまな史料と共に貴重な写真が残されている。

なぜ広島県在住の武道家たちは、そのような貴重な遺産に見向きもしないのだろうか。

広島市内北部の非被爆地の神社には実に多くの奉納額が現存しているにもかかわらず、それらを悉皆的に調べた広島県人も皆無である。

そんな史料の一つ、明治40年前後に撮影されたと思われる宇高是一直之一門の写真( 宇高家所蔵 )を紹介する。

難波一甫流の奉納額によく棒や薙刀が付けられているが、この写真を見て納得した。

流儀で重きを置く武術が柔術のみならず、薙刀や棒にまで及んでいたことがこれによってわかる。
しかも、薙刀を稽古しているのはすべて男であり、女は一人もいない。
いかにも古流らしい。

それぞれの門人が見せる構えがまた見応えある。

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左側中央上のあたりでは二人の棒使いが六尺棒を合わせているが、これを見て、ふと思ったことがある。
ひょっとしたら、渋川一流に併伝されている浅山一流の棒術は、実は浅山流からではなく、難波一甫流から採用したのではないかと。

芸州坂伝渋川一流(渋川流)元祖宮崎儀右衛門及び二代目首藤蔵之進の浅山流の師がまったく不明であり、その学んだ場所すらわかっていない。

柔術渋川一流にはまったく渋川流の内容は見られず、ただ名流の名前だけを借りてきたことがわかっているが、浅山一流もまた、名流浅山一伝流の名前だけを借りてきて、実伝は難波一甫流ではなかったのだろうか。

そんな思いをした一枚の写真である。






(完)
by japanbujutsu | 2019-05-17 07:28 | 武術論考の部屋 Study
田宮足袋のこと

足袋を履き、正しい足の使い方で稽古をしていると、足裏の親指部分と前足部の中央が破れてくる。

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この二カ所にもっとも力が入るからである。

古来、田宮流居合では 「田宮足袋」 と言って、この前足部に最初から写真のような目の形に切り込みを入れ、その縁取りをして稽古に使用した。

これは立派な先人の知恵であり、これによって床での滑りを防いだわけである。

しかし、見た目が不快であり、真似をしようとは思わない。

もちろん現在の田宮流 (田宮神剣流) にはこのような故実は伝わっていない。






(完)
by japanbujutsu | 2019-05-06 07:55 | 武術論考の部屋 Study
『アサヒグラフ』 S47.7月号

この号で特集されている 「現代に息づく古武道」 の中で、長谷川英信流居合道、一角流十手術、戸山流抜刀術、合気道、一心流鎖鎌術、ステッキ術 (内田流短杖術)、神道夢想流杖道、真蔭流柔術、大和道宗家の各流武術が紹介されている。

そもそも長谷川英信流居合道、戸山流抜刀術、合気道、ステッキ術 (内田流短杖術)、大和道宗家は 〝古武道〟 ではない。

流儀をみればわかるが、これらはいずれも東京都内の武術であり、清水隆次一門の特集のようになっている。

その中で紹介されている武道の一つ、大和道宗家の解説が酷すぎる。

そもそも 「宗家」 などという武術はない。

そこで紹介されている 武術 (演武写真) は大和道ではなく、上下空手着を着て演じている金鷹拳なのである。

その解説、

「太極拳師範の佐藤金兵衛氏 (産婦人科医) が昭和四十一年に中国から持ち帰った中国最古の武道といわれる少林金鷹拳 民兵組織でさまざまな武器を使う実戦用武道 (杉並公会堂で)」

滅茶苦茶である。

筆者は金鷹拳の日本総教練として 『台湾振興社伝統武術 金鷹拳』 を上梓し、世にその正しい歴史を紹介した。

武術は年月をかけて、技法・歴史・文化ともに正確に伝承したいものだ。

写真は真蔭流柔術、捕は菅野久師範。
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(完)
by japanbujutsu | 2019-05-04 07:17 | 武術論考の部屋 Study
武術家が為すべきこと(11)広報活動

門人を獲得するために広報活動をすることはもちろん重要なことである。

しかし、それ以上に武術について自流は言うに及ばず、他流や失伝流儀についても、その歴史や内容、伝書や遺跡などについて活字化を成し、書籍や会報、同人誌などで実情や実態を書き残す作業に積極的に取り組むべきである。

形あるモノはいずれ無くなり、言い伝えはいずれ失われていく。

そのため、それらを記録に留めておくことは、日本文化を後世に伝えるためにも、今、我々が成さなければならない重要な作業なのである。

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出版業界が低迷しているが、自費出版が廉価で可能な時代になった。

流儀は歴代相伝者からの預かり物、あなた個人の所有物ではありません。

武術家の奮起を願う。






(完)
by japanbujutsu | 2019-05-02 07:26 | 武術論考の部屋 Study
武術家が為すべきこと(10)演武参加

武術家にとって演武はハレ(演武)とケ(稽古)の明確化のためにも非常に重要な行事である。

古から演武は藩校や城中における上覧の願ってもない機会であった。

流派武術において演武は真剣勝負である。

ヨーロッパでは演武会という行事は稀であるらしい。

これでは形が上達するわけがない。

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 松代藩文武学校武道会の演武会に参加する水月塾一門






(つづく)
by japanbujutsu | 2019-04-28 07:01 | 武術論考の部屋 Study