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国際水月塾武術協会 International Suigetsujuku Bujutsu Association

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本会が伝承している武術流派と古武道全般の技法・歴史・文化などを解説します。文章・記事・写真の転載は固く禁止します。

カテゴリ:武術論考の部屋 Study( 310 )

セミナーの教授内容

海外で武道・武術のセミナーを開催する場合、ただ技や形の講習にとどまらず、できれば武術の持つ文化的分野の講習も行いたい。
特に、古武道の場合には、絶対に座学が必要であると感じている。
古武道の何たるかもわからず、ただ技だけを稽古する場合がほとんどなのではなかろうか。
これはわが日本の古武道の稽古も同じである。
だから古武道の肝心要であるところの精神性や哲学、技の事理、有職故実から服飾、武具、伝書にいたるまで、古武道の幅広い内容を正しく海外にも伝える必要がある。
それにはまず、日本の師範が正しい知識を持つこと。
日本の稽古場でも座学は必須であろう。
ヨーロッパの道場が動物園のような名前を付けても黙認しているようでは指導者として失格である。
古武道の講習会で「オッス」などと返事をしている者に指導もできない師範は、セミナーなどしない方がよい。

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今回のヨーロッパセミナーでも袴の帯を十文字に結んでいる者はすべて訂正させた。
武術の稽古・演武は冠婚葬祭ではない。






(完)
by japanbujutsu | 2019-01-17 07:44 | 武術論考の部屋 Study
形の崩れ

海外の会員がSNSで公開している力信流剣術の形を見て 「これは再指導しなければ」 と、今回のセミナーで矯正した。

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形は師範から弟子へ、そして弟子から孫弟子へと伝えられていく間にどんどん変形・変質していくことを今回改めて実感した。

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これは師範が弟子に正確に指導していなかったことも一因であり、自ら反省しなければならないことでもある。
流儀が分派すると、各師範の個性 (悪く言うと癖) が弟子に流れ、同じ流儀であるのに趣のまったく異なる形が伝えられていく。

剣術の場合、特に手の内や間合い、そして斬るときの刀の角度、目付から掛け声に至るまで、正確に伝承しないといけない。
ただ形を真似しているだけでは剣術の本質など理解できるはずもない。

関口流抜刀など形の変質が特に顕著であり、各県の道場でまったく異なった稽古をしている。





(完)
by japanbujutsu | 2019-01-11 07:36 | 武術論考の部屋 Study
免許皆伝のこと

新年に当たって一言。

免許皆伝は長い年月の精進と努力の末に拝領する武術における師範免許の最高位である。

免許皆伝を受けるためにどれほどの年月をかけ、どれほどの修行・稽古を重ねたことか。
それ以上にそこまで指南をしてくれた師範に対する感謝の気持ちと恩義は計り知れない。

私が師匠から授かった免許皆伝は私が命と家族の次に大切にしている宝物である。

免許皆伝が決してただの 「紙切れ」 であってならぬ。

画像は真之神道流柔術免許。
金に縁取られている。

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(完)
by japanbujutsu | 2019-01-05 17:14 | 武術論考の部屋 Study
武術か大道芸か

やたらと長い刀を自慢げに抜く若者たち。
新撰組に憧れ、アニメの剣術遣いに憧れ、あるいは刀剣の美しさに魅せられ、見た目に華やかなチャンバラとも大道芸ともわからぬ創作剣劇の立ち回り擬きを 「 練習 」 している。
それはもちろん本人たちの趣向なのだから構わない。
駄目なのは、それを武道だの、武術だの、古武道だのと言っていること。

ジュラルミンかアルミか知らぬが、ただ長いだけの軽い刀を振り回すのは、決して 「武術の稽古」 ではない。

また、勝手に●●藩に伝承されていたなどという偽りの歴史を創ってはならない。

破門・離門

破門された人間が、あるいは辞めて離れた人間が、いつまでも未練がましくかつての流儀を名乗るべきではない。

破門されたり、辞したりして、師範と縁が切れた者は、たとえ高段者であっても免許皆伝であっても、その武道・武術は捨てなければならない。

下に掲載する伝書には 「師範の教旨を守れない者は師弟の道を絶つ」 と明記されている。
今でこそそのような堅苦しい誓詞は交わさぬけれども、実際にはそうした古流の慣習は生きていて然りである。
自覚すべきであろう。

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人としての道を踏み外さぬよう、真実を見極める目を養いたい。

新年に当たり、武術を冒涜せぬよう、誓いを新たにしたいものである。






(完)
by japanbujutsu | 2019-01-03 17:51 | 武術論考の部屋 Study
昭和に消えた古流柔術③ 拍子流居合柔術

拍子流居合柔術は昭和の中葉まで福井市で伝承されていたが、現在はまったくその活動を聞かない。
流祖は宇佐八幡の神官、門野羽左衛門貞勝で、越前の名流である。

大日本武徳会範士の依田一二から光河利三郎が相伝し、昭和の中葉に木村喜志雄氏と近藤廣氏が継承していた。

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写真右が木村、左が近藤

演武にもこの二人が出場していた。

失伝が惜しまれる。






(完)
by japanbujutsu | 2018-12-19 16:51 | 武術論考の部屋 Study
昭和に消えた古流柔術② 竹内流捕術

この竹内流は十一代竹内正次より倉敷に分派した系統で、昭和の中葉には監物鹿十郎と、前回の司箭流師範山根末十二が相伝していた。

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当時の演武会でもこの二人が演武している。





(完)
by japanbujutsu | 2018-12-17 17:37 | 武術論考の部屋 Study
昭和に消えた古流柔術① 貫心流

昭和の時代に後継者を得ずしてこの世から消えた古流武術の数は計り知れない。
今回はそのうち、柔術について、いくつか紹介する。
まず最初は岡山県倉敷市に伝承されていた貫心流柔術である。

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貫心流柔術の祖は宍戸司箭家俊である。
以降の系譜は省略するが、昭和の中葉にこの流儀を相伝していたのは山根末十二氏である。
多くの門人を育成していたようであるが、平成になってからその消息を聞かない。
学んだ者は健在しているはずであるが、皆伝した者がいなかったのであろう。

※もし、現在も活動していることが確認できたら本文は訂正します。
※写真は 『全日本古武道綜覧』 より転載。






(完)
by japanbujutsu | 2018-12-15 17:22 | 武術論考の部屋 Study
再び下緒について

一度述べたことでも折に触れ繰り返して述べなければ、世の中の 「誤った常識」 を覆すことはできない。
これは少しずつでもいいから 「何が本当に正しいのか」 を先入観を捨てて考える機会を与えるだけでも意義のあることだろうと思う。

今回は下緒について再度見ていく。

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古伝居合における下緒の四禁忌

①下緒は鞘に沿って垂らしたときに、鞘よりも長くてはいけない
②下緒の結び目は栗形の直ぐ下で作ってはいけない
③下緒は両方の端を揃えてはいけない
④下緒は絶対に袴帯に結んだり、挟んだりしてはいけない

現代居合道はこの四つを見事に冒している。

古流の故実を学んでいないから何が真実であるのかわかっていない。
たとえ真実を知っても、周りの目があるから自分だけ変えることはできない。

そういうあなたは永遠に誤った道を進むのです。
真実を知っても変えることができない (変えようとしない) ことほど惨めで悲しいことはない。

それでもいいのなら、「古流」 の二字は絶対に使うべきではない。






(完)
by japanbujutsu | 2018-12-13 17:25 | 武術論考の部屋 Study
八坂神社の武術奉納額

先日、京都へ行ってきた。
今回もまた、確認の意味もあり、改めて八坂神社の武術奉納額を見てきた。
その絵馬堂の管理の杜撰さといったら酷いものである。
絵馬堂の中には入れないし、その中はというと、完全に物置と化している。
金網が張られているだけで憤慨しているのに、今ではまったく調査ができない状態である。

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近いうちに、八坂神社本庁と京都市教育委員会文化財課に直訴する予定である。

皆様が訪れたとき、もし快適に奉納額が見られたなら、筆者の直訴が奏功したと思ってください。






(完)
by japanbujutsu | 2018-11-21 17:43 | 武術論考の部屋 Study
武術は武士の教養、そして文化

武術は江戸時代における武士の教養であり、文化であった。
格闘の実際を形として表現するのが武術であり、武芸である。

武術の第一義は技 (形) の稽古にある。
しかし、皆さん、それだけで終わっていませんか。
第二義、第三義はどこへ行ってしまったのでしょうか。

技の稽古だけであれば、それは現代武道でもいいのではないか。

外国人が武術 (古武道) を稽古しても、結局のところ、技の習得だけに終わってしまい、流儀の全容などとても伝えることはできない。
これは彼らの周囲には 「武術の文化」 が存在しないから、仕方のないことでもある。

ところが現在では、教えている日本人の師範と称する人たちが、技以外のことに無関心、無知識なのである。

日本には武士が残した武術の文化遺産が山のようにある。
しかし、一般人どころか、武術に携わっている人でさえ、それらに無関心とはどういう神経をしているのだろうか。

武具などは一般人が持っていたのでは、それは単なる 「骨董品」 としての価値にしかならない。
武術を嗜む者が持つから、その武具の何たるかを理解することができるのである。

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伝書などは、一般人が持っていたら、それは単なる一つの 「古文書」 に過ぎない。
武術に関わる人が持てば、そこに書かれていることを吟味し、理解し、稽古に役立て、先人に学ぶことができる。

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武術を稽古することの第二義、第三義はそこにある。
日本人修行者の意識改革、そして奮起を期待したい。

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それができないのだとしたら、それは怠慢以外の何物でもなく、最早、その者に武術を継承する資格はない。







(完)
by japanbujutsu | 2018-11-17 17:14 | 武術論考の部屋 Study