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国際水月塾武術協会 International Suigetsujuku Bujutsu Association

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本会が伝承している武術流派と古武道全般の技法・歴史・文化などを解説します。文章・記事・写真の転載は固く禁止します。

カテゴリ:武術論考の部屋 Study( 346 )

熱意

熱意で師匠の心を動かすような、そんな弟子になりましょう。

写真は小学校のグラウンドで天道流 (てんとうりゅう) 鎖鎌の 「石火の入」 を稽古する阿部先生と筆者。

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師匠阿部豊子先生最晩年の実地指導である。






(完)
by japanbujutsu | 2019-09-18 07:51 | 武術論考の部屋 Study
人を見抜く力

筆者は人を一見しただけで、その人の実力や癖を見抜くことができる。
長年、武術を指南していれば、そのくらいの判断は簡単なことである。

海外で20年以上も柔術のセミナーをしていれば、他流からの挑戦を受けることも珍しくない。
筆者には、見た瞬間にそいつが何の武道をしている者かがすぐわかる。
弱点を見抜くのも容易である。
そういうときは容赦せず制圧する。
一番大事なのは、挑戦してきた者に最後は非礼を詫びさせることだ。
それが本当に失礼な行為であることをとことん教えなければ、意味はない。
指導者たる者、その覚悟が大事である。

まあ、居合や剣術を教えているだけでは、他流試合に来る者などいないと思われるが。
柔術の世界はシビアである。

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実際に技がかからなければ話にならない。






(完)
by japanbujutsu | 2019-09-16 07:24 | 武術論考の部屋 Study
既成概念を捨てよ

新たな流儀に入門して、新たな技や理を学ぶとき、それまで自分が学んできた流儀や武道の概念を持ち込んで、「それは違うんじゃないですか」 などと質問をしてくる無礼者がいるらしい。
「それじゃぁ違う流儀なんか習いに来るんじゃねぇよ」 と言い返したいところである。

新たな流儀を学ぶとき、それまで自分が学んできた流儀はすべて棄て、真っ白な状態で学ぶ姿勢が大切である。
その真っ白なキャンバスに絵を描くのは師匠なのである。
師匠は弟子の動きを一々チェックして手直ししていく。
まるで絵を描くようにである。
気に入った絵になるまでは何度でも描き直す。
弟子は師匠が教えることは一つも漏らさずに吸収していかなければならない。
それが武術の稽古というものだ。

筆者は五十の手習いで関口流抜刀の稽古場に入門した。

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その時すでに我が稽古場を開設して30年近くも経っており、敢えて学ぶものなどなかったのだが、人生、年齢に関係なく、常に何かを学び続ける姿勢が必要であることを改めて悟っての入門であった。

皆伝を得た今も通い稽古 (山梨⇔静岡) は続いている。

筆者は関口流の稽古場で自分の考えを言ったことは一度もない。
師匠の言うことがすべてである。
疑問は自分の中で解決すればよい。

伊達に武術の指南をしてきたわけではない。
そのくらいの作業は朝飯前である。
よって師匠の指導は100%受け入れる。
それが弟子というものだ。

疑問は稽古を続けているうちに自然になくなっていくものである。
新参者がしたり顔で生意気な口を利くものではない。

流儀に入らば流儀に従え。

よく心得るべし。






(つづく)
by japanbujutsu | 2019-09-14 07:08 | 武術論考の部屋 Study
匿名で稽古?

最近いろいろな稽古場(道場)でよく見かけるのが、「名前を公開しないでほしい」「顔写真を出さないでほしい」といった類いの匿名による稽古である。

すなわち、自分がこの稽古場で稽古をしていることを秘してほしいというのである。

もちろん、入会に際して書類を出すわけであるから、師範のもとには個人情報はあるわけである。

わが水月塾の本部では、そのような輩は当然門前払いなので、一人もいない。

歴代の師範が伝え残してきた流儀を学ぶのに、名前を出さないでほしいなどというのは、当の師範のみならず、歴代師範に対する冒涜以外の何物でもない。

仕事の関係で写真や名前を出されると困る、などというのは言い訳に過ぎない。
写真や名前を公表しても、その人の仕事や社会的身分が公表されないかぎり、気づく者はいないからである。

要するに、そういう人たちには自分がそこで稽古をしていることがばれると、立場が悪くなる何かがあるのである。
すでに以前から通っている稽古場にばれるとまずい云々・・・そんなのは正々堂々とその師範に断ればいいだけのこと。
もし、ダメだと言われたらどちらかを捨てればいいだけのことである。

当水月塾は他流との兼修は大歓迎である。
他流をやっているからこそ、水月塾の流儀がどのようなものなのか、どこが優れているのかをわかってもらえるからである。

今、県外から稽古に通っている人たちの中に初心者はだれもいない。
全員、他流経験者である。
他流を経験した者でないと、当水月塾にはたどり着かない。

武術の稽古場は忍者養成所ではない。

その稽古場で学べることに誇りを持てないようなものに武術は教えるべきではない。

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わが会員たちは海外を含め、一切の秘密、隠し事を持たない人たちである。

稽古は厳しく、交流は和気藹々といきたいものだ。






(つづく)
by japanbujutsu | 2019-09-12 07:49 | 武術論考の部屋 Study
柔術はすべての武術の基本である

最近、武術を稽古している若い人たちを見ていると、まるで大道芸か立ち回りかの如く、外連技ができれば素晴らしいといった風潮がある。

それらのほとんどは、もはや武術と呼べるようなレベルにあるものではなく、「格好良さ」だけを追求したなれの果ての姿でしかありえない。

それに憧れて入門する人たちは真に江戸時代の武術を極めようとする人たちとはまったく別の人種であるから無視する以外はない。

特にこの傾向は居合や剣術に見られる。

それはそれで勝手にやらせておけばいいわけであるが、彼らの多くは肝心要の柔術を知らない。

柔術は技量の善し悪しが如実に表れる武術であり、技が掛からないと敵は倒れないし、投げられない。
つまり、技の誤魔化しがきかないのである。

柔術を 「痛い」 「恐ろしい」 などと敬遠しているようではまったく以て失格である。

柔術を稽古することによって武器術では学べない力の合理的な使い方を学ぶことができ、身体の正しい動き方を身を以て理解できるようになる。

力で投げる者は技が使えないということを柔術で学ばないと、あらゆる武術の根幹にある丹田の働きを理解することもできなくなる。

若い人たちでこれから真剣に武術を学ぼうとしている人たちは、まず柔術を学ぶことから始めることを勧めたい。

写真はハンガリーのセミナーで巴投げからの絞め技を指導する筆者。
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(完)
by japanbujutsu | 2019-08-21 07:02 | 武術論考の部屋 Study
黒綿袴のこと

古流の稽古は綿袴に限る。

色から言えば、古来から紫がもっとも格上で、黒はもっとも格下である。

ところが講道館が悪を代表する色である黒色を有段者の帯色に採用したから、明治以降は色の観念がすっかり失われてしまった。

近世から稽古着は木綿の藍染めがもっとも普及していたのは言うまでもない。
藍は虫を寄せ付けず、また消毒の役目もしていたから、綿織物にはなくてはならい染料だった。

しかし、直接組み合う柔道では藍は色落ちするため好まれなかった。
さらに柔道着は分厚いために藍染めが綺麗にいかないという欠点もあり、柔道では上下共に白が用いられるようになる。

そして白には黒が合うことと、剣道との差別化を図るために、合気道が黒袴を採用し、学生層に普及した。

しかし、しかし・・・
これも時代の変化で、その頃になると黒袴は安くて軽く、洗濯も楽な 「化繊」 が普及し、今では黒の綿袴はほとんど見ることができなくなったしまった。

極めて稀に黒の綿袴を製造している業者もあるが、国内ではほとんど需要がないため、もっぱら海外に輸出している。

筆者が今、使っている黒綿袴は水月塾のカナダ支部長に依頼してカナダから持って来てもらったものだが、実はこれ、日本からイギリスに輸出されたものが、カナダの武道メーカーに買い取られ、そして日本の筆者に届けられたのである。

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まことに変な話で、この袴は世界一周してきたわけである。

東京では唯一、水道橋にある水道橋商会が黒綿袴を売っているが、仕立てが悪い。

いずれにしても江戸時代には化繊などという新素材はなかったのであるから、稽古着も古式に乗っ取って綿製品を使いたいものである。

欲しい方はいろいろ探してみてください。






(完)
by japanbujutsu | 2019-07-01 07:52 | 武術論考の部屋 Study
猿臂???

筆者は古流を継承していることから、現代武道で使われる新語に非常に違和感を感じるものである。

極真空手の 「押忍=オッス」 などは言語道断、ヨーロッパの講習会でもそのような無礼不躾極まりない挨拶は毎回厳しく注意している。

それから空手家が肘打ちの替語として使う 「猿臂」。

いったいだれがこんな意味不明な言葉を使い出したのだろうか。

筆者はこの言葉も大嫌いである。

猿臂とはなんぞや。

かつて国際武道院の技術講習会で和道流の師範が盛んに 「 猿臂 」 を連発していたのには、いささか気分が悪くなった。

「 稽古着 」 がいつのまにか 「 道着 ( 胴着 ) 」 となり、「 稽古場 」 は 「 道場 」 となってしまった。

水月塾では今でも稽古着、稽古場の言葉を大切に使っている。

明治時代の天神真楊流柔術のバイブルにも 「 臂にて受身の水月を当て 」 とある。

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猿臂などというわけもわからぬ用語は使っていない。







(完)
by japanbujutsu | 2019-06-27 07:54 | 武術論考の部屋 Study
演武用和服

いつから居合演武用和服は冠婚葬祭用礼服と同じになってしまったのだろうか。

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しかも白房付きの羽織紐を付けるなど、まるで結婚式の新郎そのものである。

全日本○○連盟のみなさん、もう少し武術の故実を学んでください。

しかし、すでに今の 「居合道」 は武術でも武道でもないから、勝手にやらせておけばいいのだけれども・・・

間違っても 「古流」 のみなさんはこんな礼服で演武会へ行かないようにしてください。






(完)
by japanbujutsu | 2019-06-16 21:32 | 武術論考の部屋 Study
無双直伝流和の復元

かつて江戸時代に北信濃で伝承された無双直伝流武術。

明治維新後は松代藩の武芸と同じく、周辺の農村地帯に伝承されていた武芸も悉く絶伝した。

だれも伝統の武芸を再興しようとする者がいなかったのだろうか。

全国諸藩の領内では明治になると農民に武芸が開放されたので、どんな田舎の村へ行っても二流や三流は武芸の稽古が行われていたものである。

北信濃で武芸が全滅したのは何か理由があったのだろうか。

さて、水月塾はで松代藩文武学校武道会の依頼を受けて、かつて伝承されていた無双直伝流和の復元を行い、演武会では毎回披露している。

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実伝を受けているわけではないので、普段は稽古などまったくしていない。

演武会の直前に形合わせをするだけである。

さらに今回、棒術の演武も依頼されたが、こちらは復元も稽古もしたことがないので、次回の秋の演武会で披露しようと思っている。

昨今は、無双直伝流と根源を同じくする絶伝したはずの流派が全日本古武道演武大会で演武しているが、そこには 「復元」 の文字はまったく存在しない。

誤った道を歩み続けると、気が付いたときにはすでに引き返すことができなくなっている。






(完)
by japanbujutsu | 2019-05-31 07:54 | 武術論考の部屋 Study
『週刊朝日』 昭和13年6月号

この号には座談会 「古武道の神髄を語る」 の記事が掲載されている。

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座談会の出席者は、杉野嘉男 (香取神道流)、国井道之 (鹿島神流)、竹内藤十郎 (竹内流)、大長九郎 (力信流)、上野光斎 (戸塚派揚心流)、和田喜伝 (新陰流)、古賀栄信 (二天一流)、杉山正太郎 (双水執流)、市来政芳 (示現流)、増尾寅次郎 (念流)、菅野雄武 (武田流陣貝)。

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彼らは当時からすでに若者の古流離れを嘆いている。

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座談会の内容が膨大なため、ここでは省略するが、いずれ再録しようと思っている。

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大長の演武写真がないのが真に残念である。

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(完)
by japanbujutsu | 2019-05-19 07:44 | 武術論考の部屋 Study