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国際水月塾武術協会 International Suigetsujuku Bujutsu Association

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本会が伝承している武術流派と古武道全般の技法・歴史・文化などを解説します。文章・記事・写真の転載は固く禁止します。

カテゴリ:武術論考の部屋 Study( 275 )

黄和紙

ある筋より江戸時代の黄和紙を大量に入手することができた。
染和紙のなかでも特に需要が多かった完全無地の黄和紙。

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さあ、これからこの和紙に何を書こうか、描こうかといろいろ思案する・・・
長さも十分にあるので、いろいろなものを書くことができる。
武術の極意などもこんな和紙に書いたら楽しいだろう。
「切紙」伝授にも使おうかと思う。






(完)
by japanbujutsu | 2018-02-22 17:40 | 武術論考の部屋 Study
刀長短論

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『 兵術要訓 乾 』 の 「刀長短論」 の一節がある。
その中に、

力量相応にして労ざる刀こそ宜しきなり。願は非力たりとも修練して、長剣の剛刀を短刀の如く遣ふやうに修行すへし。

という一文がある。
刀の長さは使う者の力量に応じて使いやすい長さがよいとした上で、できれば非力であっても修練によって長剣の剛刀を短刀のように使えるように修行すべきである。

と努力目標を掲げている。
やはり稽古はすなわち術を磨く鍛錬であり、理想の技を駆使できる筋骨・身体を造り上げるための修練であるから、武具にはそのための長さと重さが必要になる。

江戸時代よりはるかに体格に優れた現代の我々が二尺四寸ばかりの刀で居合を稽古しても、形の稽古にはなるかもしれないが、技を十分に使い切る稽古はできないものと知るべきである。






(完)
by japanbujutsu | 2018-02-18 20:13 | 武術論考の部屋 Study
減量

とある海外の会員が柳生心眼流を学びたいと申し込んできた。
その体型では無理だから、あと○○kg減量すれば教える、と返事をした。
普通の日本人、否海外の者も含めてそのようなことを言われれば大抵は諦める。
しかし、彼は違った。
2年間でそれだけ減量するから教えてくれと返事がきた。
修行というものにはこのくらいの覚悟と諦めない意思が必要なのである。
何が何でも絶対に学びたいと。
別に彼の意思を確かめたわけではないけれど、減量は半分にオマケして、1年後にそこまで減量できていたら教授することにしよう。
そこでもし諦めたならば、彼は何をやっても大成しない。
師匠の 「注文」 「説教」 が受け入れられない者は大成の見込みもない。

彼の一言に感動した。





(完)
by japanbujutsu | 2018-02-16 23:36 | 武術論考の部屋 Study
再び稽古着について

古武道であるならば演武での着装もしっかりしたいもの。
なぜ古流柔術の演武は稽古着で演武をするのだろうか。
酷い場合には袴を着けない流儀もある。
その時点ですでに古流ではない。
稽古着にしても古流柔術であれば上衣の袖は肘が出る長さでなければ駄目。
関節や経絡の取り方、決め方は袖が長いと正しい稽古ができない。
本来、柔術で袖を取るというのは袖口の端を掴むのであって、袖の途中を取るものではない。
正しい稽古着でなければ正しい形を稽古することもできない。
また、さらに見苦しいのは袴の裾から下衣の裾が見えているもの。
柔道の下衣を着けるのはいいが、長くても膝下、できれば膝上が好ましい。
そしてまた、どれだけ指摘しても、依然として上級者が下位者を投げ飛ばしている。
それは武術ではないことをなぜ理解できないのだろうか。
もう少し、根本的なことから学んでほしいと思う。

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(完)
by japanbujutsu | 2018-02-14 23:57 | 武術論考の部屋 Study
焼津市花沢法華寺奉納額

伝統的建築物群保存地区に指定されている焼津市花沢地区を歩く機会があった。

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その地区の最奥部に天台宗の法華寺がある。

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神仏混淆で拝殿には奉納額の数々が掲げられている。

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弓術の奉納額の他に、

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特に目を引いたのは、二枚の武者絵が描かれた献額
一枚は剣を制した場面だろうか、

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そしてもう一枚は、体当たりで突き飛ばした場面だろうか、

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柳生心眼流の構えに似た絵に思わず目が釘付けになった。





(完)
by japanbujutsu | 2018-02-12 23:21 | 武術論考の部屋 Study
歩行にルールなし

いままで見てきたように、江戸時代には道路の歩行にルールなどというものは存在しなかったことがわかる。
今回、紹介する挿絵も職業雑多な者たちが広い道路を往来しているが、そこにルールらしきものは見当たらない。

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荷担ぎの横に二刀差しの人物が描かれているが、どう見ても武士には見えない。

諸賢においては、しっかりと文献を精査した上で、根拠となる資料を示し、左側通行なり、右側通行なりを述べてほしい。




(完)
by japanbujutsu | 2018-02-06 18:44 | 武術論考の部屋 Study
橋上の歩行

武術形の想定を説明するとき、よく引き合いに出されるのが橋を渡る際に、反対側から敵が歩いてくる想定。

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この想定にはいくつかのパターンがあり、狭い路地を通行するときにも同じ状況となる。
その想定とは、
一、対面してお互いに前を譲らない場合
二、お互いが最初から左側通行で行き違う場合
三、お互いが最初から右側通行で行き違う場合
四、対面する直前でどちらかが前を譲る場合
の四つのパターン。

一の想定は、居合や剣術の場合、そのまま斬り合いになるか、柔術の場合には胸襟を掴んできたりする。武術の想定としてはもっとも普通な想定である。
二の想定の形には、天道流剣術の「辻切」や力信流棒術の「引き別れ」があるが、この想定では本来、喧嘩は生じないはずである(鞘がぶつからないため)。
三の想定の形は、古流にはほとんど存在しない。それはこの想定が武士の生活規範に反するために、そのような想定は考える必要がないということなのだろうか。

ところが実際に橋の上を歩く人たちを描いた江戸時代の絵図では、左側も右側もない。

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むしろ武士には禁じられている右側通行で描かれている感もある。
今後の考察が望まれる。






(つづく)
by japanbujutsu | 2018-02-04 17:47 | 武術論考の部屋 Study
人混みの中での侍作法

祭りや市場など人混みの中を歩くとき、いったい侍は刀をどうしていたのだろうか。
そんな疑問を解決する挿絵がある。
下の絵図を見てみると、人混みの中では大刀を脱刀して左手に持っている。

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やはり帯刀のままでは周囲に迷惑であるし、自分自身にとってもまた邪魔である。
人混みの中では町人は武士の近くに寄るのを避ける、などというのは明らかな間違いである。





(つづく)
by japanbujutsu | 2018-02-02 17:37 | 武術論考の部屋 Study
歩行の秩序と女侍

江戸の絵師は当然、当時の風俗や慣習を承知の上でその日常の様子を描いている。
それは例えば、現代の絵師が道路を走る車を描く場合、当然のことながら左側通行として車を描くはずである。

ところがである。
実際に江戸時代の町の様子を描いた挿絵を見ると、一般的に言われているような左側歩行などという規制はまったくと言っていいほどみられないことに気づく。

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むしろ上の絵図では右側通行になっていることがわかる。
日本の道路が左側通行なのは 「侍のルール」 が由来、などという盲目的な俗説は信用すべきではない。
挿絵で見ればわかるように町の道路は身分混交である。
武士がいれば、百姓もおり、商人がいれば、僧侶もいる。
日本の身分が武士だけであるならば、説得力はあるが、このような身分混交の場において 「侍のルール」 「武士の規範」 なるものが適用されるのだろうか。
右側通行では互いの刀の鞘がぶつかるから左側通行になったのだというが、侍の鞘は帯刀していない者にだってぶつかるのである。

また、下の図の右側を見ると、一刀差しの女性あり、二刀差しの女性ありで、いわば女侍が普通に町中を闊歩していたことがわかる。

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人混みの中ではルールなどまったく無用である。
このことについては次回にさらに詳述してしたいと思う。







(つづく)
by japanbujutsu | 2018-01-31 17:43 | 武術論考の部屋 Study
十手は捕方の専有物ではない

柔術の流儀には十手や捕縄を含まない素手に特化した流儀もある。
天神真楊流なども小太刀は使うが十手は使わない。
起倒流、関口流などの雄流には道具を使わないものも少なくない

一方、やはり地方の総合武術では柔術・捕手を主体として様々な道具を用いる流派が多い。
十手も武術の一般としてこれを伝える流儀は多くある。
しかし、筆者が学んだ中では渋川一流と甲州陣屋伝捕方武術にあるだけである。

それではその十手。
武術で稽古をする以外では、それをだれが日常的に所持していたのだろうか。
一般には捕方 (与力や同心) が占有する物と思われている。
ところが意外にも火消しが十手を持つことがある。
火消しといえば「鳶口」 であるが、普段は十手を所持していることはあまり知られていない。
今回は、二つの火消しに関する資料を紹介する。
一つは十手を持っている写真

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もう一つは鼻捻を持っている写真

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いずれも幕末から明治初期に撮影されたもの。

指揮棒としての役目をしたのだろうか。





(完)
by japanbujutsu | 2018-01-29 17:34 | 武術論考の部屋 Study

by japanbujutsu