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国際水月塾武術協会 International Suigetsujuku Bujutsu Association

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本会が伝承している武術流派と古武道全般の技法・歴史・文化などを解説します。文章・記事・写真の転載は固く禁止します。

鞍馬真影流丹術

今回紹介する伝書の流儀は鞍馬真影流という。

もちろん未見の流儀。

鞍馬というから牛若丸に関係があるのは神文誓詞文を読んでもわかる。

しかし、その術名を「丹術」という。

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初見である。

「天狗帖」や「紙鉄砲」が極意であるというから、柔術なのかな、とも思ったが、目録を見るとどうも棒術のようである。

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ありがたいことに師弟の居所が書かれている。

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師範の立美弥介は播州神西郡左城村、被授者の岸本兵三郎は阿州丹北郡矢田部村の人。

ほかにも資料が出てくるかもしれない。
# by japanbujutsu | 2013-07-05 19:43 | 秘伝書の部屋 Secret densho
浅山一伝流柔術の探究

浅山一伝流を探究して三十年以上の歳月が流れた。

実技は学生時代に東京に伝えられた柔術・捕手術の修行から始まり、仙台藩の柔術、広島の棒術を習得した。

その間、日本武道学会では 「剣豪浅山一伝斎について」 の論文を発表し、巷間に流布していた誤った当流の歴史を正した。

また、約二十年前には 『武術浅山一伝流』 を刊行し、発売後まもなく完売した。

しかし、その後もさまざまな伝書に巡り合い、この流儀の全貌は到底見ることができないことを実感する。

それはこの流儀が江戸時代における武術の最大流派であったことにも関係している。

今回紹介する伝授巻の浅山一伝流は、明らかに江戸森戸系の流れを汲むものて゜あるが、かなりの改編が見られ、この系統が何藩に伝播していたのかは今も不明のままである。

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学会で正史を発表しても、著書を発刊しても、誤った史観を平気で発表している者もいるし、ひどい例では絶えたはずの系統を引っ張り出して、あたかも相伝されてきたかの風に脚色して世を欺いている者たちもいる。

こんなことだから武術界はいつになっても浄化されない。
# by japanbujutsu | 2013-07-04 21:51 | 秘伝書の部屋 Secret densho
馬術の神 「馬櫪尊神」

『北斎漫画』の馬術の項の最初に 「馬櫪尊神(馬櫪神・馬歴神)」 が描かれている。

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馬の守護神で、厩 (うまや) の神でもある。

馬を供養する石造物として全国各地にその文字塔を見ることができる。

両手に剣を持ち、両足で猿とセキレイを踏まえている像として描かれるとされるが、この絵では手が四本であり、セキレイと猿も手で捕まれている。

中国から伝播した神で、両剣で馬を守り、猿とセキレイがその使者。

セキレイは馬を刺す害虫であるブヨなどを食べてくれる。

馬の「午」は火を表し、猿の「申」は水を表していて、荒馬を鎮めるという意味や、火事から厩舎を守るという意味がある。

馬は、農耕だけでなく、武士にとっても重要だった。

猿は帝釈天の使者という説があり、中国では悪魔退散の意味から崇められていた。

さて、今回この像を採り上げたのは、そんな馬術の神としての存在ではない。

この神が残る両手に持っている剣、すなわち「小太刀二刀」である。

現存する武術では天道流と柳生心眼流が伝えており、筆者はその両方を学んだ。

柳生心眼流のそれは来歴がはっきりしないが、天道流では江戸期から相伝された歴史が明白である。

しかし、以前にも述べたとおり、小太刀(脇差)を二本差すという想定は存在しない。

武術の世界だけに存在する非現実的な想定である。

戦っている最中に敵の小太刀を奪って使う、などというとんでもない話を聞いたこともあるが、武士は他人の業物を奪って戦うような不作法なことはしない。

宮本武蔵が二刀使いの嚆矢であるなどという説は、武術史を知らぬ者の言であるから無視するが、このような民間信仰の中にも両剣思想があるのであり、また中国の信仰とその我が国への移入なども総合的に視野に入れて考察を進める必要がある。

倉魔(鞍馬)流剣術の絵目録に『北斎漫画』に描かれている馬櫪尊神と同じ構えをした烏天狗が描かれていて興味深い。

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# by japanbujutsu | 2013-06-30 11:24 | 武術論考の部屋 Study
幕末柔術の乱取

先に幕末期の柔術における乱取稽古の様子を 『武術絵巻』 より紹介した。

今回は明治の初期に嘉納治五郎とは別に天神真楊流柔術で行われていた乱取を修行した井口松之助が、自著 『柔道極意教範』 で解説している講道館柔道とは違った 「柔道の乱取」 について紹介する。

これは恐らく幕末期の乱取の様子をそのまま記録したものとして極めて貴重な文献である。発行部数は比較的多いので、お持ちの方も少なくないものと思う。

まず、現今の柔道が失った武道でもっとも大切な所作、礼法。

ここで紹介されているのは試合・稽古をする二人が片手を着く側と両手を着く側に区別されていること。これも重要な日本武道の文化である。

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そして稽古着。これは既に紹介したとおり、上衣は短袖の刺し子、下衣は短パンのように短い。

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次に、基本的な体作りとして受身や単独体操の法がある。受身は回転受身だけでなく、側転やバク転などもある。また、高跳びと言って、帯や紐を身長と同じ高さに張り、これを前後に飛び越える稽古をする(下画像)。

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昭和三十年代にかつて西法院武安流武者捕を修行したことのある宮城県の古老が、河北新報の取材に際して六尺の高さの屏風を前後に飛び越え、その瞬間をとらえた写真と記事が同新聞に掲載された。

当時の乱取は技も豊富で、関節技が含まれていた。

形の名人と言われた天神真楊流師範の吉田千春は乱取で 「蟹挟」 を大変得意としていたことが記録されているが、現在の柔道では禁止技となっている。

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また、肘逆を取る腕固めもあり、小兵が大男を倒す技が多く存在した。

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投技はもっとも豊富で、例えば襟を取って絞めたまま捨身に投げる楊心流の「連固投」なども紹介されている。

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今の柔道はこうした多彩な技法群を捨ててしまったため 「力の柔道」 となり、体重別に競技を行わざるを得ないスポーツと化した。

オリンピックを見ていても 「小 (柔) よく大 (剛) を制す」 などという柔術の理念はかけらも見られない。
# by japanbujutsu | 2013-06-29 17:09 | 技法研究の部屋 Skill
楊心流柔術のカエル絵目録

武術の絵目録には人間をいろいろな形態に簡略化して描くスタイルが普遍化している。

トンボ絵、スズメ絵、そして今回のカエル絵。

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実際にリアルな武士を描くのはものすごい手間のかかる作業となり(ほとんどの場合はお抱えの絵師に描かせる)、伝書も芸術性が高くなる。

簡略画であれば、それほど手間もかからない。

スズメ絵もカエル絵も筆者の命名によるもの。

カエル絵は人物の腹側を白く描くのが特徴である。

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アカガエルが捕、クロガエルが受で描かれている。

武士文化の遊び心が表れた伝書である。

この伝書は大江嶋右衛門が天明七年に差し出したものである。

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この大江とは、大江専兵衛の末裔であろうか。
# by japanbujutsu | 2013-06-27 21:17 | 秘伝書の部屋 Secret densho

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