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国際水月塾武術協会 International Suigetsujuku Bujutsu Association

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本会が伝承している武術流派と古武道全般の技法・歴史・文化などを解説します。文章・記事・写真の転載は固く禁止します。

柔術渋川一流の体系

渋川一流では敵の決まった攻めに対する様々な技法を一つのブロックとして伝えている。各ブロックには形の開始時に行う開式形がある。また各形にはそれぞれ裏と三段裏、それに早業の伝がある。また、鍛錬法として「棒抜け」や「枕引」、乱取に相当する「意地稽古」を伝えている。

渋川一流に併伝して浅山一流の諸術がある。棒・半棒・縄・居合などであるが、谷田伝では縄と居合は伝えていない。なお、渋川一流では槍で咽を突き刺したり、刀の刃の上を歩いたりする大道芸でやるような見世物は伝えていない

履形(右拳で下段を突く) 27本
吉掛(右拳で右肩を突く) 24本
込入(両手で胸襟をつかむ) 24本
打込(右拳で上段に打ち込む) 30本
四ツ留(両手で両手首をつかむ) 10本
肩比(両手で合掌している両手首をつかむ) 6本
枠型(両手で右手首をつかむ) 8本
挽違(互いに帯と手首をつかんで肩で押し合う) 4本   内容 Instruction system of the shibukawaichi-ryu_b0287744_231446.jpg
二重突(両手で両帯をとる) 9本
一重突(右手で前帯をとる) 9本
片胸側(右手で胸襟をつかむ) 12本
壁添(両手で胸襟をとり、壁に押し付ける) 9本
睾被(馬乗りになり両手で首を絞める) 10本
上抱(背後より両手で抱え込む) 13本
裏襟(右手で後襟をつかむ) 6本
御前捕(並座して右手でさ左膝を押さえる) 11本
御前捕打込(対座して懐剣で打ち込む) 11本
鯉口(行違ので鯉口を切る) 8本
~これより浅山一流~
三尺棒 10本
六尺棒 10本
十手 3本
分童 3本

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                            打込の段の懐剣捕


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                     渋川一流の総目録と形の解説を記した掛け軸


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                           谷田師範と六尺棒の稽古


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                浅山一流棒術(六尺棒 打:会長 仕:久保歳之師範)


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                           浅山一流棒抜けの秘技
# by japanbujutsu | 2012-11-10 16:54 | 渋川一流柔術 Shibukawa
協会制定日本柔術の成り立ち

国際水月塾武術協会における日本柔術課程の技法は、会長が学んだ古流柔術数流派より抜粋された形を元に、楊心流柔術の事理を採用して編成された総合柔術である。形の相伝に際しては「甲陽水月流柔術」という名称を用い、伝授巻を発行するが、これは流儀を継承する者のために正式伝法として行われるものであり、一般会員は段位と免状により、伝授を行う。

その元となった流儀は、大和道(佐藤金兵衛師範より認可)、天神真楊流、大東流、荒木新流、大倉伝浅山一伝流、武田流(以上は西郡多喜雄師範伝)、鹿島神流、神道六合流、九鬼神流、甲州陣屋伝捕手術、(以上は日本各地で修行)などであり、これらを取捨選択、統合編成して昭和の末年に創始した。

 
この日本柔術を学ぶことにより、武術に必要な体を錬ることができ、以降に学ぶ古流各派の武術修行に益するところ大である。

国際武道院在籍時代には日本柔術部会の課程として認可され、海外にも広く普及した。現在、ヨーロッパを中心に数百名の会員が学んでいる。



協会制定日本柔術   Nihon Jûjutsu kôyôsuigetsu ryû_b0287744_2126399.jpg
                                  半棒術


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                                  太刀捕
# by japanbujutsu | 2012-11-08 21:35 | 日本柔術 Nihon Jujutsu
柴真楊流の歴史

流祖は浜松の人藤田銀八郎で、初め天神真楊流・楊心流・真神道流を合わせて柴新流を創始し、後に門人矢田鉄之助と協力して柴真楊流と改称し、矢田が二代目を継承した。三代目は丸亀藩士斎田五郎尊房が相伝して讃岐に伝え、四代目は同じ丸亀の渡辺豊監物が継いだ。五代目は慶應大出身のインテリで柔道の達人だった三野剛嗣が継ぎ、昭和二十三年に渡辺から相伝して、自宅に修盟館道場を開いて柔道と柴真楊流を教えた。

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                      柴真楊流の伝書末尾に記された相伝者系譜


柴真楊流では三野守造渡辺亥之介が免許を、町川清師範外数名が目録に達した。



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                            町川師範と会長の稽古
# by japanbujutsu | 2012-11-07 23:03 | 柴真楊流柔術 Shibashinyo
金鷹拳の歴史

歴史・技法、その他金鷹拳に関するすべてのことは会長著『金鷹拳』(新紀元社)に詳しいので、そちらを参照されたい。ここではその概略を紹介する。

金鷹拳の祖は中国福建省出身の劉明善である。南派少林系の武術を学んで極め、清朝の道光8年(1828)に台湾に渡って武術を教えた。それが金鷹拳の始まりである。現在、中国には同じ拳法が存在しないため、金鷹拳は台湾で生まれた拳法であると言ってもよい。

金鷹拳    Gold hawk kung-fu_b0287744_14354221.jpg
                               始祖劉明善


彼は台湾南部の西螺にあって振興社を設立し、ここで金鷹拳と医学を教えた。多くの門人を育成したが、その中から廖自善と廖良善が出て、廖良善の門からは蔡秋風が傑出した。その門人呉幸が彰化に伝え、その高弟陳炎順師父が会長の恩師である。



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               四代伝人呉幸一門(前列中央が呉幸、右端が陳炎順師父)


金鷹拳を教える武館を振興社といい、台湾南部には現在でも多くの振興社があり、各地で若者が修行している。しかし、多くの振興社で古伝の套路を崩しており、中には金鷹拳とは言いがたいようなものもある。古伝をもっともよく伝えているのが振興社彰化団である。

日本には陳炎順師父が伝え、会長が大学時代に在籍していた全日本中国拳法連盟で陳師父から習った人たちが教えていた。しかし、その人たちが陳師父から習った期間は極めて短かったため、ここで教授されていた金鷹拳は套路に誤りが多く、動作そのものが原理を逸脱していた。そのため会長は単身で台湾に渡り、振興社彰化団で陳師父から直伝を受けた。

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                  日本での普及に対し、陳炎順師父より奨状を拝受する


陳師父没後は総教練劉国良老師に学び、先年、日本における「総教練」の資格を拝受した。

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                         会長に授与された総教練の免状


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                           ルーマニアで金鷹拳を指導
# by japanbujutsu | 2012-11-07 20:37 | 台湾彰化金鷹拳 Kung-fu
八戸藩伝神道無念流居合

神道無念流は一円流剣術を学んだ福井兵右衛門によって開かれた剣と居合の流儀である。信州飯縄権現の夢想で開眼し、五加五行、非打十本、立居合十二剣、統合二剣を案出して神道無念流を立てた。二代目は戸賀崎熊太郎暉芳が継承し、江戸と現埼玉県の清久村で教授した。

戸賀崎熊太郎暉芳の門人でもっとも傑出したのは岡田十松吉利である。斎藤弥九郎、藤田東湖、永倉新八、江川太郎左衛門、渡辺崋山、金子健四郎など、皆岡田十松の門人である。

八戸藩には岡田十松吉利の子、十松利貞に学んだ佐藤万次郎が伝えた。佐藤の後は、中里好環、前田利見と相伝し、明治期の達人北村益に至る。北村は昭和戦前まで精力的に活動し、古武道大会にも率先して出場し、八戸藩の武術を披露した。

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                   岡田十松利章(利貞の次代)が差し出した伝書


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佐藤万次郎から中里好環に差し出された伝書の著名部分






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    佐藤万次郎が差し出した『神道無念流剣術秘伝巻』-武士の刀に対する心得が詳細に記されている



会長の恩師小瀬川充師範は北村益から立居合の免許皆伝を授かり、全日本居合道連盟に加盟して、その普及に尽力された。なお、小瀬川師範は自ら工夫した居合を合神承伝流と称した。



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  会長が小瀬川師範から授けられた教授の推挙状





現在、全国には数派の神道無念流が伝えられているが、八戸藩伝はそのいずれとも大きく趣を異にしている。



神道無念流居合 Shintômunen ryû iai_b0287744_12252999.jpg神道無念流居合 Shintômunen ryû iai_b0287744_12401459.jpg











北村益                                           小瀬川充師範


系譜

流祖 福井兵右衛門嘉平
二代 戸賀崎熊太郎暉芳
三代 岡田十松吉利
四代 岡田十松利貞
五代 佐藤万次郎成方
六代 中里好環
七代 前田利見
八代 北村益
九代 小瀬川充
十代 小佐野淳

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                         松代藩文武学校で演武する会長




 
# by japanbujutsu | 2012-11-06 20:25 | 神道無念流居合 Shinto Munen