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国際水月塾武術協会 International Suigetsujuku Bujutsu Association

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本会が伝承している武術流派と古武道全般の技法・歴史・文化などを解説します。文章・記事・写真の転載は固く禁止します。

沖縄の棍と日本の棒術


その最大の違いは操法である。

原則、沖縄の棍が2分の1操法、日本の棒術は3分の1操法である。

2分の1操法というのは、棍の中心を操法の基点とする打ち方。
つまり棍の両端が同じ長さになるように持って操作する。
棍の中心が両手の中心になる。
そのため相手との間合いが狭い。


沖縄の棍と日本の棒術_b0287744_16595482.jpg


一方、3分の1操法というのは片手で棒の手元の端を持ち、もう一方の片手で棒の手元から3分の1のところを持つ。
つまり、棒の3分の2が前に出る。
そのため相手との間合いが広い。


沖縄の棍と日本の棒術_b0287744_17004579.jpg


沖縄の棍は中国の華南から伝わったものであるが、華南の棍は日本の棒術と同じ様に長く使うことが多い。
下の画像は台湾の振興社に伝わる金鷹門の七星斉眉棍。


沖縄の棍と日本の棒術_b0287744_17022609.jpg


よって沖縄の棒は伝播した後に、独自の変化を遂げたものとも考えられる。
下の画像は山根流に伝わる佐久川の棍。
今も健全に残っているのだろうか。


沖縄の棍と日本の棒術_b0287744_17024944.jpg




(完)

# by japanbujutsu | 2025-12-20 06:45 | 技法研究の部屋 Skill
鏡心明智流の失伝


先にも記したとおり、鏡新明智流を江戸三大流派の一つに数えるにはかなりの難があるように思う。

松崎浪四郎が幕末に対戦した流派を評して決めたものであるから、そもそも確固たる基準に則ったものではない。

その三大流派を見たとき、北辰一刀流は水戸伝以外に正統は絶え、神道無念流は変質が激しく、数派残った居合も各地で細々と伝承されているのが現状である。

では、幕末当時、江戸では上記三流派以外どのような流儀が指南されていたかというと、森戸伝浅山一伝流、心形刀流、小野派一刀流(大久保派)、直心影流、天然理心流などがあり、少なくとも浅山一伝流、心形刀流、小野派一刀流は、鏡新明智流とは同等か、あるいきそれを凌ぐ門弟を擁していたと思われる。

この鏡新明智流は、竹刀剣術を採用して他流試合に応じたことから、それを専門にして、古来の手形を修めない者も多かった。

しかし、その伝えられた伝書を見ると、実に膨大な内容を有しており、それらは他流の及ぶところではなかった。


鏡心明智流の失伝_b0287744_16031117.jpg


剣術以外の武器術の多さも他流には類例がないほどであるが、それらが実際に稽古されていたかどうかは、実は不明なのである。


鏡心明智流の失伝_b0287744_16032852.jpg


いずれにしても、その正統は明治の末年まで伝えられていたが、昭和になって完全に失伝してしまった。

惜しまれる一流である。





(完)

# by japanbujutsu | 2025-12-17 16:03 | 武術論考の部屋 Study
消えて蘇る森戸伝浅山一伝流柔術


江戸時代を通じて江戸で最も栄えた武術流儀は、間違いなく森戸伝浅山一伝流武者組である。

江戸時代を通じて、その流裔は全国諸藩に流れたが、明治維新後は悉く絶えて、今では一つも残されていない。

江戸三大道場(三大流派)として北辰一刀流玄武館、神道無念流練兵館、鏡新明智流士道館を挙げるが、これは加藤田神陰流の松崎浪四郎が幕末に江戸で対戦した流儀を評して明治時代に呼称したもので、道場の規模や門下生の数、全国への伝播を総合的に見た場合、この三道場を以て江戸三大道場とするのは適当ではない。

つまり、松崎が立ち寄らなかった浅山一伝流森戸道場などは、門下生の数や全国への伝播を見たとき、上記三道場をはるかに凌いでいるのである。

幕末の限られた時期だけをみれば、あるいは玄武館が森戸道場を越えていたかもしれない。しかし、江戸の道場は例外なく明治維新後は急速に衰退していく。

水月塾では数ある森戸系の伝書からかつて江戸で指南されていた浅山一伝流柔術を可能なかぎり忠実に復元している。


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なかなか趣がある。





(完)




# by japanbujutsu | 2025-12-16 18:06 | 武術論考の部屋 Study
膳所藩関口流奉納額


関口流についてはすでに著書を上梓したが、その後も次々と情報が入ってきた。

今回の膳所訪問でも新たな関口流の奉納額を「発見」した。


膳所藩関口流奉納額_b0287744_17325647.jpg


この額は膳所の資料館に展示してあるのだが、館長も郷土史家もこの額のことを把握しておらず、私が説明して、これが初めて関口流の奉納額であることを確認したからである。

武術の奉納額はたいてい国旗型の長方形に、多くは木刀掛けがあるので、それが武術(剣術)の奉納額であることがわかる。

しかし、この関口流奉納額は横長で、一見すると和歌か俳句の奉納額に見える。

私も最初はそう思って文字も確認しなかった。

しかし、念のためと思い、帰りがけに額面を見ると、そこには関口流柔術、直心影流剣術、宝蔵院流槍術の文字があった。

慌てて写真を撮った。

時として先入観が事実を取り逃がしてしまうことがある。

念には念を。

改めて確認の大切さを知った。




(完)

# by japanbujutsu | 2025-12-08 17:35 | 関口流抜刀 Sekiguchi
とある武者修行姓名帳


ここに「天然理心流 近藤周助 門人原田忠司 取立横倉徳司」と表書きされた武者修行姓名録がある。


とある武者修行姓名帳_b0287744_15244656.jpg


過日、競売に出されて六万円超で落札された。

いったい、どこのどなたさまが落札したのだろうか。

この表書き三人の人物はすべて調査済みであるからいいとして、横倉が修行で廻ったルートが甲州街道八王子あたりから出発して現在の大月市に至り、そこから「富士みち」に入って、わが富士吉田を経て、御坂峠を越え、甲府方面に至っている。

このルートの剣術史についても二十数年前にすでに調査を終えており、今回の姓名帳は手元に欲しかったのである。

未練がましいことは言ってはならないが、これを購入した人は、これを何に使うのだろうか。

日本武道学会の会員だろうか。

それならまだ少しは期待がもてる。

もう永遠に日の目を見ることがないのだとしたら、これ以上悲しいことはない。

落札者様は是非とも連絡をいただきたいと思う。

小野派一刀流竹屋靱負家には伝書の添状が残るだけで、肝心の巻物は紛失している。


とある武者修行姓名帳_b0287744_15250235.jpg


木刀や伝書は別の家にある。





(完)

# by japanbujutsu | 2025-12-05 15:47 | 武術論考の部屋 Study