鏡心明智流の失伝
先にも記したとおり、鏡新明智流を江戸三大流派の一つに数えるにはかなりの難があるように思う。
松崎浪四郎が幕末に対戦した流派を評して決めたものであるから、そもそも確固たる基準に則ったものではない。
その三大流派を見たとき、北辰一刀流は水戸伝以外に正統は絶え、神道無念流は変質が激しく、数派残った居合も各地で細々と伝承されているのが現状である。
では、幕末当時、江戸では上記三流派以外どのような流儀が指南されていたかというと、森戸伝浅山一伝流、心形刀流、小野派一刀流(大久保派)、直心影流、天然理心流などがあり、少なくとも浅山一伝流、心形刀流、小野派一刀流は、鏡新明智流とは同等か、あるいきそれを凌ぐ門弟を擁していたと思われる。
この鏡新明智流は、竹刀剣術を採用して他流試合に応じたことから、それを専門にして、古来の手形を修めない者も多かった。
しかし、その伝えられた伝書を見ると、実に膨大な内容を有しており、それらは他流の及ぶところではなかった。
剣術以外の武器術の多さも他流には類例がないほどであるが、それらが実際に稽古されていたかどうかは、実は不明なのである。
いずれにしても、その正統は明治の末年まで伝えられていたが、昭和になって完全に失伝してしまった。
惜しまれる一流である。
(完)